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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
7/149

このゲームを百合ゲーとするっ! ―4

 そうして前世の記憶が戻った翌日から、サレナの生活は一変した。


 自分を根本から作り替えるためには、三年という時間は長いようでいて実は短い。

 それ故に、一日たりとて無駄にすることは出来ない。

 サレナはそんな危機感めいたものを抱いていた。


 それには理由がある。


 一度、今の自分のスペックを自身で把握しておくために色々と試してみたところ、身体能力的にはまったく何の変哲もない普通の女の子であることが身に沁みてわかったのだった。


 とはいえ、当たり前といえば当たり前の話ではある。

 これまでの十二年間の人生、サレナにはわざわざ自分の体を鍛えなければいけない事情なんてものは全くなかった。なので、ごく普通に、身体が自然と成長するに任せて生きてきた。

 そして、ゲーム本編においてもサレナが特に運動が得意であったり戦闘能力が高いというような設定もなかった。

 むしろ、そっち方面は不得手なタイプで、そこもまた攻略対象達に愛される要素に繋がっているような人間だった。

 そうであるから、今のサレナの体力や運動能力が平均的な女の子よりやや下くらいであることも当然であった。


 しかし、カトレアさまに見初めてもらえるような立派な騎士(ナイト)を目指すと誓った以上、このままでは済まされない。

 カトレアさま自身は体力も運動能力も女性としては抜群に優れた、本当に完璧超人のような御方だったからだ。

 まずその部分で彼女に劣ってしまっていては、彼女に認めてもらうなど夢のまた夢であろう。

 そうでなくとも、まず身体能力的にか弱い女の子のそれなのに騎士(ナイト)を名乗るなどとはおこがましい、誰からも鼻で笑われてしまうだろう。


 なので、まずサレナはそこから自分を鍛え上げていくことにした。


 三年で体力と運動能力を身につける。

 少なくともカトレアさまと並べるくらいに、理想を言えば攻略対象の中の成績トップクラスな騎士(ナイト)達にまで匹敵するくらいに。


 では、そのためにはどうすればいいのか。


 そこで、サレナは前世の自分の最大の経験に頼ることにした。


 走る。

 ひたすらに走り、出来れば石段を駆け上ったり駆け下りたりする。


 『百度参り』をここでも実行するというのが、サレナの選んだ方法だった。


 根拠は自分自身の体験にある。

 急な階段を走って上り下りするというのはまさしく理想的な全身運動で、身体中の筋肉があますことなく鍛えられるのだった。

 そして同時に負荷の高い有酸素運動でもあるため持久力も身についていく。

 生前、特に運動習慣のない文化系オタクであった"私"でも、百日間毎日欠かさずのランニングによる石段往復で見違える程に健康的になり、肉体的な強靱さも増していった。

 その経験から鑑みても、まず三年間そのような走り込みで徹底的に基礎体力の向上を図るというのは限りなく正解に近い方法のように思えた。

 まずは何をおいても体力をつけること。運動神経は後からでもある程度はどうにかなるはずだ。


 ということで、サレナは早速日々の生活習慣を作り替えていった。


 とりあえず毎日、みんなが起き出す二時間も前の早朝に起床して、(あさ)(もや)に煙る街を走り回るようになった。

 何とも都合のいいことに、サレナの住む孤児院のある街は坂も多く、至る所に階段が存在していた。

 近代ヨーロッパ風の石や煉瓦を重ねて造られたアンティークな街並みは前世の自分と混ざり合った後のサレナにとっては非常に新鮮に映り、そこをランニングのついでに色々と見て回ることも楽しかった。


 もちろん最初は大変だった。全身がバラバラになってしまうくらいの筋肉痛に苦しむことにもなった。

 しかし、サレナは全く挫けなかった。

 何故なら、続けていきさえすればいずれ体が順応して楽になっていくことを知っているし、その苦しみの全ては一度生前に体験していたものであったからだった。一度耐えられたものを二度耐えられないなんてことはない。

 そして何より、今のサレナには揺るぎない、確固たる目標があった。


 愛する人に愛してもらえるに相応しい立派な騎士(にんげん)になること。


 どんなに苦しい修行であっても、カトレアさまに愛されるためのものだと思えば苦難でも何でもない。

 むしろ、更なる苦痛を求めて日増しにサレナのランニングメニューは激しくなっていった。

 生前カトレアさまに恋い焦がれるあまり精神的な限界点に達してしまっていたことが尾を引いて、若干の歪んだマゾ気質がサレナの中に生まれてしまっているようであった。


 そして、そんなサレナの突然の変化は、一緒に暮らす孤児院の家族達に激しい困惑を与えた。


 以前のサレナは大人しく物静かだが心優しく、働き者で弟妹達の面倒見もいい朗らかな少女だった。そこが変わってしまったわけではない。

 しかし、ある日を境に、そこへ何だか逞しさと溌剌さが新しく加わってきた。

 ふんわりとしていて愛らしく天使のようだった女の子は、徐々にそこら中を活発に走り回りながらエネルギッシュさを振りまく元気娘へと変化していった。

 そりゃ、周囲が困惑するのも当然であろう。


 だが、子供達の間ではそれもすぐに好意的に受け入れられていった。

 別に"優しく面倒見の良いサレナお姉ちゃん"がどこかに消え失せてしまったわけではないし、以前よりも自分達と一緒に駆け回って遊んでくれることが増えたからだった。

 しかし、孤児院の院長であるおばあちゃん先生や職員であるお姉さん先生達、サレナの成長を見守ってきた街の大人達は、「サレナは階段から落ちて頭を打ったことで全く人が変わってしまったようだ」と一時は嘆いたりもしていた。

