菫色アプローチ大作戦 ―9
しかし、失敗をいつまでも引きずっているわけにはいかないし、そういうのもサレナの性に合わない。
とにかく、次だ。次こそは大成功、いや、極大成功させてみせる。
というか、いい加減これ以上微妙な成果だったり、失敗だったりの足踏みをしているわけにもいかない。
そこで、サレナはアネモネ、ヒースとの事前会議で話し合って選んだ中から、一番のとっておきを繰り出すことにした。
「これぞ切り札! 次に決行するのは、題して"お茶会イベント"です!!」
場所は学院中庭にあるシックな東屋。
そこに作戦会議ということで集められた面々に向かって、サレナは自分達の真ん中にある円卓をダンと叩いて立ち上がりながら力強くそう言った。
それを聞いたアネモネとヒースは「あー、あれか」というような顔をし、まったく初耳のカトレアさまだけがきょとんと小首を傾げていた。
そんな状況の中で、サレナは今回の作戦内容の説明を始める。
今回のこれも、言うまでもなくアドニス攻略ルートの中で発生するイベントの一つであった。
簡潔に言えば、主人公も所属する生徒会のメンバーでお茶会をするというイベントである。
これの一体どこがアドニスとの胸キュンロマンスと好感度上昇を発生させるものであるのか。その鍵は、このお茶会があのお邪魔キャラクターのアネモネが言い出しっぺで開催されたもので、彼女自身も生徒会メンバーにちゃっかり混ざって参加している部分に存在している。
もうちょっと詳しく見ていこう。
まず、ある日ふらっと生徒会室へとやってきたアネモネが、従兄弟のアドニスに向かって「久しぶりにお兄様やお姉様と一緒にお茶会がしたい」と我が侭を言い始める。
それに対してしょうがないなと嘆息しつつも、従姉妹に甘いアドニスは了承し、どうせならロッサや主人公も一緒に生徒会メンバーでやろうかと提案する。
普通であれば「どうしてあんな平民なんかと!」と拒絶するはずのアネモネであるのに、何故かその時ばかりはそれを快諾して、主人公へ向かって「楽しみにしているわ、よろしくね」と微笑みかけてすらくる。
そして、それどころか主人公に「貴族同士のお茶会とはそれぞれが茶菓子を持ち寄るものだから、あなたも忘れずに」と忠告まで囁いてくれるのだった。
その態度に少しばかり不審なものを感じつつも、主人公はアネモネがようやく心を開いてくれたのかもしれないと思い直し、喜び勇んでお茶会のために手作りクッキーを用意しようと決意する。
そう、ゲームのサレナはとても家庭的で、料理やお菓子作りも手慣れたものなのであった。ちなみに今のサレナの料理の腕は弟のアカシャから「酒場で飲んだくれてるおっさん達にはウケそうな味」と評される感じだった。本人はそれを好意的な評価と解釈している。
しかし、これこそはアネモネの仕組んだ罠であった。
貴族同士のお茶会ではそれぞれが茶菓子を持ち寄るというのは真実であったが、その茶菓子とはその貴族の威信を懸けて最上級のものを用意するのが習わしであった。
茶会で相手をもてなすために持ち寄る茶菓子にこそ、貴族としての格や相手に対する敬意が表れるものとされているのだった。
もちろん平民である主人公にそこまでの高級な茶菓子など用意出来るはずがないし、ましてや手作りなど言語道断レベルの代物である。
アネモネはそれを見越して、そんなものをお茶会の席に出してきた主人公をメチャクチャに貶して笑い物にし、アドニスの前で赤っ恥をかかせてやろうと画策していたのだった。
そして、当日出されたその主人公の手作りクッキーは流石にカトレアさまですら難色を示してしまうものであった。
貴族的な慣習が染み着いてしまっているほど、たとえそのクッキーがどれほどよく出来ているとしても、既製品どころか自分で作ったものを持ってくるというのはあまりにも非常識な振る舞いに映ってしまうのだった。
勝ち誇ったように高笑いをしながら、その主人公のあまりの無作法ぶりを詰ってくるアネモネ。
知らなかったとはいえ、あまりの恥辱に顔を真っ赤にして目をつぶり、黙ったままで縮こまるしかない主人公。
しかし、そんな主人公をまたしてもスマートに擁護し、辱めから颯爽と助け出してくれるのが、学院の白き王子アドニスであった。
主人公の不調法を散々罵倒した後で、アネモネは「こんなもの!」と机に置かれたその手作りクッキーをはたき落とそうとする。
その手を間一髪のところでアドニスが掴んで止めると、一同が驚きに包まれる中で率先して主人公の手作りクッキーを一枚口にしてみせる。
そして、「うん、とても美味しい。もしかしたら、僕が持ってきたものよりも美味しいかもしれないね」と、主人公へ優しく微笑みかけながらそう言ってくれるのだった。
それを聞いて今度は嬉しさのあまり顔を真っ赤にして俯きながら、しどろもどろにお礼を言うしかない主人公。
それを見て満足そうに頷くと、アドニスは他の面々にも主人公の手作りクッキーを勧める。
アドニスがそういう態度とあっては、結局この問題はうやむやにせざるを得ず、何事もなかったかのようにお茶会は再開されてしまう。
主人公はまたしても優しく、そしてかっこよく自分を助け出してくれたそんな白き王子の姿にときめきと胸の高鳴りを覚える。一方お邪魔キャラのアネモネは自分の目論見が失敗してしまったことに歯噛みして悔しがるのであった――。
このイベントは何故か特にアネモネからのウケが良く、内容の説明を聞き終えた後に「キュンキュンキュンですわ~!!」と叫びながらその場でクルクル回転し始めた程だった。隣でそれを見るヒースの心の底からドン引きしている顔も印象的だったが。
とはいえ、サレナ自身もこのイベントの"強さ"は素直に認めるところであった。
プレイしていた当時は普通にハラハラしたし、お邪魔キャラクターは憎たらしかったし、華麗に主人公を救ってくれた王子様には思わず胸キュンにときめいてしまった。
それに、このイベントはアドニスへ与える印象という点から見てもかなりの成果を期待出来るものであった。
公然と罵倒されている主人公を助け出すというのは絡まれイベントと同じく王子様の正義感を存分に満たしてくれるだろう。助け出した相手を自分の好みである"守りたくなるタイプ"と思わせられる可能性も高い。
その上、手作りのお菓子を作ってきた相手を家庭的で料理の上手い魅力的な女の子だと思ってくれるかもしれない、そんな期待まで持ててしまうのだ。
勝てる。これほどのイベントであれば、きっと勝てる。
サレナはそう思い、今回"切り札"と称してこのイベントの実行を決意したのであった。