第一対決 VS 恋心 ―10
すっかり話し込んでいて、学院から戻ったのが寮の門限ギリギリになってしまった。
入寮初日からこれは流石にマズいなとサレナも反省して、現在急いで学院からあてがわれた自分の部屋へと向かっている途中である。
何より、相部屋となるまだ見ぬルームメイトに申し訳ない。
魔術学院は全寮制で、学生寮は学院の敷地内に併設されている。
貴族の子息令嬢の通う名門校でありながらも、寮は二人で一部屋の相部屋制となっている。
窮屈な暮らしにゴネる者もいそうに思うが、意外にも共同生活から得られる社会経験というものは貴族の間でも重要視されていた。それくらい当然にこなせなければ、貴族としても魔術士としても一流にはなれないと見なされているのである。
新入生はオリエンテーションの中で寮規則などの説明は受けているものの、寮に帰ってくる時間は入学初日から各々の裁量に任せられている。
部屋割りの番号は諸々の書類と共にすでにそれぞれに配布されているし、早く帰って荷解きしたければ本日の学業終了と共に寮に帰って始めてしまってもいい。
もちろんその逆に、遅く帰りたければ寮の門限内であればどんな時間に帰っても構わない。
とはいえ、流石に初日からここまで遅くなってしまうと、ルームメイトにどう思われるか。
こうなったからには、サレナの荷物は小さなトランクに全部収まってしまうくらいのものしかないので、相手の方が大荷物だったらせめてその荷解きを手伝ってあげるくらいのことはするつもりだった。
長い学院生活、四六時中一緒に生活することになるルームメイトとはなるべく良好な関係を築いていきたいではないか。
そう考えながら寮の廊下を急いでいると、ようやく自分に割り当てられた部屋番号が近づいてきた。
サレナは三個前くらいからカウントダウンをするように部屋番号を頭の中で読み上げつつ、自分の部屋番号ぴったりのところで立ち止まる。
――と、何故だか自分の真横に人の気配を感じる。
「…………?」
サレナは部屋番号の確認に注力していた意識をそこでようやく周囲へ向けて、その気配の方向を見た。
自分の隣に、自分よりも頭一つ分くらい背の高い男が立っていた。
学院制服に身を包んでいるところを見るとどうやら学生、しかもローブが同じ群青なのでサレナと同じく新入生ということになる。
灰銀色の短髪をツンツンに逆立てたような髪型に、鋭い目つきをした粗暴さを感じさせる人相。
よくよく見ればワイルドに整った美形ではあるのだが、初見ではその凶悪そうな印象が勝ってしまう。
体格もガッシリとした男性的なもので、顔、髪型と合わさるともはや典型的な不良にしか見えない。
そんな男が、向こうも部屋番号の確認に集中していて今こちらに気づいたのか、"何だコイツ"というような顔でサレナを見下ろしてきていた。
そして、すぐに何かを悟ったような表情になると、ドスのきいた低い声で言う。
「お前、部屋間違えてんぞ」
そうはっきり言われると、サレナも何だかそんな気がしてしまい、素直に自分の部屋割りの紙を見て数字を再確認する。
しかし、何度見ても目の前の扉に付けられている番号札と同じ数字である。
「いや、やっぱ私もここなんだけど……」
不思議さを全開に籠めた声でサレナがそう言うと、
「ああ!?」
苛ついたような声を出しつつも、今度は男の方が自分の部屋割りの紙と扉の番号を再確認する。
しかし、やはり向こうも結果は同じだったらしい。
「――ちょっと貸せ!」
それから、何だか苛ついているというよりは慌てたような声になりながらそう言うと、許可も出してないのにサレナの部屋割りの紙を引ったくる。
なんと無礼な奴。サレナはそれに怒るでもなく暢気にそう思いつつも、
「あれ……?」
何か急に、目の前の男に対して頭の中で"引っかかるもの"があることに気づき、一体何だろうと思い出そうとしてみる。
そして――。
「――はああぁぁ~~!?」
穴が開くほど二人の部屋割り番号を確認し終えたその男が、驚きと怒りが混ざったような叫び声を上げるのと。
「――ああぁ~~!!」
サレナがようやく何かを思い出したという、納得と衝撃が混ざったような叫び声を上げたのは、まったく同時であった。
目を見開いて"何も理解出来ない"と言いたげな驚愕の眼差しをこちらへ向けてくる男に、サレナは対照的にやや呆然としつつも"全てを理解した"ような顔で向き合う。
……そういえば、ゲームの中でもこんな風にしてあんたと出会うんだったわ。すっかり忘れてた。
そう、目の前にいる男の名は『ヒース・ライラック』。
まさしく『Knight of Witches』におけるメインキャラクターにして、攻略対象の一人であった。