第一対決 VS 恋心 ―13
「オレは正当な貴族ってわけじゃねえ。その血が半分しか流れてねえからな。いわゆる妾腹ってやつだ」
そんな言葉から始まったヒースの身の上話は、掻い摘まめばこういうものだった。
ヒースの父親(ヒース自身は「あんなクソ野郎、親とは思ってねえ。アイツの血が流れてると考えるだけで吐き気がする」とまで言っていたが)はそれなりの家柄を誇っている貴族だったが、母親は貴族でもなんでもない平民――その貴族の家で働いている使用人だった。
そんな使用人である母親に、ある時主人である父親が手を出した。合意の上だったのか無理矢理だったのかは不明だが、どっちだろうが想像もしたくない。
当時のそんな細かい当人同士の事情はともかく、その結果として生まれたのがヒースだった。
正式な愛人でもない使用人に手を出して、挙げ句に子供まで生まれてしまった。
普通であれば醜聞をもみ消すために幾許かの金を握らせて、母親は暇を出され赤子共々放り出されるはずであった。
しかし、どういった運命の悪戯か、ヒースには魔力が宿ってしまっていた。
それも、恐ろしく強力な魔力と、同時にそれを扱う才能までもが。
ヒースの父親も貴族である以上当然魔術士であったし、実力も相当なものであったらしい。それが遺伝したのだろう。
もちろんと言うべきなのかどうか、父親はヒースが生まれる前から既にとある貴族の令嬢を妻に迎えて結婚していたし、その妻との間に子供も何人か生まれていた。その子供達も魔力を受け継いでいた。
だが、それでもヒース程の魔力と才能を持ち合わせた子供はいなかったらしい。
そして、ヒースの父親は一人の血の通った人間であり家庭を持つ父親であるという前に、誇り高き貴族であり、実力のある一角の魔術士であるという価値観や思考が先に立つような人間だった。
では、そんな魔術士の価値観とは何なのかというと、魔術という絶対的な指標に対する徹底した能力主義、実力主義がそれだった。
つまり、生まれた順番や、正妻、妾の誰が生んだのかに関わらず、自分の子供の中で一番魔力が高く、魔術の才能がある子供をヒースの父親は己の嫡子としようとしたのだった。
ヒースは母子共々どこぞへ放り出されるはずだった不義の子から一気に嫡子候補となり、母親も単なる使用人からなんと第二夫人へと上り詰めた。
だが、ヒース母子にとってそれは決して幸福な出来事ではなかったらしく、むしろ不幸の始まりであった。
ヒースは半分しか血の繋がっていない兄弟と待遇的には分け隔て無く育てられたが、嫡子候補として受けさせられた父親からの魔術の教育は非常に厳しいものだった。
また父親もその手ずからの魔術の手解き以外では殆ど子供達と関わろうとはしない、冷血な人間であった。
また、半分平民の血が流れる妾腹でありながら自分達よりも強力な魔力と才能を持ち、自分達を差し置いて嫡子の筆頭候補に選ばれたヒースに対する兄弟達からの嫉妬と憎悪は非常に根深く、ヒースは陰で常に虐められていたという。
母親の方も使用人から第二夫人扱いへの昇格、あまつさえその子供が嫡子候補など当然先に正妻であった第一夫人からしたら認められるはずもなく、第一夫人当人とそれに味方する使用人達から日々虐げられ、疎まれ、手酷い嫌がらせを受けていたらしい。
そして、母子が陰でそうした扱いを受けているというのに、ヒースの父親はそれを一切気にも留めず、止めさせる気配すらなかったのだという。
愛情というものをこの母子に対して持っていたのかどうかすら疑問であった。
そんなヒース母子にとって地獄のような日々が続いたある日、とうとう母親の方がそれに耐えられなくなった。
意を決した母親はある真夜中に幼いヒースを連れ、父親である貴族の屋敷から密かに逃げ出したのであった。
母親は入念かつ周到に逃走ルートを練り、どうにか市井に紛れ、身を潜めた。
屋敷の方でも逃げ出した母子を追うか追わないかで揉めたのか、あるいはさほどの執着もなかったのかもしれない。
とにかく母子は無事に捕まることなくその屋敷のあった領地から遠く離れた場所へと落ち延びることが出来た。
それから、ヒース母子は世間から隠れるようにしてひっそりと、二人きりで暮らしてきたのだという。
母親は女手一つでヒースを育てながら、決して不自由をさせないように頑張って働いていたが、それでも母子の暮らしは決して裕福でも楽でもなかった。
だが、ヒースにとってはそれでもあの屋敷での日々と比べたら、その暮らしは天国のようであったのだという。
やがて、ヒースが大きくなるにつれていつしか母子は協力しあうようになり、互いに助け合いながら穏やかに暮らしていたのだが、ヒースが十五歳になったある時、母親は突然病に倒れた。
これまでの心労と無理が祟ったのだろうか、病状は重く、母親は寝たきりとなり、治療にはかなりの額の金銭が必要だった。
また、それと時期を同じくして、遂にヒース母子は父親である貴族にその居所を発見されてしまった。
今更何年も前に失踪した母子を探し出して何がしたいのか。不審がるヒースだったが、告げられた目的はあまりにも意外なものだった。
なんと、父親はまだヒースを嫡子にすることを諦めていなかったらしい。
家族、ことに第一夫人の猛反対にあって大規模な捜索は断念していたものの、細々としたそれは続けていたらしく、何年もかけてようやく捜し当てたのだという。
そして、その捜し当てた息子に対して母親の治療費を肩代わりしてやる交換条件として、その家の子息として魔術学院へ入学することを父親は提示してきたのであった。
そこで研鑽を積み、嫡子に相応しい魔術士となって帰ってきて、家を継げとのことだった。
ヒースにとっては「今更何をふざけたことを」と一蹴してしまいたいその条件であったが、かといってそれ以外に母親の治療費を稼ぎ出す手段も彼にはなかった。
結局、そう言った事情から、ヒース・ライラックはあらゆることに怒りと不服を抱きながらも、その条件を呑んで魔術学院へと入学することになった。
実の父親に母親を人質に取られるような形で、否応もなく――。