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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
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第一対決  VS 恋心 ―17

 そんな風にして終わったサレナの学院生活一日目――。

 その翌朝、日が昇るか昇らないかくらいの時間帯に、サレナはむくりと起き上がった。


 孤児院時代から愛用――というには若干使い古しの年期が出てきた簡素なパジャマを脱ぐと、学院支給の真新しい運動服に袖を通す。

 着てみた後で身体を解すように少しストレッチもどきのようなことをしてみたが、思った通り非常に体を動かすのに適した衣服だった。

 ありがたい。制服といい、学院生活のための衣服が色々と貸与してもらえるのは、今まであまりそっち方面で贅沢の出来なかったサレナにとっては中々嬉しいものだった。


 そうやってしばらく身体を解しながら、サレナは静かにルームメイトの様子を窺ってみる。

 といっても、部屋の真ん中には大きなカーテンで作った仕切りが存在していて、その向こう側を見ることは出来ないのだが。

 仕切りは、「流石にこれは絶対に必要」とヒースが固く主張し、サレナの方も異論があるわけではなかったので、急遽昨日の内に協力して作られたものだった。

 ということで、向こうの姿を見ることは出来ないが、今何をしているのか、気配くらいなら読み取ることが出来る。

 静かな寝息と、まったくしない物音から察するに、ヒースはまだ眠っているようだった。


 ……じゃあ、起こしちゃ悪いわよね。


 サレナはそう思うと気をつけながら静かに、部屋の真ん中にある扉ではなく、自分の側の机の上にある窓へと向かう。

 そこを開け放つと、ひょいっと机を乗り越えて外へと飛び出した。

 まるで家の玄関から出るような自然さだったが、サレナとヒースの部屋は寮の三階にあり、その高さは飛び降りれば普通ならタダでは済まないもののはずだった。

 しかし、サレナにとってはさしたるものではない。

 まずは窓から飛び出させた身体をよっと反転させると窓枠を掴んでぶら下がる。そこから器用に、外に面して飛び出た他の部屋の庇や窓枠などを伝って、スルスルと下へと降りていった。


 そうして無事に地面に着地すると、走り出す。

 日課の早朝ランニングだった。

 学院に来てもまだ続けるべきかどうかは若干迷ったが、もはや習慣と化してしまっていてやらない方が何となく落ち着かない気分になってしまう。


 それに、こうやって走りながら、色々と考えたいこともあった。


 まだ誰も起き出していない学院の敷地内を一人ゆったりと駆けながら、サレナは同時にじっくりと頭も動かしていく。

 考えるのは、今後の方針について。


 とりあえず、昨日一日で一気に三人もの攻略対象キャラクターと関わり合いになってしまうという、ハチャメチャな学院生活のスタートを切ってしまった。

 サレナの目的はあくまで生前ゲームの中に存在しなかった"カトレアさまとサレナ(じぶん)が結ばれる結末"に辿り着いてみせることであって、乙女ゲームの主人公(ヒロイン)として攻略対象達から蝶よ花よと愛される運命を謳歌することでは断じてない。


 だというのに、忌々しいことに一応主人公(ヒロイン)でもあるこの身は、どうにも男達を引き寄せてしまう宿命にあるようだった。


 とはいえ、そこら辺についてはまだ対策は可能であると思う。要はこれ以上の関係の進展や向こうからの好感度の上昇が発生しないように自分で気をつけて行動していけばいいのだ。

 それに、関わり合いになってしまった三人の中でも、その内二人は当面そこまでの危険性はないものと見なすことも出来る存在だった。


 まず、その内の一人。

 『ロッサ・カヴァリエリ・デル・ストレリツィア』は、ゲームにおいてはこちらから積極的にアプローチをかけていかなければ攻略することが難しいタイプのキャラクターであった。

