このゲームを百合ゲーとするっ! ―3
さて、そうと決まれば次はカトレアさまの"好みのタイプ"――つまり恋愛対象として見てもらえるような理想の人間像を分析する必要がある。
だが、これについては既にある程度の"あたり"がサレナにはついていた。
何故ならば、自分はゲーム本編内でカトレアさまが恋愛感情を向ける相手を全て知っているわけだし、その相手がどういう人となりをしているのかについても知り尽くしている。
更にはカトレアさま自身のパーソナルデータについても公式側から公表されているその全てを余すことなく完璧に暗記している。
つまり、カトレアさまについての研究論文でも書けるのではないかと思う程に、自分は彼女の人物像に関して精通している。
その脳内データベースを紐解けば、カトレアさまの好みのタイプを分析することなど朝飯前である。
「~~~~♪」
ということで、サレナは嬉々として、その自分の"脳内カトレアさまデータベース"を参照に分析して弾き出した、『彼女の理想の恋愛対象像』を帳面に書き出し始めた。
まず、カトレアさまは勉学にしろ魔術にしろ、あるいは戦闘能力にしろ、自分に並ぶか、あるいは自分よりも高い実力を持った相手を好む傾向にある。
カトレアさま自身も相当な才女――学院において勉学も魔術も、更には戦闘教練までもトップクラスの成績を誇っているまさしく超人である。そんな彼女が心動かされる対象は常に自分と並ぶか、それを上回る学院トップクラスの成績の相手ばかりだった。
カトレアさまが主人公をライバル視するのも、勉学も魔法も自分に到底及ばぬ実力であるくせに不思議と周りに愛されることに対するやっかみの感情が大きかったように思える。
となると、やはり通常のサレナのままでは相手に与える第一印象がかなり不味いことになるので、その線はアウトということか。
そして次に、カトレアさまは『自分に自信を持っていて、堂々とした性格』の相手を好ましく思う傾向があるように思う。
尊大で粗暴まで行き過ぎるとあれだが、かといって卑屈でおどおどとしているような相手には彼女は見向きもしない。
自分の実力が自然と自分自身の性格と態度に結びつくものだと考えているような人なのだ。
高い実力と才能を持っている人間ならば、自然その性格も裏付けされた自信に満ち、何にも臆すことなく常に堂々と振る舞うことが出来るはず……というわけだ。
何より彼女自身がその持論の体現者のような性格であるため、そこのところの好みにケチなどつけられようはずもない。
つまり、第一の好みと、この第二の好みは密接した関係にあるということでもある。
カトレアさまが最初主人公に良い印象を持たないのも、サレナのその少しばかり引っ込み思案で臆病な性質が好みに合わないからである(まあ、本編の話が進むにつれて徐々にその芯の強さを認めていくようにもなるのだが)。
となると、やはりこれも通常のサレナで事を進めていくべきではない理由の一つということになる。
その他は『優しくて気配りが出来る』であったり、『態度と笑顔が爽やか』であったり、『知的で思慮深い』などと細々したものが並んでいくことになるのだが、そこら辺は"女性であれば誰だってそりゃそんな男が理想だわ"という条件でもあるので、そこまで重要視する必要はないだろう。
となると、やはりカトレアさまの理想的恋愛対象に近づく上で肝心要の要素とはその二つということになる。
『カトレアさまに並ぶかそれを越えるレベルの実力を有している』ことと、『自信に満ちて、堂々とした性格であること』。
この二つを兼ね備えた人間であるならば、出会った時点でかなりの好感度をカトレアさまから獲得出来る可能性が高いということになる。
更にそこへ細々とした人格的な美徳を加えていけば、より完璧に近づいていく。
つまり――。
「この理想像って、どう考えても"騎士様"のそれだよね……」
サレナは思わず微苦笑を漏らしながら、そう呟いてしまう。
騎士様。
それは、このナイウィチの世界における全女の子憧れの存在。
