第一対決 VS 恋心 ―2
食堂の一角にアドニス、ロッサ、カトレアの三人が揃ったことで、ギャラリーは一気に騒然となった。
何故ならば、この三人は学院でその名を知らない者がいない程の超有名人――高名にして有力な大貴族の家柄、その子息と令嬢であり、おまけに至高の白であるアドニスを頂点として成績においても学院内トップスリーの並びである。
そんな三人が三年生の区画ではなく、わざわざ一年生の区画、それも隅っこの辺鄙な場所に集結しているのだから、騒ぎが大きくなるのも無理からぬことだろう。
「…………」
そして、そんな三人を前にして、先ほどまでどうやって穏便にこの場を切り抜けるべきか必死で画策していたサレナも、遂には思考を放棄してぼんやりしてしまっていた。
本来ゲームでの食堂イベントに登場するはずのアネモネ、カトレアさま、アドニスだけならまだしも、全く予想だにしていなかったロッサまでこの場に現れたとなっては、完全にサレナの予測出来る事態を超えてしまっていた。
ここから一体何が起きるというのか、サレナにとってもまるでわからない。まったく未知の領域。
……これがゲームではない、圧倒的に予測不可能な現実というものか。何ともままならないものだ。
なんてことまで、サレナはぼんやり考えたりしてしまっていた。
そして、予測出来ないなら仕方がない。なるようになれ、だ。
そんな風にある種開き直りの境地に至りつつ、サレナはここは敢えて自分から行動は起こさずに、状況を見守ることにした。
その上で、なるべく自分にとって最良の結果となるよう臨機応変に対応していくべきだろう。
幸い、そんなサレナの黙り込んで一旦"見"に回るという選択を、いきなり三年生の有名人トップスリーが揃い踏みで目の前に現れたことへの緊張によるものだとその場の全員が解釈してくれたらしい。
何故ならば、この面子と事前に面識があるはずのアネモネですら、若干緊張に身を固くしている様子なのだから。
アネモネの取り巻き二人なんかはこの状況に怯えていつの間にやらどこかへ逃げたのか、姿を消してしまっている。何とも薄情なことだ。
「――それで。二人とも、何をしに来たの?」
サレナがそんな風に無言で俯瞰的に状況を眺めていると、遂に動きが生じた。
まずはカトレアさまが、アドニスとロッサの二人へそう問いかけたのだ。
「"何を"って……この一角が何やら騒がしかったから、一体何が起こっているのか確認しにきただけさ。もしも何か揉め事が起きているのだとしたら、それを止めるのは僕達の責務だ。違うかい?」
爽やかに微笑みながら、アドニスはカトレアにそう答える。
「俺は……単にアドニスの後をついて来ただけさ。何やら面白そうなことが起こってるようだから、それを確かめたかったというのも否定しないけどね」
ニヤニヤと心底面白そうな笑みを浮かべながら、ロッサもそう答えた。
「そして、この騒ぎの原因はそこのお嬢さん二人ということでいいのかな?」
その後で、ロッサがアネモネとサレナの両方へ視線を送りながら、確認するようにそう言った。
「ああ、片方は……君の従姉妹だな? そうだろう、アドニス」
アネモネの顔には見覚えがあったのか、そう言うとロッサはアドニスの方を見る。
「そうだよ。我が一族の分家筋にあたる"バートリー"のご令嬢だ。今年入学の新入生でもある。……アネモネ」
アドニスが答えながらそう呼びかけると、アネモネはハッと何かに気づいた顔となり、すぐさまロッサに向けて綺麗な一礼と共に自己紹介をする。
「お初お目にかかります、ロッサ様。アドニスお兄様の従姉妹にあたります、アネモネ・ラナンキュラス・バートリーですわ」
サレナがそれを見ながら、(この状況で自己紹介とは暢気だなぁ……)などと自分が一番暢気に思っていると、当然の流れとして次の矛先はこちらへと向けられる。
「なるほど……よろしく、アネモネちゃん。それじゃあ、そっちの"おチビちゃん"は一体何者なんだい?」
ロッサはアネモネの自己紹介にウインクを返しながら応えると、次にサレナの方を見て誰に向けるでもなくそう言った。
(おチビ……っ!?)
名前を知らないからといって、謂われのない失礼な呼び方に対してサレナは思わず渋い顔になってしまう。そりゃ、あなたに比べたらおチビな背丈でしょうけども。
「あー、彼女は……」
それに答えようとしたアドニスが、そういえばまだサレナの正体に気づけていなかったのか、言葉を詰まらせた。
見覚えもあるし、名前も聞いたことがあるはずなのだが、そのデータをまだ記憶から引っ張り出せない。そんな様子である。
「――サレナさんよ。サレナ・サランカさん。さっきの入学式で新入生代表挨拶をしてくださったでしょう?」
そこへ助け船を出すように、仕方ないといった口調でカトレアさまがそう言った。
本来ならばこの場においてカトレアさま以外との面識もなく、数多くいる新入生の中の無名の一人に過ぎないはずのサレナなのだが、その言葉によって一発で二人共それが誰なのかに気づいたらしい。
「なるほど、君があのとっても個性的で面白い挨拶をしてくれたサレナ・サランカというわけか、おチビちゃん」
小さく口笛を吹くと共に、意外そうな顔でサレナへ向けてロッサはそう言ってきた。
「そうか! どこかで見覚えがあると思ったんだよ! 名前についての聞き覚えもね! 君が、あの『サレナ・サランカ』さんか!」
アドニスに至っては興奮したような調子でそう言うと、ずんずんと歩いてサレナの側へと近寄ってきた。
うわ、何だ何だ。その勢いに思わず驚いて仰け反るサレナの前まで来て、アドニスは止まった。
そして、片手を差し出しながら、憎らしいほど爽やかな笑顔と共に言う。
「君についての話は色々と聞いている。こうしてここで会うことが出来て嬉しいよ。僕はアドニス。アドニス・ラナンキュラス・ギルフォードだ。よろしく、サレナ・サランカさん」
これほどの美男子にぐいぐい来られるのは心臓に悪いとか、まだ何もしてないのになんかこいつから私への好感度高くないか、などとサレナは思いつつ、差し出された手とアドニスの顔の間で視線を動かす。
……どうするべきか。
少しだけ迷った後で、無難な選択を取ることにした。
アドニスの手は取らず、少し横に避けてから、その場の全員へ向けてサレナは軽く一礼する。
「……サレナ・サランカです。よろしくお願いします、先輩方。……それと、同級生のアネモネさん」




