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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
76/149

いつかあなたに伝える(わる)想い ―6

 その言葉に対して一瞬ぽかんとした後で、すぐさま「はぁ!?」と驚愕を声に出しながら、ヒースとサレナは急いで時間を確認する。


 当たり前だが、門限はとっくに過ぎていた。


 だがまあ、門限破り自体はそうありえないことではない。

 バレたら厳罰に処されるだけで、一般生徒――ことに柄の悪いタイプの生徒の間では度々行われていたりもする。要はバレなければいい話であるし、抜け道もいくつかある。


 しかし、それをする人間がカトレアさまとなれば話は別である。

 あの真面目一辺倒で厳格を絵に描いたような性質(たち)の御方が、まさか規則破りなどするはずがない。というか、そうする光景が想像すら出来ない。たとえ天地がひっくり返ろうとも門限破りなどしそうにない人である。

 だが、アネモネは現にそれが今起こっているのだと報告している。

 とても、俄には信じ難い。ヒースとサレナがまず時間の方がおかしくなったのではないかと疑って確認してしまうのも無理なかった。

 そしてその次は、「いやいや、冗談でしょ」と軽く現実逃避気味にそう考えながらアネモネを見る。

 しかし、アネモネの珍しく血相を変えた様子を再確認して、そこでどうやらマジのマジらしいと二人は現状を受け入れた。


「詳しく説明して」


 サレナが緊迫感を声に乗せながら、アネモネに鋭く問いかける。


「カトレアお姉様のルームメイトの方が、先ほど私に焦って相談しに来たのです。お姉様がまだ部屋に戻ってこない……と。こんなことを相談出来るくらいお姉様と親しい女子生徒は私くらいしかその方は知らなかったらしくて、あるいは私の部屋にいるのではないかと思ったそうです。今はその方がお姉様の不在をどうにか誤魔化してくれているようですけども、それもいつまで保つかわかりませんわ。とりあえず、その方を一旦部屋に戻して誤魔化し続けるように頼んだ後で、代わりに私がどこにいるのか探しますと請け負って、まずはお二人の協力を求めにここまで走ってきたというわけですの」


 アネモネは一息にそう説明した。


「このことを知っている人間は?」

「まずはそのルームメイトのお方。よく出来たお方で、これは騒ぎを大きくするとマズいと悟ったらしく、私だけに相談に来てくれました。流石、お姉様のルームメイトですわね。そしてもちろん私、最後にお二人。今のところそれだけですわ」


 サレナの質問に、アネモネは想定していたとばかりに素早く切り返してきた。

 それを聞いてサレナはひとまずほっとする。まだ大事になっていないのであれば取り繕いようはある。


「……アドニス先輩の方はどうなの? そっちは寮に戻ってきてる……?」


 そして次に、考えたくはないが考えなくてはいけない可能性としてそのことが浮かんでしまい、恐る恐るサレナはアネモネへ訊ねる。


「お兄様ですか……? いえ、そちらは何も聞き及んではおりませんが……そもそもお兄様も揃って門限破りなどしていては、騒ぎはこの程度じゃ収まっておりませんことよ! 今頃学院寮全体を揺るがす大事件となっているはずですわ!」


 アネモネがそう言ってくるのに、それもそうかとサレナはひとまず安堵と納得を覚える。良かった。

 だが、すぐさまそれもそれで何一つ良くなんかないじゃないかと気づいて、激しい自己嫌悪に陥ってしまいそうになった。

 しかし、今はそんなものに浸っている場合ではない。

 では、何をする場合なのか?


 ……決まっている。


「――ひとまず、状況は理解できたわ。知らせてくれてありがとう、アネモネ。それじゃあ……」


 サレナはそう言いながら、素早く二人へ目配せをして、頷く。


「私達だけで、カトレアさまを探し出して、連れ戻す。それでいいわね?」


 アネモネはその言葉にようやく少しだけ安心したようになりつつも、まだ気を引き締めた顔で頷きを返してくる。ヒースも珍しく素直に提案への同意を示して頷いてくれた。


「とりあえず、私とヒースで手分けして外を探しに行くわ。"外"と言っても、庭下街まで行くわけじゃない。きっと、学院内にはいるはずだと思うの。……私の勘だけどね。ヒースは念のために、学院内の建物の外を探してくれる?」

「ああ、わかった。任せとけ」


 サレナがそう言うと、ヒースは椅子から立ち上がりながらそれに応じた。


「私は学院内の建物の中を探す……というより、実は居場所の心当たりがある。だから、とりあえずはそこに向かってみるわ。アネモネはここに残って、私達が捜索に出かけている間の偽装工作と、事態が思わぬ方向へ動いてしまった時のために備えておいてくれる? そして、この中の誰かがカトレアさまを見つけるか、あるいは発見された情報を耳にするか、もしくは何か急いで報せなければいけないことが出てきたら、それぞれの使い魔を飛ばして連絡すること。それでいきましょう」


 サレナが素早く作戦をそうまとめると、アネモネも「任せてくださいまし!」と神妙な顔で頷いた。

 が、頷いた後で何かに引っかかりを覚えたのか、サレナに向かって慌てて抗議する。


「ちょ、ちょっと! 確かに誰かが待機しておくことは必要でしょうし、私がそれを担当するのも吝かではありませんが、"居場所の心当たり"って何ですの!? それがあるなら、ヒースさんをここに残して私も一緒にお姉様を迎えにいきますわよ!」


 無言のまま急いで部屋から飛び出そうとしていたヒースもそれを聞いて一旦足を止めると、サレナへ「どうするんだ?」と言うような視線を向けてくる。

 そんな二人に対して、サレナは自分の机の正面にある窓を開け放つと、机を飛び越えてその窓枠に乗り、振り返りながら答える。


「心当たりはあくまで心当たりでしかないもの。万が一あてが外れた時のために、ヒースに外を探して欲しいの。無駄足踏ませるかもしれないけど、勘弁してちょうだい。今度何か奢るわ。ああ、もちろんアネモネにもね。それに――」


 そして、少しだけ苦笑の混ざったような笑顔を見せながら、サレナは言う。


「こればかりはきっと、私じゃなきゃダメだと思うんだ。――あの人を、迎えに行くのは。だから、ごめんね、アネモネ。後はお願い」


 そう言い放つと、唖然とした顔の二人を残したまま、サレナは窓から外へと身を踊らせた。

 今回は一々窓枠や庇を伝っている余裕はない。風属性の魔術で落下速度をコントロールしながら地面に直接降り立つと、一気に走り出す。


 そうして、少女は夜を駆けていく。大事な人を、連れ戻すために。

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