 その推測が全くの正解であるのだから、現実とは奇なるものである。


 けれど、その内に大人達もその新しいサレナを徐々に受け入れていった。

 穏やかで天使のようだったサレナはもう戻ってこないが、元気で逞しく、溌剌とした明るいサレナだって別に悪い人間というわけでもない。

 むしろこれはこれでアリという"元気娘サレナ"のファンも街の人間達には生まれ、以前からの"天使サレナ"のファンとの対立に発展したりもするのだが、それはまた別のお話。

 そんな中で、朝一番に街中を元気に走り回りながら挨拶をしてくるような奇行も、半年も経てば新しい日常として溶け込んでいった。


 そんな風に、サレナ自身は大きくこれまでの性格からは変化しつつも、基本的には以前と変わらず孤児院の家族や街の人間達からは愛されて育っていくこととなった。


 サレナの体力はひとまず順調に身についていった。


 雨の日も風の日も、一日も欠かすことなく走り続けた成果が確かに出ていた。

 街のあらゆる部分を走破し、一回のランニングでぐるりと街を一周すら出来るようにもなったその体力は、もはや平均を大きく超えているといってもいいレベルだった。


 体力がつくのと比例して、サレナが食べる食事の量も増えていった。

 以前のサレナは女の子にしても小食なくらいだったが、今のサレナは男の子顔負けの量をモリモリと食べる。

 二つ年下の弟であるアカシャも成長期の食べ盛りに入ってかなりの量を食べるようになっていたが、サレナもそれと競い合うように食べた。

 そうでありながらも、サレナは太ったりするということもなかった。

 体つきが以前よりも健康的でしっかりして見えるようになったくらいで、自然に伸びる背丈以外の体格は全く変わらなかった。

 食べて取り込むエネルギー量と走ることで発散されるエネルギー量が完全に等価となっているのだった。

 むしろサレナは、やはりゲームの通りあまり豊満になる気配のない自分の体型に落ち込んですらいた。

 走り込みのせいでその代わりにしなやかな筋肉ばかりがついていってることに気づいていない辺り、サレナは少々天然ボケ気味なところもあるようだった。


 体力作りのランニングも二年目に入ると、サレナはただ走るだけというのも物足りなくなってきていた。

 そこで、階段を一気に飛び降りたり、建物の間や裏路地にある段差や壁を全身のバネを使って飛び越えたりという動きを増やしたりして、訓練メニューに変化を加えていくことにした。

 生前の知識で言うところの"パルクール"を目指してみたのだった。

 最初は軽いものから始めたが、それでも失敗して転けたり、身体を強かに打ちつけたりということも多く、思い通りにいかない悔しさを味わった。

 しかし、カトレアさまのためならどんな苦痛もばっちこいという隠れマゾ気質なサレナは、そういう難易度の上昇にもめげずに嬉々として、根気よくチャレンジを繰り返していった。


 その結果、サレナはその一年をかけて街中を立体的に、まさしく縦横無尽に駆け回れるようになっていた。


 数十段ある階段を走る勢いそのままに一気に飛び降りたり、立ちはだかる塀を全身のバネを使ってヒョイと飛び越えたり、挙げ句の果てには家々の屋根の上を跳びながら走り回っていた。

 これにはあまりのお転婆ぶりに街の人間も全く呆れ果てていたが、その華麗な身のこなしでヒョイヒョイと跳び回る様は「ある意味天使のようだ」という評判も呼んだりしていた。


 さて、ということで二年かけて体力と運動能力の面を鍛えに鍛え上げ、目標を何とか達成出来たと判断したサレナは、残りの三年目をその成果を活かしたアルバイトにあてることにした。

 郵便や小荷物の配達のアルバイトだった。

 可愛い顔をしているが異様に元気で明るい少女が街中を跳び回りながら配達をする。その姿は"天使の郵便屋さん"として街の名物になり住人に親しまれたが、たまに街を訪れる他の土地の人間にとっては度肝を抜かれる光景として噂になっていたりもした。

 アルバイトで稼いだお金は、ほとんど孤児院に納めた。

 院長先生達はそんなサレナにもう呆れ果てるばかりで、「あなたはこれからもずっと郵便屋として暮らしていくつもりなのですか?」と本気で将来を心配し始めた。

 サレナがこんな調子なせいか、反対に最近すっかり落ち着いてしっかりしたみんなのお兄さんになってきた弟のアカシャには「いい加減にしろよ、姉さん」と溜息と共に(たしな)められたりもした。

 それでも、天使の郵便屋さんとしての活躍は他の弟妹達にはかなり好評だったので、サレナはそれだけで気を良くして益々アルバイトに精を出したのだった。


 そういった感じで、運命の時までにとりあえず愛するカトレアさまに劣らない体力と運動能力を身につけるというサレナの目標は見事に達成された。

 いや、達成されたなんて表現では足りないくらいに、完全に目標を超越してしまっていたのかもしれない。

 もはや、あわよくばの理想として考えていた攻略対象の騎士(ナイト)様達に匹敵するほどの身体能力、それをサレナは手に入れてしまっていた。

 まさしく一念岩をも通す。恋する少女の心とはどんな困難でも乗り越えてしまうものであった。

 まあ、サレナのそれは多分に行き過ぎの気配に溢れてもいたけども……。

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