第一対決 VS 恋心 ―7
昼食を食べ終えてから、次に新入生は教室に集まり、これからの学院生活や授業についてのオリエンテーションを受けた。
それらをこなせば本日の学業は終了。少し早いが放課後に突入。
後は学院内を自由に散策してみるもよし、いち早く寮に帰って荷解きをするもよし。学院の敷地の外に出る以外は何をするのも自由だった。
そんな自由な放課後に、サレナはこの裏庭へアネモネを呼び出していたのだった。
「……どういうつもりですの?」
つかつかとサレナの前まで近寄ってくると、アネモネは腕を組みながら少し苛立たしげな調子で問いかけてきた。
「あんな使い魔を寄越してきて……暗殺でもする気なのかと一瞬疑ってしまいましたわよ」
咎めるような調子のアネモネのその言葉に、サレナは心底不思議そうな顔で応じる。
「えっ、この子のこと?」
サレナがそう言うと、その肩の上に突然謎の生き物が出現した。
それは、白色に薄く発光する魔力でその体を作られた生き物。
サレナの肩にちょうど乗るくらいのサイズをした、デフォルメされたデザインの小さなドラゴンだった。
これこそ、使い魔。魔術士が己の魔力を使って生み出すことの出来る人造生命体だった。
とはいえ、本当の生き物というわけではない。
例えるならば、魔力を編んで作った"ぬいぐるみ"にある程度の自律行動をさせられる程度の存在だ。
なので、大抵の魔術士はこれを本当に使い走り――離れた相手と連絡を取り合うためのメッセンジャー代わりにしか使用していない。
要は、魔術士にとっての通信端末のようなものだった。
サイズを大きくしたり、複雑な命令や行動をこなすような使い魔を作り出すことも可能といえば可能だが、その生成と維持には莫大な魔力を必要とする。また、そうやって高度な造りにするには魔術士としての高い技量も要求された。
なので、大多数の魔術士は使い魔をそういう"通信手段のみのもの"として割り切り、その機能に特化した形態――羽や翼を持ち飛行出来る生き物や、すばしっこく移動出来る小動物をモデルにして生み出し、使役している。
使い魔のモデルを何の生き物にするかは各々の自由であり、そこに個性やセンスが現れるとされるものでもあった。
なので、少しでも他人と違い、自分の好みに合致し、なおかつ優美なものを使役しようとその造型にこだわり抜く魔術士も多い。
そんな魔術士にとっての使い魔なのだが、サレナは自分のそれをこんな風に"デフォルメミニドラゴン"にしているというわけだった。
ナイウィチのゲーム本編においても使い魔の形状は数種類から選べたのだが、小鳥や猫などありきたりなものばかりで、生前はちょっとした不満を感じていた。
しかし、この世界では何の制約もないので自由に自分好みのデザインの使い魔を作ることが出来る。
というわけで、羽を持っていて飛行が可能、その四肢で地を駆けることも出来るし、おまけに可愛いという、機能性とデザインの三拍子が揃ったミニドラゴンをサレナは自分の使い魔として作り上げた。
自分ではかなり愛嬌のあるデザインで、可愛く仕上がったと思っている自信作である。火も吹けるし。
「えへへ、かわいいでしょ?」
ということで、サレナはペットを自慢する飼い主のようにデレデレとした笑顔で、肩に乗るミニドラゴンをぽんぽんと軽く撫でながらそう言った。
撫でられるミニドラゴンは気持ちよさそうに目を細めながら、ぴゅーっと水鉄砲のような炎を空中に吹き出す。
「あなたのセンス、ちょっとおかしいですわよ……!?」
しかし、アネモネはそれに対してやや引き気味の視線を向けつつ、気まずそうな声色でそう返してくる。
えー、可愛いのになぁ。アネモネの反応に、サレナはまったく不可解といった感じでそう思うばかりであった。
「……それで、わざわざこんなところに"一人で来い"なんて呼び出して、一体何の用ですの?」
やや場の雰囲気が妙になってしまったのを正すように咳払いをしてから、改めてアネモネがそう訊ねてきた。
「先ほどの食堂での一件に対する義理もありますから、今回の呼び出しには素直に応じてあげましたけども……。うやむやになってしまったあの時の決着でもつけようというのかしら? それで、こんな人気のないところを選んだとか?」
まあ、私は別にそれでも構いませんけども。
そんなことを言いながら、アネモネは挑発的な笑顔を向けてくる。
