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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
62/149

菫色アプローチ大作戦 ―4

「どうしたんだい、カトレア?」


 生徒会室からとんでもない量の資料を抱えたカトレアさまが少々よろめきながら出てきたところを目撃したアドニスは、慌ててそこへ駆け寄ってきた。

 というか、普段そんなことなどまったくしなさそうなカトレアさまが重そうな資料を自ら運ぼうとしているこの状況に若干度肝を抜かれているような様子であった。


「ちょっとね、この資料を運ばなきゃいけない用事が出来てしまったのだけど、可愛い後輩のサレナさんに運ばせるわけにもいかないでしょう? 幸い、何とか一人でも運べそうだったし、先輩として頼れる姿を見せてあげないとね……!」


 流石に持てるギリギリの量ということで腕と声を若干震わせつつも、カトレアさまは堂々とそう演技しながら答える。

 何という格好良さ。健気とは若干違うかもしれないが、誰であろうとその姿に心を打たれることは間違いないだろう。


「そ、そうなのかい? でも、流石にこれは無茶しすぎだよ、カトレア。ほら貸して、半分持つから」


 その答えに感心しているのか、それとも少し呆れているのか、曖昧な様子で微笑みながらも、アドニスは当然それを手伝おうとしてくる。


「へ、平気よ。これくらい何ともないわ。一人で運んでくるから、あなたは自分の仕事を――」


 手伝おうと伸ばされてきたアドニスの手を慌てて避けるようにしてカトレアさまは背を向けると、再び歩き出そうと一歩を踏み出した。


 ……今だ!


 その様子を息を潜めながら生徒会室から窺っていたサレナは、ここがサポートのタイミングと判断して使い魔のミニドラゴンを廊下へ放つ。

 ミニドラゴンは廊下の二人に気づかれないように素早くトテトテと走ると、そのまま踏み出されたカトレアさまの足の下へと滑り込んだ。

 ぎゅむっという擬音が聞こえてきそうな感じで、カトレアさまの足がそのミニドラゴンの身体を踏みつけ、


「――――ッ!?」


 ズルッと、自分でも完全にそれを想定していなかった様子で足を滑らせた。

 必然、カトレアさまは無防備に後ろへと転びそうになる。


「――カトレアッ!?」


 それを、慌ててアドニスは助けようとする。あまりにも咄嗟のことだったので、後ろから抱き締めてしまうような形で。

 後ろへ倒れ込むカトレアさまの身体と、それを受け止めるアドニスの身体が接触する。


 ヨシッ! サレナとアネモネはそれを見守りながら、思わずガッツポーズ。

 まさしく作戦通りの完璧な流れであった。

 後はアドニスがカトレアさまを後ろから抱き締めたまま、二人がいい感じのムードになれば大成功だ。


 しかし、その時の三人――というよりはサレナには、今回の作戦において見落としてしまっている点がいくつか存在していた。


 見落としていた点の一つ、それはゲームのサレナとカトレアさまの体格差。

 まだまだ成長途中だった小柄で華奢なサレナと違い、三年生のカトレアさまはもう大人と言ってもいいくらいに成長しきって体格にも恵まれた、サレナとは比べものにならない、神の作りたもうた完璧なグラマラスボディである。当然、その分サレナより体重も重い。


 そして見落としの二つ目。運搬物の重量差。

 それだけ体格に差があるカトレアさまがギリギリ運べるか運べないかの量ということで、それは全員分のノートよりも遙かに重いものになってしまっていた。


 最後に、見落としの三つ目。アドニスの膂力。

 いくら男子で自分達よりも力があると言っても、常に筋骨隆々で逞しく鍛え上げているというわけではない、どちらかというと優男タイプなアドニス。

 そんなアドニスが、その全体重と資料の重量を足した状態でいきなり後ろへ倒れ込んできたカトレアさまを咄嗟に支えて受け止めるというのは流石に荷が勝ちすぎていた。


 その三つの見落としが合わさった結果、何が起こったのか。


 ゲームの時のようにスマートに後ろから抱き締めて支えるどころか、アドニスは助けようとしたカトレアさまに思いっきり巻き込まれる形で二人一緒に、盛大に後ろへすっ転んでしまうことになった。

