後日談から始まって ―5
とはいえ、これ以上緊張感と共に受け止めなければならないような重い報告があるわけでもなし。
食べ始めれば意外とスムーズに、四人のランチタイムは普通の盛り上がりを取り戻していった。
「でも、よろしかったのですか、お姉様?」
そんな中でふと、何かを思い出したようにアネモネがそう切り出した。
「あら、何が?」
その言葉に食事の手を止め、カトレアさまが小首を傾げる。
何かを確認するようなアネモネの言葉だったが、カトレアさまにはそれが何の確認なのか思い当たらない様子である。
思わずサレナもヒースも何の話だろうかと不思議そうにアネモネの方を見る。
「いえ、大したことではないのですが……その、以前お姉様は一年生と共に昼食を取られることを快くは思っておられないようでしたので。それが学院の慣習であるからこそというのは私もわかっておりますが、だからこそ、それを曲げて今日私たちと食卓を共にしていただけたことが少し意外に感じただけですの。いっ、いえ、もちろん、その、そうしていただけたことは心の底から嬉しく思っていて舞い上がるような気分なのですがっ!」
ぽつぽつとその疑問を口にしつつ、最後に慌ててそう補足してからアネモネは言葉を止めた。
「…………」
確かに、言われてみれば。
サレナも無言で少しばかりその不思議さについて考え込んでみる。
カトレアさまが"二人にもちゃんと報告しておきたい"と仰った時、確かにサレナがその場を設けることを買って出た。
しかし、"ならば明日の昼食の時にして欲しい"とは、実はカトレアさまの方からのリクエストであった。しかも、出来れば食堂ではない場所で、とも。
その時は特に疑問にも思わず了承したサレナであったが、改めて考えてみると成る程アネモネの指摘する通りである。
どうしてカトレアさまは私たち一年生三人組と一緒に昼食を食べてくれる気になったのだろう。
しかし、サレナが考えたところで正しい答えが出るわけでもなし。
ちょうどその疑問をアネモネが本人に直接ぶつけてくれたのだから、その返答を待つことにしよう。
サレナは素早くそう決め込み、アネモネと同じく問うような視線をカトレアさまへと向ける。
ヒースも無言のままであることを思うと同じ選択をしたようだ。
さて、そんな三人分の疑問を視線と共にぶつけられることとなったカトレアさまは、
「…………っ」
一瞬"答えたくないなぁ"と言わんばかりの苦い表情で言葉を詰まらせたが、やがて観念したように溜息を吐き、訥々と語り始めた。
「私ね……入学してから今までずーっと、お昼はアドニスとロッサと三人で食べていたの。昔からの親友同士だったし、互いに気心も知れてたから楽だったわ。今のあなた達みたいにね。そんな風に特に違和感も抱いたりしないまま当たり前のようにそれを続けてきて、日常になってた。それで今まで何も問題なんてなかったし……なかったんだけど、ねぇ……」
敢えてなのか、皆まで言わずにカトレアさまはそこで言葉を途切れさせ、がっくりと俯いてしまった。
……ああ、それはまあ……そうですよね……。
突然のしかかってきた、一気にこの場の重力が百倍になってしまったような息苦しさを感じながら、サレナ達は思う。
自分をフった相手。自分がフラレた相手。
まだまだあれから昨日の今日くらいの時間しか経っていない中で、そんな相手と一緒に昼食を食べる気は起こらないだろう、それは。当然である。
完全にまだ触れてはいけなかった話題に触れてしまった……。
そのことを三人とも思いっきり後悔し、反省する。
さりとてここから一体どんな反応を返し、あわよくば話題を切り替えたものかと考えあぐねるしかない。
そんな中で――。
「……それでね、流石にフラレた翌日は一人で昼食をとることにしたのだけど……」
驚くことにカトレアさまが更にその話の続きを語り始めた。
「私達、今まで三人だけでグループを作ることで他の人を寄せつけないようにしていたことに、そこでようやく気づけたわ……。自分で言うのもなんだけれども、学院のトップクラスの三人ですものね。近寄りがたい雰囲気も出していたのじゃないかしら。でも、そんな不可侵領域のようになっていたグループがある日突然崩れてしまったら、何が起こると思う?」
ふふふ、と、なんだかやけくそ気味にも思える自嘲の微笑みを浮かべながら、カトレアさまは三人を見回して訊ねてくる。
どう答えようもなく狼狽えるしかない三人であったが、カトレアさまは別にサレナ達の答えを求めていたわけではないらしく、すぐに自分でその正解を語り出した。
「とんでもない奇異の目で見られるのよ……。一体何があったのかって、まるで天変地異でも起こったみたいにね……。別に一人でいることを辛いと感じることはないけれど、あの視線に晒され続けながら食事をするのは流石にちょっと……堪えたわね、私でも……」
カトレアさまは卓に肘をつくと、物思いに耽る時のようなポーズでそう嘆く。
なんとも疲れたお声で。ご苦労様である。
そして、一度堰が切られたことで止まらなくなったのか、カトレアさまの愚痴はどうやらまだまだ続くらしい。
深~い溜息の後で、更にカトレアさまは語り続ける。
「それで……何とも笑えることに、こうなってからようやく気づいたのだけど……アドニスってまあ、とんでもなくモテるのね……。いえ、知ってはいたけども、想像以上だったというか……。私は一人で食べていても物珍しそうに遠巻きに見られるくらいだったけども、アドニスがそうして一人で昼食をとっていると……それを好機と捉えたらしいのかしら、その……次々に女の子が声をかけに突撃していくのよ……"昼食をご一緒させて欲しい"って……」
……あぁ~……それは、まあ……そうなんでしょうな……。
それを聞いて、三人の間にそんな風に何とも言い難い納得と理解が生じる。