 成績優秀だが、軟派で女誑し。ことあるごとに女性を誑かしては魅了し、侍らせることを趣味とする、ミステリアスな言動と色気が魅力のモテ男くんである。

 その上、どうも"こっちの世界"だとかなり性格の悪いところがあり、こちらをからかって楽しんでいそうな節があるのが気になるといえば気になる。

 だが、そこさえ注意しておけば、消極的な態度で接することを心がけている限り彼の恋愛対象として見なされることはないだろう。

 あらゆる女性を平等に愛することを信条としているような博愛主義の男だ、何のドラマも発生させなければ、たった一人に心を傾けるようなことはあるまい。


 そして、もう一人。

 『ヒース・ライラック』についても、今のところは現状のままで特に問題はないだろうと判断出来た。

 表面的な付き合いに留めておくことは選べなかったが、要は"いい友達"としての付き合いを継続できるように気をつけておけばいいだけの話である。

 そして、万が一トチ狂って自分に対して気のある素振りを見せたり、変な気を起こすようなことがあれば、その時は容赦なくぶん殴って目を覚まさせる。

 犬を躾るコツは、どちらの立場が上なのかをわからせることである。


 というわけで、現状関わりのある三人の攻略対象キャラクターの内、その二人はこちらが注意して接すれば当面の障害にはなりえないはずであった。

 となると、やはり差し当たって最大の敵は、残る一人ということになるだろう。


 『アドニス・ラナンキュラス・ギルフォード』。

 あの嫌になるほどの美形の顔を頭に浮かべるだけで、サレナは思わず深い溜息を吐いてしまう。


 とはいえ、単にアドニスの恋愛対象から外れ、彼からの好感度を上昇させないというだけであれば、いくらでもやりようはあるはずだった。

 だというのに、何故ここまでサレナがその対応について思い悩み、宿敵とまで見なすほどにその存在を敵視しているのか。


 その理由は、アドニスのあまりにも完璧な騎士(ナイト)ぶりにあった。


 今更言うまでもないが、アドニスは昨年度の至高の白(エーデルワイス)である。だからこそ、学院内でただ一人だけ純白のローブを纏うことを許され、堂々と身につけている。


 しかし、そもそもそれが普通はありえないことなのだった。


 至高の白(エーデルワイス)の称号はその年で最も優秀な成績を収めた生徒に授与されるものである。

 それは学年に関わりなく、学院に在籍している全ての生徒から比較検討して選出されることになる。

 しかし、当然だが下の学年よりも長く学んでいる分、三年生が絶対的に有利でもある。

 なので、殆どの年度において至高の白(エーデルワイス)は三年生から選ばれるのが常であった。名誉の証である純白のローブも、至高の白(エーデルワイス)が年度末に選出される関係上身につけていられるのはごく僅かな期間のみである。

 もちろん、卒業すれば制服は脱ぐことになるし、学士として学院に残る場合でも高等部の学生生活からは明確に切り離され、制服の着用は許されない。

 そんな中で、アドニスは現在新年度の三年生であるというのに純白のローブを身につけている。ということは、昨年度に二年生でありながら至高の白(エーデルワイス)に選出されたということである。


 つまり、それほどに並外れてアドニスという人間は成績優秀、まさしく(てん)(ぴん)に恵まれた魔術士なのだった。


 更に、それだけでなく本人の性格も明るく朗らかでありながら自信に満ちて堂々としており、心優しく品行方正、誰から見ても好感を抱かざるを得ないような人柄なのだ。おまけに家柄も由緒正しき大貴族の一族の本家。

 まさに『完璧』という言葉をそのまま形にしたような人間がアドニスだった。

 そのせいで、彼は学院中の生徒からいつしか『白き王子』という勝手な称号まで付けられ、実際にそう呼ばれて憧れの的となっている。


 さて、ではアドニスがそんなあまりにも完璧すぎる人間であることの一体何が問題なのだろうか。


 ……そう、サレナにとっては認めたくない、あまりにも苦い事実ではあるが、今挙げたアドニスという人間の特長の全てが、実はカトレアさまの理想の恋愛対象像と合致してしまっているのだ。


 それはつまりどういうことなのか。


 端的に言うと、カトレアさまの好みのタイプはそのまんまアドニスという人間で、それどころか実際カトレアさまはまさしく恋愛対象としてアドニスを意識していた。


 要するに、カトレアさまはアドニスに恋してしまっているのだった。

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