Witch fights twice ―1
何故、自分は剣を握るのか。
木剣を構えながら、少女は思わずそう自問してしまう。
(魔術士なのにね……)
身体に漲る緊張を少しでも解そうとするように、そんな軽口を頭の中でシニカルに叩いてみる。
だが、それが自分に対する問いかけの本題ではないこともわかっている。
サラサラとした、烏の濡れ羽色の髪。それを肩にかかるくらいの長さで綺麗に切り揃えた、涼やかな髪型の少女――サレナ・サランカ。
彼女は恵まれた魔術の才能を持つ、まだ学生であるとはいえ立派な魔術士だった。
もしも彼女に戦わなければならない敵がいるのであれば、魔術を用いて立ち向かうはずの。
だというのに、サレナは今、飾り気の全くない無骨な木剣を構えてその相手と対峙している。
時は早朝。場所は人気のない、学院の校庭の片隅。
そんな状況で向かい合う相手は、サレナと同じく学院支給のシンプルで動きやすい運動服に身を包み、そして同じく木剣を構えていた。
違いがあるとすれば、そいつがサレナより一回りくらい大きく、体格のいい男子であるということ。
短めの銀髪をツンツンに逆立てたような頭に、目つきの悪い凶悪な人相をしたその男子――ヒース・ライラック。
さて、そんな風にお互い剣を構えて向かい合う二人は敵同士なのだろうか。
いや、そんなことはないはずだ。
二人は同じ部屋で生活するルームメイトだし、サレナはヒースのことを友人だと思っている。
そして、向こうもサレナのことを気のいい、素敵でキュートな友人だと思ってくれていることだろう(と、サレナは思い込んでいる)。
少なくとも二人が敵対しなければならない理由は、今のところはないはずだが。
では、何故。
その答えを、頭の片隅で広げていたそんなとりとめもない思考の果てでサレナが掴む前に、この睨み合いの状況が破られてしまった。
二人の間に漂っていた緊張感が限界まで膨れ上がり、破裂するかのように。
ヒースが動き出す。
その起こりを鋭敏に感じ取り、それに応じてサレナも反射的に動き始めた。
剣が届かぬ間合いにあった互いの距離をヒースは素早く縮めると、恐るべき勢いで木剣を振り下ろしてくる。
サレナはその一撃を自分の木剣で受け止める。
それは、その打ち合いが決して悪ふざけやごっこ遊びではないことが一目でわかる、双方ともに真剣そのものの攻防であった。
初撃を受け止められたヒースはすぐさま次、さらに次と連続で剣を打ち込んでいく。
それは彼の容貌通りの荒々しさを持ちつつも、その根底にはしっかりとした基礎が存在していることが窺える、意外な程に洗練された剣術の動きであった。
そんなヒースの巧みかつ淀みのない打ち込みを、サレナは防戦一方に弾いて、受け流し、捌き続けている。
それは別に相手の勢いに押し込まれているというわけではなく、むしろ狙って受けに回っている意図を感じさせる落ち着いた動きだった。
確かな技術に裏打ちされたヒースの動きと違い、サレナのそれはまだ若干の拙さが混じったものではある。
だが、それ故にその動きはむしろ野性的というか、本能に従って動く獣じみており、技術の差を補って余りある鋭さを持っていた。
それはきちんとした剣術というよりは、今まで培ってきたサレナの軽業を主体とした我流のようであった。
さて、そんな剣士と獣が打ち合っているような戦いは、傍目には完全に互角であった。
ヒースの激しく強烈な打ち込みを、サレナはどうにか受け、躱し、捌き続けている。
展開はそんな風にヒースの攻勢一方のままであったが、サレナは敢えてそうしながらどこかで反撃に転じる隙を窺っているかのようだった。
そして、幾度目かの打ち合いの末にようやくその機会が巡ってきたらしい。
ヒースの打ち下ろしを、サレナがしっかりと受け止めつつも、弾くようにすっと流した。
「――――っ!?」
それによって、一瞬ヒースの体勢が崩れる。
その瞬間を逃さず、サレナは軽やかに、ヒースの身体を跳び越すようにして後ろにヒョイッと回り込む。
そして、意表を突かれたヒースの防御が間に合っていないところへ、狙い澄ましたサレナの一撃が打ち込まれる――寸前で、それはピタリと止まっていた。
「……参った?」
「……ああ、参ったよ」
しばしの間そのまま時が止まったように固まっていた二人だったが、そんな会話をした後でようやくその姿勢から解放された。
お待たせして申し訳ありません。
ようやく第二対決が書き上がりましたので、今日から投稿していこうと思います。
毎日投稿して大体一ヶ月程度で終われるように調整して公開していきます。
暑い盛りですが、気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。