「いいえ、違うわよ。そんなことするつもりはない」
しかし、それに対してハッキリとそう否定の言葉を返すと、サレナはずんずんと歩いてアネモネへと近づいていく。
「私は、あなたと友達になりたくてここに呼び出したの」
そして、アネモネの目の前まで辿り着くとそこで止まり、真っ直ぐその目を見つめながらサレナはそう言った。
「…………!?」
そう言われて、アネモネは一瞬虚を突かれたように狼狽えた表情を見せる。
しかし、すぐにそれを元の挑発的な笑みへと戻しながら言う。
「友達に? あなたと私が? 馬鹿馬鹿しい。今ここで先ほどの諍いの決着をつけようかなんて考えるような関係だというのに、何を根拠にそんなことが出来ると思っているのかしら?」
そして、笑うのをやめると次は不快さを滲ませたような表情で睨みつけてきながら、バッサリと切り捨てる。
「不可能だわ。少なくとも、私の方からそうなるつもりは一切ございませんから」
しかし、そんな強烈な拒絶を突きつけられたというのに、サレナはふっと微笑んで首を振ってみせる。
「ううん、なれるわ。だって、私達は"同志"だもの」
「……同志?」
あまりにも不可解な言葉に、片眉を上げて疑問を示しながら、アネモネは険のある声で問い返す。
「そう――」
それに対してサレナはふっふっふと、何やら自信に満ちた笑いをこぼしながら自分のローブの懐に手をやり、
「"カトレアさまが大好き"ということについてのね!!」
高らかにそう言うと、そこから結構な数の紙片を、アネモネへ向けて見せつけるように取り出した。
「――こ、これは!?」
その紙片を見たアネモネの顔が、思わず驚愕に固まる。
そこに描かれていたのは、鉛筆だけで描かれたデッサン画のようなものだった。
誰の目から見てもまあまあ上手く描けていると思えるレベルの。少なくとも、そこに描かれている人物が誰なのかは判別出来る。
それは、一人の女性"だけ"をモデルにしたものだった。
その女性だけを、構図を変え、シチュエーションを変え、ほとんど偏執的とすら思えるくらいの熱量で何枚も描いていた。
そして、その"女性"とは、言うまでもなくカトレアさまだった。
その紙片は、サレナがこちらで記憶を取り戻してから今までコツコツと描き溜めてきた、カトレアさまの肖像イラスト集なのだった。
「そ、そんな!? カトレアお姉様……! どうして!? 一体どこで、こんなお姿……!? ああ、こんなお姿まで……!? 凄い……!!」
それを見たアネモネは引ったくるようにサレナからその紙片を奪うと、物凄い勢いで次々と眺め始める。
まるで魅入られたように早く全部確認したいと急ぐ手と、吟味するように一枚一枚をじっくり眺めたくて手を止めてしまうという矛盾した動き。それを繰り返しながら、アネモネはサレナの描いたカトレアさまイラスト集にすっかり心奪われている様子だった。
(渾身の想いを込めた力作であるとはいえ、そこまで夢中になられると流石に恥ずかしいな……)
そんなことを思いながら、サレナは紙片を奪われたのを咎めることもなく、黙ってその様子を生温かく見守る。そして、見守りつつ、思い返す。
生前、カトレアさまへの報われない恋に狂っていた"私"の衝動は、当然のように創作方面へも突っ走った時期があった。
その時に延々と、取り憑かれたようにカトレアさまの絵を描き続けたおかげで、今でもサレナはカトレアさまだけに限るならばそれなりのクオリティでイラストを描くことが出来るのだった。
無論、公式のイラストや、本物のカトレアさまの美しさを再現するには程遠く、自分ではとても満足出来ない出来ではある。
しかし、暇があれば手慰みにそのお姿を描き上げては思いを馳せてしまうのは、もはやサレナの抜け出せない習慣となっていた。
特に、火龍での一件でこの世界における本物のカトレアさまの御尊顔を拝見出来た影響は大きかった。
あれのおかげで、自分の記憶にあるイラストと本物との差異を埋め合わせて、より正確なカトレアさまを描けるようになったと思う――。
ああ、まあ、いや、そんなことはどうでもいいか。
要はその特技が、こうしてここで役に立ってくれた。大事なことはそれなのだ。
未だデッサン集を夢中で眺め続けるアネモネを見ながら、サレナは今回の"計画"が今のところ順調に進んでいる手応えを感じていた。
そして、改めてその計画の内容を確認するように思い返してみる。