第一対決 VS 恋心 ―18
それこそがまさしく、サレナにとってアドニスを当面にして、もしかしたら今後においても最大の障害かもしれないと思い悩ませ、自分の願いを果たすためにいずれ打倒しなくてはならない"宿敵"と認識させる理由であった。
しかし、何故カトレアさまがアドニスに恋していることをサレナが知っているのか。
それは言うまでもなく、前世のゲーム本編に関する記憶から得られる情報であった。
カトレアさまはナイウィチというゲームの全ての攻略ルートにおける共通ライバルキャラである。とはいえ、彼女にはどのルートにおいても変わらない一貫した初期設定というものも存在している。
その一つが、『カトレアさまはアドニスに密かに恋をしている』という設定だった。
結局あらゆる攻略ルートにおいて手を替え品を替え主人公とカトレアさまは最終的に一人の男を取り合うことにはなるのだが、それでもカトレアさまから唯一ハッキリとした恋心の矢印が向いている攻略対象キャラクターはアドニス一人だけとなっているのだ(他のルートは色々と特殊な形になっている)。
アドニス攻略ルートの流れを簡潔にまとめると、まず色々と縁あって仲を深めていく内に主人公とアドニスが徐々にお互いに惹かれ合っていく。
その様子を見ていたカトレアさまが自身のアドニスへの恋心に気づき、主人公から彼を取り戻し自分が結ばれるために、主人公の前へ強力な恋のライバルとして立ちはだかってくるというものになっている。
そうして同じ男性へ共に恋心を抱く二人の女性が激しく火花を散らし、ぶつかり合い、その間で二人から想われる男性は揺れ動くことになる。
最初はか弱く怯えるばかりだったが、アドニスへの恋によって精神的に成長して徐々に強さと勇気を得ていき、強大なライバルであるカトレアさまと堂々と渡り合うようになる主人公。
そんな主人公とぶつかり合う内に、徐々にその成長と強さと勇気を認め、誇れる立派なライバルとして、またアドニスに相応しい女性として彼女に接してくれるようになるカトレアさま。
そんな二人の相剋の合間合間にアドニスと主人公の胸キュンなイベントが挟まれ、何故か同じくらいの濃度のアドニスとカトレアさまの胸キュンイベントも発生したり。
そして、好意を寄せてくる二人の女性の間で葛藤するアドニスや、アネモネの絶妙な嫌がらせによる展開の盛り上げなんかも挟み込まれたりすることで、物語は恐ろしく濃密で重厚、波乱に満ちた恋愛ドラマ的様相を見せていくことになる。
そんな感じで、ド直球な往年の少女漫画風王道ラブストーリーを胸焼けするくらいに楽しめるというのが、アドニス攻略ルートの特色であった。
その真っ直ぐさ、王道さ、重厚さは他のルートの追随を許さず、それをしてアドニスルートが作品のメインストーリーと揶揄されたり、彼自身も公式からの最推されキャラと評されたりする所以となっている。
そして、それ自体は別に良かった。
生前は"私"も大いにその王道ラブストーリーを楽しんでプレイしていたし、感動させられ胸もキュンキュンさせられた。
しかし、"現在"となると話はまったく別である。
特に『愛しのカトレアさまと自分自身が結ばれたい』というサレナの願望からすると、問題だらけであると言えた。
そして、その問題の最たるものこそが、『カトレアさまからアドニスへの恋心』であった。
これに関しては深く考えるまでもないだろう。
自分に振り向いて欲しいと願う相手が既に別の誰かに恋をしてしまっているという状況なのだ、まさしく"最大の問題"以外の何物でもないと言える。
なので、サレナとカトレアさまが結ばれるという願いを成就させるためには、いの一番にその問題に対処する必要があった。
故に、サレナはやはり当面にして最大の敵はアドニスであるとの認識を改めて強める。
この"カトレアさまの恋心"という設定が存在している以上、サレナが全ての攻略対象達に対して特に何のアプローチもせずにその関係性を深めなければ、この世界はそのまま自然とアドニス攻略ルートに進んでいってしまうものと考えられた。
あるいは、カトレアさまとアドニスが結ばれるのを黙って傍観しているだけということになってしまうのかもしれない。
それだけは何としても回避しなくてはならなかった。
では、そのためには一体どうするべきなのか。
……それはもう、決まりきっている。
まずはアドニス攻略ルートをぶっ壊す。
完膚なきまでに、そのルートへ突入してしまう可能性を徹底的に潰していく。
そうするには、自分がアドニスにまったく気のない素振りを見せつけ、アドニスがサレナに引き寄せられ心惹かれるようになってしまうことを回避しつつ、同時にカトレアさまのアドニスへの恋心を何とか諦めさせる――これしかないだろう。
……なんという、高難度で複雑な動きが要求される状況よ……。
サレナは溜息を吐き、思わず頭を抱えたくなってしまう。
しかし、どれだけ難しかろうが、複雑だろうが、目的のためにはやり遂げるしかない。
そして、そのためには何よりもまず、この世界でも本当にカトレアさまがアドニスに恋をしているのかどうかについてを確かめなければならないだろう。
万が一それが自分の早とちりであるならば随分話は楽になるのだが、あまり全てを楽観的に考えるべきではないだろうなという予感めいたものをサレナは抱いてもいた。
食堂イベントの時にも思ったが、どうも運命の流れへ真っ向から刃向かうというのは相当に険しく、苦難に満ちた道のりであるようだった。
だが、挫けるわけにはいかない。望む未来を掴むためには――。
サレナは何かを睨みつけるように真っ直ぐ前を向き、駆けながら思う。
最初の敵は、『恋心』。
カトレアさまの中の恋心と対決して、見事に勝利を収めてみせる。