このゲームを百合ゲーとするっ! ―5
そして、サレナの『目指せ! カトレアさまの騎士!』計画ということで行われた修行は、そういった身体能力の強化ばかりではなかった。
それと並行して、サレナは自分の『魔力』や、それを用いた『魔術』の腕というのも鍛えておくべきだろうと考え、実行に移していたのだった。
完璧超人のカトレアさまは、当たり前だが身体能力だけが優れているわけではない。その身に宿す『魔力』や、それを用いて操る『魔術』というのも学院トップクラスの実力を誇っている。
カトレアさまに認めてもらうためには、当然その方面の技術も彼女に匹敵するか、あるいはそれすら追い抜くレベルのものを身につけていなければならないだろう。
とはいえ、その点についてはサレナ自身は運動能力の場合ほど深刻に考えてはいなかったし、己をそこまで厳しく鍛え上げる必要もないだろうと気楽に構えていた。
何故ならば、唯一『魔力』と『魔術』という方面に関してだけは、ゲームの中のサレナは完全な"天才"であるからだった。
十五歳までそれが目覚めることがなかったとはいえゲームのサレナは生まれつき途轍もない魔力を秘めていたし、魔術に関しても学院に入学してから勉強と習得を始めるというのにさほど苦労することなくトップクラスに並ぶ実力に到達出来るのだ。
そういった風に、まさしく『魔力』と『魔術』関連については神に愛された"天才"であるサレナなので、この分野に関しては全く手つかずのままで十五歳の時を迎えてもさして問題はなかった。
しかし、そうは言っても、やはり学院に入学しカトレアさまと出会ってからメキメキと実力を伸ばしていくよりも、その前からそんな神に愛されし天才ぶりを十全に発揮出来るようになっていれば、より"彼女に並び、それを超える存在"としてのインパクトを与えられるのではないだろうか。
サレナはそう考え、故に十五歳までに自分の『魔力』と『魔術』についても、その実力を磨き上げておくことに決めたのだった。
とはいえ、前世にしても今世にしても、サレナは今まで魔術など一切使った経験がないので、最初は鍛えようにもその方法自体が全然わからないという前途多難ぶりであった。
なので、サレナはまず魔力と魔術に関しての参考書をかき集めることにした。
しかし、当たり前だが本を買うにはまずお金がいるし、決して裕福というわけでない孤児院で暮らしているサレナには自由に使えるお金といっても雀の涙ほどしかない。
その上、魔力や魔術に関する本というものは、その力が現在貴族階級に殆ど独占されている関係上、目玉が飛び出る程に高額であり、かつ平民には簡単に入手出来るものではなかった。
つまり、普通であればそんな参考書は逆立ちしてもサレナには手に入れられないものということになる。
では、どうするか。サレナはじっくりと色々な手段を考えてみた末に、あっさりとその決断をした。
普通じゃない方法で手に入れよう。
そんなサレナの選択した"普通じゃない方法"の手始めは"金策"だった。
しかし、真っ当な方法でサレナのような子供に大金を稼げるわけもない。
だが、真っ当でない方法――賭事でならば、それはまさしく可能なはずだった。
そして、サレナには自分がその賭事で荒稼ぎすることが出来るという、ある程度の自信があった。
それは何故か。
実は、"私"が生前プレイしていたナイウィチのゲーム内には、とあるオリジナルのカードとルールを用いたミニゲームが収録されていた。
それは、そのナイウィチの世界ではかなりポピュラーなカードゲームであり、階層問わず広く普及していて、学院の生徒達も愛好しているという設定のものだった。
そして、ゲームに登場するキャラクター達とそのカードゲームでの対戦を楽しめるというのが、ナイウィチのちょっとしたサブ要素として実装されていた機能だった。
結構ルールもよく練られていて、必勝法があるわけではない、かなり歯応えのあるそのカードゲーム。
生前ナイウィチを死ぬほどやりこんでいた"私"は、必然的にそんなサブ要素のカードゲームもアホほど繰り返しプレイし、やりこんでいた。
ゲーム内では対戦相手に選ぶキャラによって難易度が設定されているのだが、その最高難易度、誰がこんなの勝てるんだと言われていたような裏ボスまで撃破する程に。