強く、優しく、逞しく。高潔にして高貴な、英雄譚に語られるような理想の人間像。
主君に忠を尽くし、民草には寛容で、女性を敬い、弱き者を守る。
もしも男として生まれ、『魔力』という神から与えられし才を持っているのならば、誰しもそれを目指すべきであるという一種の称号ともなっている。
そして、それはこの世界におけるそういう概念というだけでなく、そもそも『Knight of Witches』というゲーム自体のコンセプトが『そんな理想の騎士様達と素敵な恋に落ちよう――』というものだった。
つまり、端的に言って"騎士様"とはまさしくゲームにおける攻略対象のキャラクター達のことであり、カトレアさまの"好みのタイプ"というのもまさしくそれそのものということになる。
あれ? もしかして、それって即ち――。
「カトレアさまと恋愛的に結ばれるためには、サレナは"主人公"じゃなくて、"攻略対象"にならなきゃいけないってことか……!?」
その結論に行き着いてしまったサレナは、愕然としながら頭を抱える。
そう。どう考えても、目指すべきものはまさに"それ"。
カトレアさまの心を射止めたくば、サレナは誰からも愛されるような可憐な"主人公"ではなく、そんな主人公から魅力的に想ってもらえるような女の子の理想としての"攻略対象"でなければならない。
主人公という立場から、攻略対象の一人へとシフトする。
つまり、この世界を『サレナが主人公で、カトレアさまがライバルであるゲーム』ではなく、『カトレアさまが主人公で、サレナが攻略対象の一人であるゲーム』へと変化させていく。
「なんつー難題……!」
思わず深い溜息も出ようというもの。サレナは欲求に従って素直にそれを吐き出す。
……誰もが理想の"主人公"に生まれつきながらもそれを捨て、誰もが理想の"騎士様"のような人間像を目指せ、か……。
サレナは再び手鏡を手に取り、ぼんやりと自分の顔を眺めてみる。
何度見てもそこに映るのは、自分自身でも嫌になるほど愛らしく可憐な美少女のそれ。
こんな人間が、果たして立派な騎士様になれるものだろうか。
考えれば考えるほど不安は募っていく。
しかし、それでも――。
「……やるしかない……!」
サレナはぶんぶんと頭を振って弱気を追い出すと、握り締めた両手を机へ(みんなを起こさないよう控え目に)叩きつけながら、決意と共に呟く。
本当に全く、どこまでも上等じゃないか。
こんな程度の障害で、私の恋の炎が消えると思ったら大間違いだ。
むしろ立ちはだかる壁が大きければ大きいほど、この想いは更に勢いを増して燃え上がる。
前世ですらまさしくそうだったのだから、今世でもそうならぬ道理はない。
愛する人と結ばれるためであれば、どんなことでもしてみせる。
何せ百日間、毎日欠かさず走って石段を登り、神に祈りを捧げてきた自分である。
自分の在り方を、愛するカトレアさまの"好みのタイプ"――この世界における"騎士様"に近づけることくらい、訳もなくこなしてみせようじゃないか。
そして、そのために――好きな人のために積み重ねる努力なんてものは、苦でも何でもあるはずがない。
むしろ、それは『当然』。
相手に見初められるために自分を磨くという行為は、当然にこなして然るべきことのはずだ。
彼女と出会うことになるまで、残された時間はあと三年。
その間にひたすら自分を磨き、努力を重ね、あの麗しき才女であるカトレアさまに匹敵し、むしろそれを超える程の実力を身につける。
そして、自信に満ち溢れ、誰に対しても堂々と振る舞える、そんな立派な"騎士様"になってみせる――!!
覚悟は決まった。
サレナは勢いよく立ち上がると、机の横の窓を開け放ち、煌々と満月の輝く夜空に顔を向ける。
「待っていてください、カトレアさま……! サレナは、見事にそれをやり遂げてから、あなたの前に立ってみせます!」
サレナは、今はまだ見える運命でない愛する姫君に想いを馳せながら、燃え上がる瞳で夜空を見上げ、そう固く心に誓うのであった。