 ドッシ~ンという派手な音が辺りに響き渡る。一瞬、サレナもアネモネも予想だにしていなかったその光景への衝撃と、咄嗟に転倒の痛みを想像した緊張で、思わずぎゅっと目をつぶってしまった。

 しかし、すぐに「それよりも二人を助けなければ」と気づき、目を開くと慌てて廊下へと飛び出す。


「大丈夫ですか!?」


 廊下へと飛び出した二人の目にまず飛び込んできたのは、


「痛たたた……一体、何が……?」


 ぺたんと、脛とお尻を地面につける形で座り込んでいるような姿勢となって、何とか身を起こしつつあるカトレアさまの姿だった。

 その様子を見るに、どうやら大した怪我もなく無事なようである。

 良かった。二人はひとまず胸を撫で下ろす。

 しかし、次にすぐさま異変に気づく。どうにも、一見しただけではアドニスの姿がそこに見当たらないのだ。


「アドニス~……?」


 カトレアさまも未だ転倒の衝撃が抜けきらずぼんやりしたような状態だったが、自分が巻き込んでしまった相手の安否を確認しようとその姿を探している。


「か、カトレア……大丈夫かい……?」


 その時、ようやくアドニスの声が聞こえてきた。

 しかし、どうも不思議なことに、その声はかなりくぐもった響き方をしている。

 そして、その原因にすぐさま気づいたサレナとアネモネは思わず絶句して、固まってしまう。


        ☆★


「アドニス!? 無事なの!?」


 カトレアは慌ててそう問い返しながら、なおもキョロキョロと周囲を探すも、アドニスの姿を見つけられないでいた。


「僕は無事だと思うけど……何でだろう、真っ暗で何も見えないし、身体の上に何かが乗っていて起き上がれないんだ……! カトレア、一体今僕はどういう状態なんだい……!?」


 アドニスからそう言われたことで、ようやくカトレアは周囲ではなく自分の身体の下へと恐る恐る視線を向けた。

 そこにあったのは、どうやら自分が下敷きにしてしまっているらしいアドニスの身体。

 だが、見えるのは身体だけで、肝心の頭がどこにあるのかというと、それはどうも自分の背後側にあるようで。


「…………」


 カトレアがゆっくりと首を捻って、自分の背後を確認する。

 アドニスの頭は無事にあった。恐らく、広がった自分のスカートの下、その中に。


「――ッ、きゃあああああ――――!?」


        ☆★


 それに気づいた瞬間、絹を裂くような悲鳴と共にカトレアさまが自分の片腕を上へと掲げた。

 その顔は混乱と羞恥で真っ赤に染まり、それどころかぎゅっとつぶられた目には涙まで浮かべている様子だったが、その行動はそんな思考に反して全く冷静かつ冷徹に、自動的に行われた。

 掲げた片腕の周りに青色の発光回路が煌めく。

 と、同時に、何もない空中に突如として人間の頭部より少し小さいくらいの氷の塊が出現し、そのまま重力に従って自由落下を始め――。


「――――ッ!?」


 鈍い音と共に、カトレアさまのスカートの下にあるアドニスの頭部へ見事に命中、激突したらしい。

 カトレアさまの下敷きになったアドニスの身体の見えている部分――足と手が、氷塊激突の瞬間ピンと突っ張った後、すぐに力を失ったようにぐったりとしてピクリとも動かなくなった。


 それを見ながら、サレナは思わず感心してしまう。

 水属性の初級魔術『氷槌(フリーズハンマー)』。

 頭は混乱の極致だろうに、それでもあの速度で反射的にそれを発動出来るとは流石カトレアさま。やはり天才的な魔術の実力であると言えた。

 などと感心している場合ではない。


「きゃあああ――!? アドニス、アドニスしっかりしてぇぇ!?」


 死んだように動かなくなってしまったアドニスの様子に再び驚き、カトレアさまは慌ててようやくその身体の上からどいた。そして、穏やかな顔で目を閉じ何処かに行きかけていそうな状態の彼の身体を、(自分がやったというのに)狂乱しながらガクガクと揺さぶっている。


 こうしちゃおれん。

 サレナとアネモネもようやく金縛りのようになってしまっていた自分達の身体を動かして、急いで二人へと駆け寄るのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この計画は成功しないはずだと思っていましたが、クソショーでした! キュンキュンよりも、年齢差、体重、倒錯の偶然など、多くの要素を取り入れた方法が好きです。
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