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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
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菫色アプローチ大作戦 ―10

 しかし、そんな今回の作戦内容の説明を聞き終えた後のカトレアさまの反応はといえば、何とも微妙なものであった。

 むしろ、本当にそんなことでアドニスが心動かされたりするのだろうかと疑ってすらいるような素振りである。

 その理由は――。


「手作りのお菓子だなんて、そこまで魅力的なものなのかしら?」


 そう。生まれてから今まで正真正銘の貴族令嬢として育ってきたカトレアさまにとり、どうしてもそこら辺の貴族的な常識や慣習から逸脱する行いに対してあまり理解と共感が持てないのだった。

 むしろ、八方手を尽くして最高級のお茶菓子を手に入れた方が相手にもより評価されるのではないかとすら思っておられた。


「それが違うんですよ、カトレアさま……男性に対しては、最高級の既製品よりも、拙いながらも頑張って作った手作りお菓子の方が何倍も効果的なのです! これは歴史も証明している事実なのです! 男というのは、たとえどれだけ体面的には伝統や礼儀作法を重んじるように振る舞っていようとも、本能的に家庭的なスキルを持った女性に惹かれてしまうものなのです……!!」


 それに対して、サレナは一種異様な程の迫力を滲ませつつ、カトレアさまの両肩をガッシリと掴み、真っ直ぐ見つめながら力説する。

 それはカトレアさまのそんなアドニスの好みからはまったく外れている認識をどうにか改めさせんとの思いからの説得だったが、何だか若干の私情や偏見も含まれていそうなものだった。


「そ、そういうものなの……?」


 そんなサレナの迫力に少々狼狽えつつ、カトレアさまは助けを求めるような目で、それをサレナではなくヒースの方に向かって問いかける。


「あー……まあ、確かに……男としちゃ、女性から手作りの菓子をもらうって結構嬉しいもんかもしれないっスね……」


 ヒースはこういう男性目線からの意見も述べることでカトレアさまを説得するためにわざわざ同席させられているという役割を真面目にこなすようにそう言った。

 割と真剣に考え込むような顔つきで答えている辺り、この前よりも協力するのに不満は少ない様子であった。


「うーん……ヒースくんがそう言うのなら……」


 そして、それを聞いたことでカトレアさまもどうにかサレナのその説を信じる気になってくれたようだった。

 女同士であれこれ手探りで進めていくよりも、異性からの正直な意見があった方がより説得力も成功確率も増すように感じられるのだろうか。

 やはり、このためにもヒースを巻き込んでおいて良かったと思うサレナであった。


「そうですともお姉様! それに、この計画の素晴らしい点は、手作りお菓子を持ってきた相手を責める側に全く非がないところなのですわ!」


 次にアネモネがそう言うのに、サレナも同意して頷く。


 そう。絡まれイベントと違って、こういうところもこのイベントをカトレアさまにオススメ出来る理由であった。

 何せこの場合、貴族的なお茶会の作法に則るのであれば失礼を働いたのは主人公(サレナ)の方。それを咎めること自体には確かな正しさが存在しているのであった。

 ただしゲームのアネモネのようにやりすぎるのもいけないので、そこら辺は調整する必要があるが。

 それに、知らなかったこととはいえそんな不作法をやらかしてしまった相手をそれでも庇い立て、助けようとすることは、それだけその人を意識し、好感を抱いているという証明でもあるだろう。

 それを考慮すると、このイベントはアドニスからの好感度を計る一種のバロメーターとしての役割も果たせるものだと言えた。

 やはり一度正確な()()を知っておくためにも、このイベントを実行する価値は大いにあるだろう。


「相手を陥れつつも、同時に自分は安全圏を確保する……! あまりにも狡猾っ……! まさに悪魔的発想っ……! 流石はサレナさんなのですわ……!」


 畏怖の視線をサレナへと送りながら、そう熱弁するアネモネ。

 サレナはよっぽど「いや、それもこれも考え出したのは全部お前だが」と言ってやりたい気分だったがグッとそれをこらえつつ、


「あんた、私と友達になっといて本当に良かったわね……」


 代わりにアネモネの肩をポンと叩き、生温かい視線と共にそう言ってやる。

 ゲーム(あの)ままだと典型的な破滅するタイプの悪役令嬢だったわよ、あんた。


「え、ええ……?」


 そう言われたアネモネは困惑した様子で疑問を浮かべながら曖昧な返事をしてきた。だが、これ以上は話が逸れるので、追求を受ける前にサレナは強引に本題へと戻す。


「さて、もしも今回この計画で進めていくのであれば、手作りお菓子を作って持ってくるのは当然カトレアさま。そして、それを咎めるのは私とアネモネ……という配役になりますが――」


 サレナはカトレアさまへ真っ直ぐ視線を向けながら、今回の計画の最大の懸念事項を口に出す。


「カトレアさま……手作りお菓子、作れますか……?」


 真正面からそう問われて、「そういえば……」という全員の注目が集まる中、カトレアさまはまず、ふっと、優雅に微笑んでみせた。


「包み隠さず言わせてもらうと――これまでの人生、料理など一度もしたことがないわ」


 そして、何故だか自信満々にそう言い放つ。

 カトレアさまにそこまで堂々と言われると、何だかそれが偉業のように聞こえてしまうから不思議だ。

 思わず、三人の間から「おお……」という感嘆の声まで漏れてしまう。

 これまで自分で料理など一度もしたことがないと豪語する箱入りお嬢様のカトレアさま。それはそれで当然だろうなと納得もいくし、どうしてかそれ故に偉大な存在のようにも思える。


「……だけど、何とかしてみせましょう。任せてちょうだい。頼もしい先輩としての姿を、あなた達かわいい後輩に見せてあげるわ」


 そして、凛々しくもそう宣言してみせた。

 そこまで言われては、正直こういう時のカトレアさまには並々ならぬ不安を感じてはしまうのだが、とにもかくにも信じて任せてみるしかない。

 一年生三人は黙ったままで目配せしてちょっぴり拭えない不安を共有しつつも、それを一旦忘れ去ろうとするように頷き合う。

 まあ、大丈夫だろう。大丈夫なんじゃないかな。私達の尊敬出来る、偉大な先輩を信じよう。

 サレナはふぅと息を吐くと、ひとまずこの場はそれでまとめておくことにした。


「それじゃあ、これで進めていきましょう」

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