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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
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菫色アプローチ大作戦 ―8

「来ました、アドニス先輩です」


 久々に使う魔力警戒線。その中を移動してくるアドニスを感知しながら、アネモネと共に見つからないよう茂みに潜んでいるサレナは二人へと標的の接近を知らせる合図を送る。

 真っ直ぐに裏庭へ近づいてきているアドニスがヒースとカトレアさまの二人を視界におさめる距離まで到達したところで、二人が演技を始める手筈であった。


 その二人はといえば、サレナ達から少し離れた、今はもう花も全て散り青々とした葉を揺らす裏庭の一本桜の下にいた。

 どういった感じで脅している図にするべきか四人で相談して、結局ヒースがカトレアさまより少しばかり背が高いことを利用し、壁ドンしながらイチャモンをつけている感じでいこうということになった。

 試しにやってみたところ、中々危機的な状況を表す画力(えぢから)のある構図になったことも理由として大きい。

 そして、その壁代わりに太い桜の幹を活用していこうということで、その位置にスタンバイしてもらっているのだった。

 壁ドンという行為の性質上仕方ないとは言え、待機する二人の距離がやたら近いことにアネモネとサレナは色々な意味でやきもきしながらもそれを見守るしかない。


        ☆★


 だが、そんな風に落ち着かない気持ちなのは実際に狂言を演じようとしているもう二人の方も同じであった。

 いや、その緊張は当たり前だが隠れて見守るだけの二人よりも大きいものだっただろう。

 ヒースは(何故自分はさっき知り合ったばかりの先輩に喧嘩をふっかける演技なんてしなきゃならんのだろう……)と、ふと冷静に考えてしまっては頭を抱えたくなったりしていたし、カトレアの方もじっと何かを考え込んでいるような顔のまま不安そうに深呼吸を繰り返している。

 そんな二人に、隠れている二人から「目標、作戦開始地点到達まで残り数十秒!」との妙ちきりんなジェスチャーによる合図が届いた。

 それを見るとますます何もかもが馬鹿らしくなってくるからやめて欲しいとヒースは思いつつ、カトレアに向かって囁くように「じゃ、いきますよ」と告げる。

 そうすることでまた(オレは一体何をしているんだ)と、若干変な気分になってしまいつつ――。


「…………」


 しかし、カトレアはまだじっと何か迷っているような表情のままで黙り込んでいた。

 それを見てヒースは"一体どうした"と多少焦りを覚えつつも、今更自分一人の判断で作戦を中止することも出来ない。

 とりあえず、カトレアの様子はともかく、自分だけでも打ち合わせ通りやるしかない。

 そんな生来の生真面目さを発揮しながら、本番ということで練習していた時以上に大きな怒鳴り声を出してやるつもりで、大きく息を吸った。

 その瞬間――。


「……やっぱりダメ」

「――――っ!?」


 そう言いながら、カトレアがヒースの口をその両手で優しく塞いできた。

 突然のことに目を白黒させながら声も出せずに固まってしまうヒースへ、カトレアは困ったように微笑みかけながら言う。


「私の恋のために、ヒースくんを犠牲にするなんて出来ないわ」


 ごめんなさい。溜息と共にカトレアはそう言うと、おもむろにヒースの襟首を掴んでぐるりと振り回し、自分達の立ち位置を入れ替えた。

 そして、二人がそんなやりとりをしている間に、どうやら標的には作戦通りに見つかってしまっていたらしい。

 見知った顔が見知らぬ男子生徒と二人でいる状況をこれも作戦通りに不審に思ってくれたのか、二人が立ち位置を入れ替えてから程なくアドニスがそこへ駆け寄ってきた。


「おーい、何をしているんだい、カトレア? ……と、君は?」


 外見だけは札付きとサレナ達から評されるだけあって、アドニスの目から見てもヒースの存在は若干の警戒心を抱かせたらしい。

 それを少しばかり声に乗せながら、アドニスは訝しげな視線と共に、カトレアと組み合わせるにはあまりにも似つかわしくなさすぎるその誰かに問いかけた。


「何でもないわよ。ここを通りがかったこの一年生の子のローブの結びが曲がっていたから、私が注意して直してるだけ」


 その詰問に代わりに答えながら、カトレアはヒースのローブの結びを一旦解いてから、もう一度綺麗に結び直してやる。


「君も、身だしなみは常にきちんとしておくのよ。ほら、行きなさい」


 そうした後で、カトレアは軽くヒースの背中を叩き、合図を送るように一瞬だけ片目をつぶってみせる。

 一体何が何やら。ヒースにとってはそんな困惑しかない気分だったが、とりあえずカトレアのその意図を汲むことにして、無言で軽く頭を下げると、その場から離れていった。


        ☆★


 残されたカトレアとアドニスはそれを見送りながら、


「君がそんなに後輩の指導に熱心だとは、意外だったな」


 アドニスがまだ少しばかり不審がっているような様相を残しつつも、カトレアにそう言った。


「別に、特別なことじゃないわよ。上に立つ者としての嗜みでしょう?」


 カトレアが普段の凛々しさと共にそう言うと、それでようやく"そんなものかな"とアドニスも納得してくれたようだった。

 そして、そこで同時に自分の用事を思い出したらしい。


「そうだ、アネモネに呼び出されてここまで来たんだけど……」

「アネモネちゃんなら、私に言伝を頼んでどこかへ行っちゃったわよ」


 所在を問いかけるようなアドニスの言葉に先回りしてカトレアはそう言った。


「何だ、仕方のない子だなぁ……」

「ええ、そうね。言伝については道すがら教えてあげるわ。一緒に戻りましょ」


 少々我が侭なところのある従姉妹を思い出しているのか呆れたようにそうこぼすアドニス。それに対してカトレアは彼女を悪者にしてしまったことに内心で手を合わせて謝りつつ、彼を促して歩き出す。


        ☆★


「…………」

「…………」


 残されたのは、茂みに隠れて風属性の集音魔術で一部始終の音声を拾いつつ、全てをどうすることも出来ずに見ているしかなかったサレナとアネモネの二人であった。


 作戦は、言うまでもなく完全に失敗であった。

 何がどう変わったりもしない、アドニスとカトレアさまにとっては完全にいつもの日常の単なる一シーンとして、この絡まれイベントは終わってしまった。


 どうしてこんなことに。二人は無言のまま俯き、打ちひしがれるより他なかった。

 特に、これでアドニスの中のカトレアさまの印象を劇的に変化させられるはずだと意気込んでいたサレナのショックは相当なものだった。まあ、何故か最終的に我が侭娘扱いされるという貧乏くじを引かされてしまったアネモネもそれはそれで相当かわいそうだったが。

 そうやってひとしきり落ち込んだ後で、やがて二人はどちらともなく顔を上げて見合わせると、互いの意思を確認するように無言で一度頷く。


 とりあえず、今回カトレアさまにローブの結びを直してもらうという役得だけかっさらっていったヒースを、後で二人でシメるとしよう。

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