菫色アプローチ大作戦 ―12
「…………っ!?」
包みから現れたのは、何というか、『禍々しく歪んだ、何かの生き物を想起させる形の小さな板』だった。
そんな、苦悶に喘ぐ生き物を封じ込めた石片のようなものが数十枚、申し訳程度の可愛いラッピング紙の上に鎮座していた。むしろ包みとのあまりのギャップに余計禍々しさが際立ってしまっていた。
それは、クッキーなのだろう、恐らく。カトレアさまとはクッキーを作ると打ち合わせていたはずなのだから。
なるほど、確かにじっくりと観察すればクッキーに見えないこともない。
ただし、表面の模様や形がまるで古代民族が何かの儀式に使っていた呪いの仮面のようになっているだけで。
「その……クッキーをね、焼いてみたの……。せっかくだから、可愛い形にしたいなと思って、色々な動物のそれをかたどってみようとしたんだけど……あ、あんまり上手くいかなかったわね……。それに、プレーンの他にチョコレート味の生地を組み合わせて味にバリエーションを持たせようとしたら……それが混ざり合って何か変な模様みたいになっちゃって……でも、作り直す暇もなくて……」
慌ててしどろもどろにそう説明するカトレアさまだったが、段々とその声は小さくなっていき、やがてフェードアウトするように黙り込んでしまった。
もちろん、サレナ達もそれに対しての感想を何も言えそうになかった。
どう見ても食べ物には見えない、何かの呪物にしか見えないそれを前にして、しばらく気まずい沈黙が流れる。
「――っこ、こんな……こ~んなものを、私達のために、よ、用意してきただなんて……」
そんな中で、いち早く自分の使命を思い出して再起動したのはアネモネだった。
つっかえつっかえではありつつも何とか声を張り上げ、打ち合わせ通りの台詞を喋ろうとする。
意表を突かれた男性陣とサレナの注目が集まり、カトレアさまが羞恥に頬を染めて何も言えずに縮こまってしまっている中、何とか台詞の続きを言おうと口をパクパクさせるアネモネであったが――。
「す――素晴らしすぎますわ~~!! これこそ、世界最高のクッキーですわ~!! 誰にも文句など言わせません!! 不作法? 失礼? とんでもありませんわ! カトレアお姉様が私達のために焼いてきてくれたこのクッキーこそ世界で一番の相手へのもてなしの心なのですわ~!!」
やはりカトレアさまの心にこれ以上の追い打ちをかけることに良心が耐えかねたのか、大声でそう叫びながら、涙を流してそのクッキーを掴み、バクバクと食べ始めた。
「――あっ。意外と味は美味しいですわ」
「――ちょっ、アネモネ! あんたっ――あんただけズルいわよッ!?」
もぐもぐと咀嚼しつつ、本当に味は美味しいのかパッと顔を輝かせてそう言うアネモネ。
その様子を見てようやく自分も再起動を果たしたサレナは、負けじとその呪物クッキーへと手を伸ばし、自分も急いで食べ始める。
「――本当だ! 味は美味しい! イケます! 最高ですよ、カトレアさま! 初めて作ってこれなら全然上出来です!! ていうか、私にとってはこの場のどのお菓子よりも、いえ、この世界のどのお菓子よりも美味しい、最高のクッキーですとも!!」
そんなことを言いながら競い合うようにクッキーを食べ始めたサレナとアネモネに、カトレアさまは動揺しつつも慌ててそんな二人を止めようとする。
「ちょ、ちょっと二人とも!? い、いいのよ、そんな、無理して食べなくても――」
だが、その時――。
「あ、本当だ。形はともかく、味はとてもいい」
スッとアドニスの手が伸ばされてクッキーを一枚掴み、それどころか躊躇いなく食べてしまうのを目撃したことで、カトレアさまの動きはピタッと固まるように止まってしまった。
「美味しいよ、カトレア。苦労して作ってきてくれたんだろう? ありがとう」
カトレアさまを真っ直ぐ見つめながら、にっこりと優しく微笑んでそう言うアドニス。
それに対してカトレアさまは、今度は恥ずかしさの中に嬉しさを混ぜたような表情で一気にその頬を真っ赤に染めながら、
「――あ、ありがとう……」
何とか小さく呟くようにそう言うと、俯いてしまった。
「ロッサもどうだい? カトレアの手作りクッキー」
そして、アドニスはサレナとアネモネの二人が急いでクッキーを食べ始めた辺りから堪えきれずに腹を押さえて苦しそうに大爆笑している友人に向かって、そう呼びかける。
「――――ああ、もちろん。カトレアの手作りだなんて、あの二人の言うようにまさにこの世の至宝だものな。当然、こちらから頭を下げてお願いしてでも食べさせていただくとも」
ロッサは笑いすぎで浮かんだ涙を拭いながらそう答えると、クッキーに手を伸ばす。だが――。
「ダメです~。ロッサ先輩の分まで私が食べますから」
サレナはその手をパシンと叩いて妨害すると、普段の意地悪のお返しとばかりに舌を突き出してやった。
「おっと、ズルいぞおチビちゃん。そう言われると、何としても君から取り返したくなってきたな」
「ふん、腕ずくってんなら喜んで相手になりますよ」
「まあまあ、二人とも。ロッサ様、よろしければ私の分を一枚分けてさしあげますわ~」
「ちょっ、アネモネ!? そんな人にあげなくていいから!」
そんな風に、後は笑い声の絶えない大いに盛り上がったお茶会となった。
だが、結局全てが終わって冷静になった後で、果たしてこれで成功なのかどうか、サレナは頭を抱えて悩むことになるのであった。