そして、サレナが睨んだ通り、このカードゲームは今生きているこの世界においてもきっちりと存在していた。
まさしくゲームで設定されていたそのままに幅広い層に普及しており、立派な賭事の一競技としても成立していた。
なので、サレナは仮面で顔を隠すと、毎夜そんな闇の世界――非合法な賭場に足を踏み入れ、そこでそのカードゲームをプレイすることで荒稼ぎに稼いだ。
サレナが思っていた通り、こんな街の場末の賭場には生前最高難易度の裏ボスまで撃破したような彼女にこのゲームで勝てるほどの腕前を持った人間はいなかった。
サレナはそんな風に、賭場の中では『馬鹿みたいに強い仮面のギャンブラー』として瞬く間に有名となった。
だが、もちろん常に全力で、常勝無敗に勝ち続けたわけではない。
程良く負けを挟んでは金を吐き出してみせ、ここ一番のところで大きく勝っては恨まれすぎない程度に金を巻き上げる。生前に漫画で学んだギャンブルの基本を徹底していた。
おかげで、カモにされたゴロツキ共に襲われるほど憎まれるというようなこともなく、比較的安全に事は進んでいった。
それに、サレナは別にそんな賭事で億万長者になりたいわけではなかった。
あくまで目的は高額な魔術関連の参考書を買うためのお金を稼ぐことである。
目標金額以上の成果を求めようとはしなかったし、それが集まったと判断したらあっさりと賭事からは手を引いた。
そして、むしろそんなスマートな賭事の打ち方は、ギャンブラーの理想像として本人の意図していないところで妙な人気を博してしまっていた。
仮面のギャンブラーはいつしか賭場のアイドル的存在となり、たまにサレナが訪れると歓声と拍手をもって迎えられるような有様であった。
サレナもまたそれに気を良くして、カードゲームのプレイのコツなんかをみんなに講義してやったりするものだから、ますますその人気は鰻登りとなった。
いつしかサレナとプレイ出来ることはその賭場での栄誉となり、噂が噂を呼んで別の街からも腕に覚えのあるギャンブラーがそんな仮面のギャンブラーとの戦いを望んで訪ねてくるようになってしまい、目標金額を集め終えた後でもサレナは度々、求められては仕方なく賭場に顔を出す羽目になるのだが、それもまた別のお話なのでこの辺でやめておくとしよう。
いずれにせよ、ひとまずサレナの"金策"は順調に成功を収めた。
次は、稼いだ金でどうやって平民には秘匿されている参考書――『魔術書』を手に入れるのかが問題であったが、それも意外なほど簡単に解決した。
賭場で築いた裏社会の人脈を駆使して、料金を相当上乗せする代わりに闇で仕入れてもらったのだった。
どれほど魔術書が貴族階級に独占され、秘匿されていると言っても、全ての貴族が一枚岩というわけではない。
案外金に困っている貴族もいれば、さほど秘匿に関して熱心でない腰の軽い貴族だっている。
そういう貴族が裏でそれらを横に流すというのもさほど珍しいことではなかった。ただ、とんでもない高額で取引されているというだけで。
だが、先にも言ったようにサレナがそこに一枚噛むにあたって金銭面においても不足はなかったし、その伝手も賭場に出入りするような連中から根気よく辿れば大して苦労せずに探し当てられた。
ということで、こうして見事にサレナはいくつかの初級魔術に関する参考書を手に入れることが出来たのだった。
秘中の秘であるような高位魔術はともかく、初級魔術の手ほどき程度の参考書であれば数も出回っているし、値段もそれほど高くつくわけではない(それでも平民がおいそれと手を出せるような金額ではないが)。
参考書を集めるのにおよそ一年ほどかかってしまったが、とにかくサレナが独学で魔力と魔術の訓練をする環境は整った。
サレナは週二日程度のペースで孤児院のみんなが寝静まった深夜にこっそり抜け出して賭場へ繰り出していた時間を、今度はそのままその訓練を行うものへと切り替えた。
誰にも見られないように街からも抜け出し、夜にはまったく人気のなくなる裏手の山の中にある洞窟に、そのための秘密の拠点を築いた。
といっても、単なる手頃な洞窟の奥に参考書を隠して置いていただけのことなのだが。