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このゲームを百合ゲーとするっ!  作者: 一山幾羅
第一対決
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第一対決  VS 恋心 ―9

 最初に語り始めたのはどちらからだっただろうか。


 気がつけば、二人の少女は穏やかな午後の青さを見せていた空がいつの間にか赤くなり始めるくらいまで、夢中で語り合っていた。

 カトレアさまの美しさ、素晴らしさ、格好良さについて。


 こんなに推しについて熱く萌え語りをしたのはいつ以来だろうか。

 まるで前世で"カトレアファンの集い"なるオフ会に参加した時のような心地よい充足感にサレナは包まれていた。


 しかし、同時に"少しテンション上げて喋り過ぎたかな"という疲労感もあった。

 というか、二人とも何かを出し尽くしたのか、いつの間にかお揃いで裏庭の芝生の上に仰向けで大の字になって寝転んでしまっていた。

 まるで河原で殴り合いの喧嘩でもした後みたいだな……、と、サレナはそんなことをぼんやりと思ってしまう。


「ふふっ……どうやら認めるしかないようですわね……」

 

 不意に、サレナの頭の天辺の方からアネモネのそんな声が聞こえてきた。

 聞こえる距離から察するに、どうやらお互い頭の天辺同士を突き合わせるように寝転んでいるらしい。


「……認めるって、何を?」


 相変わらずぼんやりと空を眺めながら、サレナは問いかける。


「あなたと私が"同志"であり……そして、今日からは"親友"でもあるということを……ですわ」


 何やら満足そうな声でアネモネはそう返してきた。

 そして、自分の顔の左上の方へとアネモネの左手らしきものが伸びてきたのがサレナの視界の端に映る。


「いえ……これはもう、"心の友"と書いて"心友(しんゆう)"と呼ぶべき間柄かもしれませんわね……!」


 えっへんと、何かを誇るような調子のアネモネの声だった。


 いやはや、"友達になるつもりなんてない"と言い切っていた最初の頃はどこへやら。この子ってば案外チョロいんだなぁ。

 サレナは内心そんなことを思いつつも、自分も左手を伸ばしてアネモネの手を握る。


「そうかもね……これからよろしく、心友」


 お互いに握り返し、そこで今のやり取りが何だか少し恥ずかしくなってきて、思わずそれを誤魔化すように笑ってしまう。

 二人の少女はそうやってしばらく照れ隠しに笑い合った後で、


「……そろそろ帰らなきゃね」

「……そうですわね」


 大きく息を吐き出してから、えいやっと起き上がった。

 それぞれ無言で制服についた草などをはたき落としつつ帰り支度をしていると、


「そういえば、サレナさん……一つ、お尋ねしたいのだけど」


 今思い出したというような感じで、アネモネがこう問いかけてきた。


「これほどカトレアお姉様について深い造詣をあなたが持っていること、同志として喜ばしい限りですけども……あなたが学院の新入生であることを思うと、少し不思議でもありますの。……一体、あなたは今日以前に、どこでカトレアお姉様と面識をお持ちになっていたの?」

「…………っ」


 そう問われて、サレナは痛いところを突かれたように言葉を詰まらせてしまう。


 そこのところをあまり考慮せずについつい突っ走りすぎてしまったか。


 確かに、常識的に考えるとこれまでのサレナとカトレアさまの人生は奇跡でも起こらない限り交わらないくらいの身分の差がある。

 にも関わらず、サレナは今日入学して初対面とは信じられないくらいの熱狂的なカトレアさまファンとしての一面を晒してしまった。

 不思議がられるのも当然である。


 さて、この矛盾をどう説明するべきか。

 まさか、"前世でプレイしていたゲームで何度も面識を"などと馬鹿正直に話すわけにはいかない。


 ちょっとだけ真剣に考え込んだ末に、サレナはこう話しておくことにした。


「……しばらく前に、火龍に襲われていたところをカトレアさまに助けていただいたことがあってね……。恐怖に腰を抜かして動けない私と睨みつけてくる火龍の間に颯爽と割って入ってきて救い出してくれたそのお姿はあまりにも勇敢で、気高く、何より美しかった――。それ以来、寝ても覚めてもあのお方に夢中なの……一目惚れってやつね」


