いつかあなたに伝える(わる)想い ―11
「とんでもない子だな……」
「ええ、本当に……」
サレナの背中が小さくなっていくのを見ながら、アドニスが呆然とそう呟き、カトレアもそれに同意する。
「…………」
そこでようやく、二人は昨日のあれ以来初めて今お互いに顔を合わせているということに気づいてしまう。
いくら優秀で完璧なように他者からは見られているといっても、やはり二人共根っこは普通に思春期の少年少女である。
さっきまでは慌てていたせいでうやむやに出来ていたが、あんなことがあった昨日の今日で改めてこうして顔を合わせるというのは、流石に気まずいものを感じざるを得ない。
「カトレア、その……昨日は……」
しかし、それでもいつまでも気まずく黙ったままというわけにもいかないだろうと、先に口を開いたのはアドニスであった。
だけど、正直一体何を言うべきで、何を話すべきなのか、全然まとまってはいなかったのだろう。それなのに、とりあえずで話し始めてしまった。
そんな様子で、すぐにもごもごと口ごもってしまったところで、
「……アドニス」
逆に、カトレアの方は言うべきことはもう思いついているという風にその名前を呼んでから、言葉を放つ。
「あなた、本当はああいう雰囲気の子が好きなんでしょ?」
ああ、性格は別だけど。見た目とか、雰囲気だけね。
苦笑しながらそう付け加えつつ、カトレアは半目でアドニスを見る。
「そっ、そんなことは……」
あまりにもストレートなその問いかけと胡乱げな眼差しに、アドニスは狼狽えた様子でまるで弁解するようにそう言った。
「それくらいわかるわよ」
だって、ずっとあなたを見てきたのだもの。
その言葉を付け加えるのは心の中だけに留めておいて、カトレアはふふっと笑う。
そういえば、二人でこんな明け透けな話をするのは長年友人として付き合ってきて初めてかもしれない、なんて思いながら。
「……けどね、アドニス。もしもあなたがあの子を好きになってしまったら、その時点であなたは私を袖にしたことを一生後悔するようになるわよ?」
それから愉快そうにカトレアがそう言うのに、アドニスはなおも狼狽えつつ、「どういうことだい?」とでも言いたげに首を傾げて彼女を見つめてくる。
それに対して、カトレアは自慢げに胸を張りながら、嬉しそうに何かを思い出しているような声で答える。
「だって、そんなあの子が私に、『素敵で、かっこよくて、凛々しくて、自分なんかよりも全然、遙かに魅力的で素晴らしい女性』だって言ってくれたのよ。あなたがあの子を好きになっても、私はそれを上回る、あの子自身が太鼓判を押してくれるほどの『素敵な女性』なんだから。そんな相手と恋人になれる機会を棒に振ってしまったんだもの、一生後悔するに決まっているわ」
そう言うと、カトレアはお茶目に片目をつぶり、小さく舌を出してみせた。
それを聞いて、その仕草を見て、一瞬呆気にとられたような、もしかしたら見惚れてしまっていたかのような、そんな表情をした後で、アドニスはふっと、自分も笑顔になってそれに同意する。
「――ああ、きっと、そうなんだろうな。というか、実は昨日の夜からずっと、本当にこれで良かったのかどうか、考え続けてしまっている。それこそ、後悔している証拠なのかもしれないね。おかげで一睡も出来なくて、至高の白が危うく授業中に居眠りをしてしまうところだった」
爽やかに笑うその笑顔に、アドニスは少しだけ誰にも見せずに隠していた疲労の色を滲ませた。
カトレアはそんな言葉と疲れた笑顔に対して意外そうな、少しだけ驚いたような表情を見せた後で、
「……それは光栄だわ。でも、白き王子のそんな弱音、他の誰にも見せないでね。代わりに、今のは一生私の胸に閉まっておいてあげるから。そして、それ以上のことを言うのもなしよ」
嬉しそうに、しかし、しっかりと釘を刺すようにそう言った。
「……ああ、わかってる」
アドニスはその言葉に対して、真面目な顔で頷きを返す。
カトレアも、黙ってそれに頷き返す。
そして、心の中だけで思う。
もちろん、自分もわかっている。あなたが絶対にそんなことを言わないってことは。
だって、そういう人だからこそ、自分は恋をしていたのだから。
「――さて。それじゃあ、私も行くわ。あの、手のかかる可愛い後輩の髪を綺麗に整えてあげなきゃいけないからね」
カトレアはそう言いながら、アドニスの隣を離れて歩き始める。
しかし、二、三歩進んだところで何かを思い出したように振り返り、
「ああ、そうそう。もちろん、あの子の髪を私が整えてあげている間、生徒会室は男子立ち入り禁止だから。ロッサと一緒に、どこかで暇を潰していてちょうだい」
悪戯っぽい笑顔で、何故だか自慢げにそう言い放った。