庭園に花は狂い咲き ―5
入学式が終わった後、新入生は学院施設の案内を受けることになっていた。
何せとんでもなく広い学校なので、一度しっかり案内しておかないと遭難者が発生しかねないからだった。
ということで、新入生はいくつかの班に分けられた後に、教職員に引き連れられゾロゾロと遠足気分で学院の中を見て回る。
そうしながら、同時に魔術学院の成り立ちなんかの説明も受けたりする。
案内と言いつつほとんど初めての授業のようなものだが、これはサレナにとって案外楽しいものだった。
ゲーム内の背景として見知った光景を改めて現実に存在する建造物として見て回るのは、懐かしさと新鮮さを同時に感じられてワクワクした。
ゲームでの設定がそのまま実際の歴史として語られているのを聞くのも面白かった。
サレナは前世の自分が知っているゲームの設定と、この世界における現実の歴史との差異を比較しながら、先導する教師の口から語られるそんな講義にじっくりと、興味深く耳を傾ける。
『魔術学院』。読んで字の如く、『魔術士』を育てるための学校である。
そして、魔術士とは魔力を持ち、魔術を扱うことの出来る人間のことだ。
この世界には魔力を保有する人間と、全く魔力のない人間が存在している。全ての人間に魔力が宿っているわけではないのだ。
そして、どちらかというと魔力を持っている人間の方が少ない。
さらに、魔力は突然変異で宿ることも稀にあるが、多くは親子間、あるいは血縁の中で遺伝するものである。
故に、魔力という不思議な力を持ち、強大な魔術を操ることの出来る魔術士という存在は、自分達を『魔力を持たない人間よりも優れた存在』であるとして、この世界にそれを前提とした文化を築いていった。
自分達の社会的地位を常に高位に置き、その地位と魔力を血族の中だけで脈々と受け継がせてきた。
それこそが『貴族』という存在であった。そして、貴族とはその大半が魔力を持った魔術士だった。
そんな高位の身分にあり、同時に魔力を持っている貴族の子息や令嬢達の通う学校こそがこの魔術学院というわけである。
つまり、魔術学院とは言い換えれば貴族のためのセレブでゴージャスな名門お金持ち学校でもあるのだった。
そして、突然魔力が目覚めてしまったことで、そんな学校に平民でありながらも入学させられてしまう主人公が巻き起こす学園ラブコメディー……というのが、乙女ゲームである『Knight of Witches』の舞台設定であった。
それらの設定は、そんなゲームが現実になってしまったらしいこの世界においても概ね変わっていないものだった。
違いがあるとすれば、ゲームでは大雑把に設定されていた魔術士や貴族、魔術学院なんかの事柄に、一つの現実世界における文化や歴史としての細かなディテールが追加されているくらいである。
その一例として挙げるならば、たとえば『この世界は一つの巨大な大陸の中の東西で大きく文化が分かれている』ということはサレナも初めて知るものだった。
サレナの生まれ育った街や、魔術学院のある場所はその大陸における西側に位置しているらしい。
そんな風に西側に位置しているからあらゆる文化や街並み、景色や言葉が西洋風なのだろうか……なんて、サレナは予測していたりする。
そして、西側は現在強大な魔術士を多数輩出している大貴族の治める広大な領地がほぼ独立した国としての側面を持っていて、そういった領地同士が緩やかな連合国家を形成しているような状態にあるらしい。
つまり、ほぼ全てを貴族――イコールで魔術士が支配する、魔術士のための国家群というわけである。
だけどまあ、そこら辺のことについて実はサレナは大した興味も不満も持っていなかった。
国における偉い人達がほとんど魔術士であるというだけで、別に魔術士でない人間が虐げられていて、暮らしにくい世界というわけではない。
サレナはこの世界で出世したり、権力の座に登り詰めたいわけでもない。英雄になりたいわけでも、世界を救いたいわけでもない。
とりあえず今望んでいることは、恋する相手と結ばれること。ただそれだけである。
なので、それ以外のことについては十五歳という年相応にぼんやりと、曖昧模糊なものとして捉えていた。
政治の善し悪しとか、社会への不満と変革とか、そういう難しいことはもっと大人になってから考えればいいのである。
しかし、一方でサレナの恋する相手が成績優秀、将来有望な魔術士であるカトレアさまである以上、恋に恋して青春を過ごすだけというわけにもいかない。
彼女に恋愛対象として認めてもらうためには、少なくとも自分もそれに並ぶくらい立派な魔術士となることを目指さなければならなかった。
なので、そのことに関する勉強だけは今のところ人並み以上にサレナは頑張るつもりであった。
だから、こうして案内のついでに行われる学院の歴史についての講義なんかもしっかりと聞いて覚えようとしている。
たとえば、この学院が西側世界の各地にある魔術学院の中で最も古く、最も大きく、そして何より最も格式が高く難関な、名門中の名門校であることや……。
こういった学院は魔術士を育てるためだけではなく、同時に魔術の研究と発展のための知識と人材を集めるためにも作られていることや……。
故に高等部卒業後も学士としてこの学院に在籍し、魔術の研究や勉強を行っている人間も多くいて、だから学院の敷地がやたらと広大になっているということや……。
というか、学院設立当初から今までそんな魔術による叡智の探求にとりつかれた学士達が自分勝手に施設を建て増ししていったせいで、現在の学院は遭難者が出る程に混沌とした構造や面積になってしまっているという衝撃の事実や……。
というか、現在も魔術実験の影響が残っていたり、研究内容の秘匿のための魔術的な罠がそこかしこに仕掛けられていて、それらに不用意に足を踏み入れると大変なことになるので絶対に近づいてはいけないエリアを教えておく必要があるという何気に恐ろしい情報やら……。
そういうことを聞かされながら、この華やかなようでいて実はかなりメチャクチャな部分も隠されている魔術学院の施設案内は滞りなく行われた。
あまりの突飛な内容と、それを裏付けるような学院の広大さに、大半の新入生は案内が終わった後もまだ不安と緊張に包まれているようだった。
しかし、それに比べてサレナはといえば異様なほどけろりとした様子であった。
解説つきでお化け屋敷を回っているみたいで楽しかったな、などと暢気に考えてすらいた。
それに、この後の予定を思えばそんな風にテンションが若干上向いているのも仕方のないところもあった。
入学式、学校案内、これらが終わったらもう時刻はお昼時。
そう、待望のランチタイムなのである。
すでにくぅくぅ鳴りかけているお腹を抱えながら、案内が終了し、解散が告げられると同時にサレナは軽やかな足取りで食堂を目指すのであった。