 若干まだ苦しさと違和感が残る説明かもしれなかったが、少なくとも嘘は言っていない。


「そうなんですの……? なるほど、そう言えばお兄様も数ヶ月前にカトレアお姉様とロッサ様と共に三人で火龍の鎮圧に研修の一環として駆り出されたと言っておられましたわ……その時にそんなことが……」


 何とかこれで納得してくれとサレナが願っていると、上手いことアネモネの方でも心当たりの記憶とその話が合致したことで腑に落ちてくれたらしい。


 どうにか誤魔化せたか……。

 サレナが密かにほっと胸をなで下ろしていると、


「……サレナさん」


 急にアネモネが真面目な顔つきになって、真っ直ぐこちらを見つめながらサレナの名を呼んできた。

 一体何だろう。今度はサレナの方が不思議に思いながらそれに向き合うと、アネモネはその顔が見えないくらいにまで深く頭を下げてきた。


「昼間のこと……今更だけれども、本当にごめんなさい。改めて正式に、謝らせてくださいな。生まれ育ちなんかで"あなた"という人間やその能力について見下したり決めつけたりするべきではなかったわ。無礼な振る舞い、どうかお許しください」


 その謝罪を聞いて、サレナは何だか意表を突かれた気持ちになってしまった。

 気の強そうな顔に似ず、案外素直で律儀なんだなぁ。

 そんな失礼なことまで思ってしまいつつ、サレナは場が湿っぽくならないように意識してからっとした態度で応じる。


「別に、もう全然気にしてないからいいわよ。元はと言えば、私が新入生代表挨拶で勝手なことしちゃったのが原因っぽいしね。それに関しては、私としても"誰かに怒られても仕方ないかなぁ~"とは思ってた。だから、まあ、おあいこってやつね、アネモネ」


 しかし、サレナがそう言うのを聞くや否や、先ほどの殊勝な態度をまったく吹き飛ばしながら、アネモネが急に顔を上げて詰め寄ってきた。


「そ~ですわ! それが本当に、今でも不思議なんですのよ! 一体何であんなこと仕出かしましたの?」


 訝しむように半目でじとっと睨みつけてきながら、アネモネは訊ねる。


「私と同じく、これほどまでにカトレアお姉様に憧れを抱き、尊敬しているというのに、どうしてこの学院の頂点――至高の白(エーデルワイス)になってみせるなんて、あのお姉様すら追い抜くと言わんばかりの宣言をしたんですの?」


 そう問われて、サレナはしばし無言でその答えを考えてみる。


 アネモネの言いたいこともわかると言えばわかる。

 これほどカトレアさまに憧れ、尊敬しているのならば、ずっとその美しく気高いお姿を眺めていたいと思わないのか。

 素敵で格好いいカトレアさまを崇拝し、彼女に可愛い後輩として優しく扱われたくはないのか。

 暗にそういうことを言いたいのだろう。

 それは、アネモネのようにカトレアさまを"偶像"としてただ羨望し、可愛がられたいだけの女の子でいたいのならば正しい在り方なのかもしれない。

 そして、それに惹かれる心がないわけでもない。


 しかし、やはりサレナ(わたし)にとってはそれではダメなのだ。


 それは、カトレアさまに恋愛対象として見られたいという目的のためにもそうすることが出来ないという事情もある。

 しかし、改めてこうして問われ、その答えを考えてみると、もしかしたらこれが一番の理由なのかもしれないと思えるものが浮かんできてしまった。

 なので、サレナはこの学院で新しく、初めて出来た友達へと、友情の証として素直に"それ"を答えることにする。


「そうだね……きっと、私は」


 暮れゆく空を見上げて、そこにあの人の姿を浮かべながら、言う。


「カトレアさまが大好きだから。尊敬していて、憧れているから。……だからこそ、その隣に立つのに相応しい自分になりたいんだ」

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