第一対決 VS 恋心 ―14
「けど、あの家の全員がオレを嫡子候補として歓迎しているわけじゃねえ。むしろクソ親父以外は、正妻も兄弟共も、家の人間の殆どがオレのことを目障りだと思っているんだろうし、嫌っているし、憎まれているんだと思う。今更しゃしゃり出てきてどういうつもりだ、ってな」
ヒースはそこに何の感情も籠めずに、ひたすら淡々と語り続ける。
「オレだってあんな家、土下座して頼まれたって継ぎたかねえよ。縁を切れるもんなら永遠に切ってしまいたい。魔力だの魔術士としての才能だのも全部馬鹿らしいと思ってる。こんなもんいらねえ、欲しけりゃアイツらに全部くれてやってもいいくらいだ。だが、結局そんなことは無理だし、母さんの命が懸かってるから、オレは逃げることも出来ねえ……!」
ヒースはそこで初めて弱音のような、悲壮さを感じさせる何かをその声に乗せてそう言った。
「……オレを自主退学させようとする嫌がらせは、家の奴らの差し金だろうな。腐ってもそこそこの貴族だ、学院の守旧派に働きかける伝手くらいは持ってるんだろう。そこにお前もいたから、丁度いいってことで抱き合わせられたんだな、俺達は。ハッ、お互い貴族社会からの嫌われ者ってわけだ。しょうもねえ……」
ヒースはそう言ってから、体の内に溜まった鬱屈とした何かを吐き出そうとするかのように長い溜息を吐いた。
「オレの、学院側からこんなクソみてえな嫌がらせを受けるような、くだらねえ事情と心当たりなんてのはそれくらいだ。これでおあいこってことで、満足したかよ?」
そして、自嘲めいた卑屈な笑みを浮かべながら、ヒースはサレナに向かって皮肉をぶつけるようにそう問いかけてきた。
「…………」
それに対して、サレナはひとまず沈黙を返しながら、思う。
ヒースの話してくれた事情や生い立ちというのは、ゲーム本編で描かれていたものとまったく同じであった。
予想出来ていたことだし、今更そんな、こちらの居心地が悪くなる程の不幸にまみれた身の上話を聞かされても、相手に罪悪感を覚えたり、気まずく思うようなことはない。
……さて、そうなると、自分はこの後どうするべきなのだろうか。
ゲームでのサレナは最初こそヒースのことを怖がっていたが、この生い立ちと事情を知るにつれ彼に同情して絆され、その心を慰めるようになっていく。
それによってヒースの方でも徐々にその張り詰めていた態度が軟化していく。
そして、そうする内に二人はいつしかお互いに惹かれ合うようになっていく。
それがヒース攻略ルートの流れであった。
しかし、今のサレナはカトレアさまと結ばれるためにも、ヒースとの攻略ルートに乗ってしまうことを避けなければいけない。
であれば、どうすればいいのかは明白だ。
ゲームのサレナと反対に、この生い立ちを聞いても心動かされることなく、あくまで他人行儀な素っ気ない態度のまま接し続けていればいい。
そうすれば、ヒースとの無用なフラグというものが立ってしまう危険性も少ない。
自分の目的の達成のみを追い求めるのであれば、当然そうするべきであった。
しかし――。
(なんというか……こうして一人の人間として目の前に立たれると、どうにも放っておけない気になっちゃうのよね……)
サレナは目をつぶると、軽く嘆息しながら頭をかく。
孤児院のある故郷の街で暮らしていた時やアネモネに対してもそうだったが、一旦こうして関わり合いになってしまうと、どうしても自分の目的のためにその存在を見捨てたり切り捨てたりすることが出来そうにない。
ましてやこの先、その人が不幸や災難、それによる何らかの被害に見舞われるとわかっていれば尚更であった。
今、目の前にいるヒースは、どうしようもない孤独によって酷く傷つけられていた。
病に倒れた母親を助けるため、周囲に頼れたり心許せるような人間もいないまま、たった一人で学院に入学してきて、その上自分を疎む者達の差し金でこんな嫌がらせまで受けてしまっている。
そんな生い立ちや事情を思えば、ここまでグレた態度や外見になってしまうのも仕方ないというものだ。
母親以外の誰も信じることも出来ず、こうして周囲に吠えつき、噛みつくように生きることで自分の身を守るしかなかったのだろう。
そして、このままこの学院でもそういう態度で生き続けて、誰とも打ち解けることなく孤立したままでは、ヒースの心はこの先もずっと歪んだまま、救われることはないのだろう。
もちろん、確実にそうなるというわけではない。
この先の学院生活においてヒースはヒースでサレナの知らない人間関係を築き、変わっていく可能性もあるだろう。
しかし、サレナが今ここでヒースとの関係を深めようとせず、あくまで他人行儀なものに留め続けるというのは、確実にその"可能性"の一つを摘んでしまうということでもある。
自分の都合で、もしかしたら助けられるかもしれない、傷ついている隣人を見捨てていいものか。
……いいわけないし、出来るわけもないか。
サレナは"どうしようもないな"と思いつつも心を決めて、ベッドから立ち上がる。
「……話してくれて、ありがと。ヒースの事情はよくわかったわ。そして、そういうことなら――」
そう言いながら、サレナは反対側のベッドに腰掛けたままのヒースの前まで近寄ると、その肩をぽんぽんと叩いて、
「仕方ない、私があんたの友達になってあげるわよ」
訝しげに自分を見上げてくるヒースに向けて、にっこりと笑顔を見せながらそう言った。
カトレアさまと結ばれることが今の自分の願いである以上、ゲームのように恋人になってヒースの心に寄り添ってやることは出来ないし、その危険性も避けなければならない。
だけど、まあ"友達"としてその更生を手助けしてやって、孤独にさせないくらいなら大して問題はないだろう。
そう判断した上でのサレナのそんな言葉だったのだが、
「……はぁ?」
当然ヒースにそれが伝わるはずもなく、気の抜けた声と共に"いきなり突拍子もないことを言い出した頭のおかしい女"を見るような目をサレナへと向けてきた。
「――いや、待て待て待て。どうしてそうなる!? オレとお前が『友達』? まずそれ以前の状況だろうが今! 部屋が一緒でこの先どうすんだっていう……」
一気にまくし立てるようにそう言いながらヒースは立ち上がると、途中で何かに気づいたように言葉を止めた。
そして、再び驚愕に見開いた目をサレナへと向けてくる。
「お前、まさか――」
「まさかも何も、最初からそのつもりだったんだけど」
驚きのあまり言葉を詰まらせるヒースに対して、言いたいことはわかっていると言わんばかりにサレナはあっけらかんと言い放つ。
「ま、これからは"友達"かつ"ルームメイト"として、仲良くやっていこうじゃない」




