いつかあなたに伝える(わる)想い ―2
サレナは自分が歩いていく先に、まるで最初からサレナがそこを通ることを知っていてそれを待ち伏せしていたようにその人が立っていることに気づいた。
思わず「今は顔を合わせたくない」という思いが湧き上がり、足を止めたくなってしまう。
しかし、だからと言って今まで来た道を戻る理由にはならない。
サレナはすぐさま思い直す。逃げない。止まらない。このまま行く。
何故ならば、自分が逃げなきゃいけない理由なんて何一つないんだから。
そうしてズンズンと歩いていき、一応知り合いということでサレナはその人に軽い会釈をしてから急いで通り過ぎようとした。
「ずいぶん、面白そうなことをやっているみたいじゃないか」
――そこで、いきなりそう声をかけられたので、やはり予想していた通りにサレナは立ち止まってその人と向かい合うしかない。
「なあ、おチビちゃん?」
後ろで括った赤髪を揺らして、その人は腕を組みながらもたれていた壁から身体を離すと、自分も真っ直ぐサレナへと相対してきた。
現状のサレナにとって唯一苦手な先輩と言える、ロッサ・カヴァリエリ・デル・ストレリツィア。
何故このタイミングで待ち伏せのような真似をしてまで自分に向かって話しかけてきたのか。サレナは警戒しながら、我知らずそいつへ向ける目つきを鋭くしてしまう。
「何のご用でしょうか、ロッサ先輩。面白そうなこと? 私は別に、ただ歩いていただけですけど」
とぼけたような調子でサレナはそう言った。それで何とかうやむやになれとの願いを籠めつつ。
「カトレアとアドニスをくっつけようって、アネモネちゃんも巻き込んで色々と健気に頑張ってることだよ。気づいていないとでも思っていたのかい?」
「――――っ!?」
しかし、あっさりとそう言われて、サレナは思わず心臓をぎゅっと掴まれたような驚きを感じつつ、急いで周囲を見回してしまう。誰かに聞かれていてはたまったもんじゃない。
だが、流石に待ち伏せじみたことをしていただけあって用意周到というか何なのか、現在この廊下にはロッサとサレナの二人きりだった。
「……どうして――」
「気づいたのかって? 俺は一応、二人の親友だぜ? しかも、今のおチビちゃんよりずっと幼い頃からの付き合いだ。それがここ最近、あそこまで片方の様子がおかしいとなれば、そりゃ嫌でもわかるってものだろ」
ますます警戒して目つきを強めるサレナに、ロッサは苦笑しながらそう答える。
「そしてもちろん、カトレアの気持ちにもおチビちゃんよりずっと前から気づいてた」
それから、またもあっさりとそう言い放ってきたのに、サレナは声を失い、まさしく愕然といった表情を向けてしまう。
「……そんな俺からの忠告だ。おチビちゃん、もうこれ以上のことはやめておいた方がいい。今ならまだ引き返せるぜ」
そんなサレナへ、ロッサは若干声のトーンを真面目なそれへと変化させながら、言い聞かせるようにそう告げてきた。
しかし、サレナは何とか自分を驚きから回復させると、必死で強がるかのようにあくまでもとぼけた態度で応じる。
「……これ以上? 引き返す? 一体何のことやら、私にはさっぱりわかりませんね」
ややオーバーな仕草で肩を竦めてそう言いながら、相手が誤魔化されてくれることを祈る。
だが、もちろんそんな苦し紛れが通用してくれるような相手ではない。
「想いを伝えて今までの関係を壊してしまうよりも、想いを伝えないで隠したまま傍にいられる方が幸せなこともある……そう言ってるのさ、俺は」
サレナのそんなしらばっくれた態度になどまるで取り合おうとせずに、ロッサはサレナにとって一番突かれたくないところをピンポイントで突き刺す言葉をぶつけてくる。
「そのことは、おチビちゃん自身が一番よくわかっているんじゃないのかい?」
それを聞いた瞬間、サレナは今までのすっとぼけた態度の仮面を即座に脱ぎ捨てて、向けられた者が震え上がりそうな程の冷たい怒りを籠めた眼差しでロッサを強く睨みつけた。
「……わかりませんね。わかりませんよ、私には、そんなこと」
そして、まるで吐き捨てるようにそう言うと、まったく動じていない様子のロッサに向けてさらに怒りを濃くしながら、言葉を続けていく。
「想いは伝えて、伝わることで、初めて報われるものなんです。伝えないまま、伝えられないまま終わってしまう想いなんて、そんなのただ悲しいだけじゃないですか。伝えられる手段があるのならば、絶対に伝えるべきなんです」
サレナはロッサに持論をぶつけるというよりはまるで自分に向かって言い聞かせているようにそう強く言い切る。そして最後に、その瞳に少しだけ悲しみの色を混じらせながら、
「そして、私はカトレアさまにそんな悲しさを味わって欲しくない……それだけなんです。そのことを、あなたなんかにゴチャゴチャ言われる筋合いはありません!」
ロッサへ向かって叩きつけるようにそう言った。
しかし、ロッサはそんなサレナのけんか腰の言葉を聞いて怒るわけでも、不快そうにするわけでもなかった。代わりに、怒りによる興奮のせいで息を荒くしているサレナに対して、何故か少しだけ寂しそうな微笑みを向けてくる。
「……そうかい。それならもう、これ以上は何も言わないけどね。ただ、これだけは覚えておいてくれ、おチビちゃん。俺だって、君と同じ気持ちだからこそ、こう言っているんだってことを……さ」
それを聞いてやや不可解そうな顔をするサレナに、ロッサはどこまでも優しい声で言葉を続ける。
「俺は女性の悲しむ姿を見たくないだけなのさ。特に、カトレアは大事な親友だしね」
そう言って、サレナに向かってお茶目にウインクをしてみせた。
……真面目に聞いて損した。
サレナは一気に先ほどまでの怒りも含めてあらゆる気持ちが冷えてしまったようにそう思うと、ロッサに背を向ける。
「それじゃあ、ロッサ先輩のそれは無用な心配ですね。カトレアさまを悲しませないために、私は行動しているんですから。そして、この先も、カトレアさまが悲しむようなことなんてありません」
背を向けたままそう言うと、サレナは歩き始める。
そうだ。カトレアさまが悲しむような結末なんて来るはずがない。
大丈夫だ。自分達はそのためにここまで頑張ってきた。
これから決行する作戦だって、きっと上手くいくに決まっている。
ロッサとの会話によって再び呼び起こされてしまった不安を振り払うように、心の中でそう強く思いながら。
「俺が悲しむ姿を見たくない女性の中には、当然君も含まれているんだけどね……おチビちゃん」
すると、歩き去る背後からそんな、独り言のようなロッサの呟きが聞こえてきた。
それを聞いて、だったらそれこそ本当に無用な心配だとサレナは思う。
私が、カトレアさまの恋が成就することで悲しむなんてこと、あったりするわけがないじゃないか。