庭園に花は狂い咲き ―3
ようやく孤児院に戻ることが出来て、「春から魔術学院に入学することになった」って説明したら、院長先生はひっくり返っちゃったもんなぁ。
サレナは未だ続く壇上でのお話を相変わらず聞き流しながら、続けて次は、ここに来るために十五年生まれ育った街と孤児院を出た日のことをぼんやり思い返す。
まだ三日前のことだというのに、何だかずいぶんと昔の出来事のように感じてしまうのが不思議だ。
あまりにもぶっ飛んだ内容ではあったが、とにもかくにもそんなサレナの事情について一応の納得をしてくれた孤児院のみんなは、快くサレナを送り出してくれた。
院長先生や他の先生達なんかに至っては少しホッとしたような、肩の荷が下りたような安堵の表情をしていたのはサレナの気のせいだろうか。
可愛い、小さな弟妹達はそれでも寂しさから「行かないで」と泣いてしまう子も多かった。けれど、最近は歳を重ねて立派に育ってくれた年長の子達がそれをあやしてくれるので、サレナは安心して旅立つことが出来た。
年長の子達自身も寂しさと離れたくない思いを抱えてはいるようだが、それをぐっと押し隠して、笑顔でサレナの旅立ちを祝福してくれた。
サレナがとりあえず前途有望な"魔術学院入学"という道に進めること自体は喜ばしく、祝福すべきものだったし、何と言ってもサレナはもう十五歳、何もなくとも翌年までにはもう孤児院を出て独り立ちしなければいけない歳でもあった。
ならば、こうして少しでも明るくてしっかりした未来へ進めるのは、本当に幸運なことなのであった。
サレナはそんな弟妹達からの祝福の言葉をしっかり受け取って、代わりに全員をぎゅっと抱き締めてやる。
生まれて十五年、前世の記憶が戻ってからは三年、この子達のおかげで親のいない寂しさや不幸を感じることなく、突然こんな世界に転生したことへの孤独と不安を味わうこともなく、明るく元気に過ごすことが出来た。
本当に大事な、サレナの家族達。
やっぱりあの日、火龍に怯えさせるようなこともなく守ることが出来て良かった。
改めてそう思いながら、いっぱいの感謝を伝えるようにサレナはみんなを順番に抱き締めてお別れを言った。
そして、そんなお別れの最後に残ったのは、一番歳の近い、二つ下の弟であるアカシャ。
「…………」
そのアカシャは最近の落ち着きある大人びた様子とは相反するように、子供っぽく拗ねたような顔つきと態度でサレナから目を逸らしていた。
遂にやってきた反抗期なのか、それともサレナが出て行くことに対しての寂しさや悲しさというものをそういう形で表してくれているのか。
いずれにせよ、サレナはそれを見ても不快であったり、悲しい気持ちになるようなことはなかった。
むしろ、ここ一年で自分が色々と苦労をかけたせいで普通より早く大人の階段を上らせてしまった気のしている弟が、こうして久しぶりに子供っぽい態度を示してくれることに何だか嬉しさを覚えてしまう。
「アカシャ」
サレナはそんな嬉しさを隠さずに、微笑みながら弟の名前を呼んで、それを告げる。
「私の代わりに、みんなのこと、お願いね」
「……ここ数年はずっと、姉さんの代わりを俺がしていた気がするんだけど」
憮然とした様子で返されたそんなアカシャの言葉に、サレナは少しだけ感じた気まずさを誤魔化すように大きく笑ってみせた。
「あっはっはっはっは……いや、まったく返す言葉もございません……」
そう言って申し訳なさを表すようにガクッと頭を下げた後に、でも、とサレナは続けて、
「それなら、安心して旅立てるわ。ありがとう、しっかり者のアカシャ。お姉ちゃんがいなくても、元気でね」
優しい笑顔でそう言うと、アカシャもようやく観念したのか、拗ねた顔つきをやめて、いつもの仕方なさそうな笑顔を返してくれる。
「……姉さんこそ、元気で。姉さんの性格ならどこでも元気にやっていけるとは思うけど、むしろ元気にやり過ぎないように気をつけてよ。そして……」
アカシャはサレナの手を両手でぎゅっと握ると、真っ直ぐその目を見つめながら真剣な顔で言う。
「それでも……どうしても辛いことがあった時は、いつでも"ここ"に帰ってきなよ。たとえどこに行ったって、この街が姉さんの故郷で、この孤児院が姉さんの家で、俺達が姉さんの家族なんだから。どんな時でも、何があっても、帰ってきたならいつだって姉さんを受け入れる。それだけは、忘れないでね」
アカシャのその言葉に、
「……アカシャ~……!」
別れの時とはいえど明るく振る舞おうと決めていたのに、これにはサレナも流石に思わず感極まってしまった。
サレナは目に少しだけ涙を滲ませながらも、笑顔でアカシャに抱きつき、ぎゅっと抱き締め、その藍色の髪をいつものようにぐしゃぐしゃと撫で回す。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの~! このこの~! 可愛い弟め~!」
「わっ!? や、やめろよ姉さん! 俺はもう、そういうのいいって!」
アカシャは顔を真っ赤にして焦りながらサレナから離れようとするが、サレナはここで鍛え上げた運動能力を発揮して、がっちりアカシャを捕らえたままひとしきり弟への可愛がりを堪能する。
前世で兄弟姉妹のいない一人っ子だったせいか、歳の近いアカシャは何だか初めて出来た本当の弟のように思えて新鮮で、ついこうして可愛がりすぎてしまうサレナなのであった。
そして、そんな光景も今ではお馴染みのものなので、周囲のみんなも笑顔でそれを見守りながら止める様子がない。
災難なのはアカシャ一人であったが、こうして旅立ちの時までいつも通りの光景が繰り広げられたことは、良くも悪くもしんみりしたムードを吹き飛ばす効果があったようだった。
「……さて。それじゃあ、そろそろ行ってきます」
サレナはようやく満足したところで弟を解放すると、荷物を詰めた小さなトランクを掴み、改めて自分の家族に真っ直ぐと向き直って言う。
「学院で、しっかりと"運命の人"をゲットしてくるから」
「魔術の勉強しに行くんじゃないのかよ……」
思わず素直に自分の目的を吐露してしまったサレナに、アカシャからの呆れたようなツッコミが飛んでくる。
慌てて「そうだった、そうだった」と訂正しながら、サレナは真面目な顔になると、ぺこりと小さく、丁寧なお辞儀をする。
「――今日まで、お世話になりました。みんな、元気でね。私も、元気に頑張るよ」
そして、顔を上げると満面の笑顔を見せて、
「いってきま~す!!」
背を向けて、一気に駆け出す。
しかし、時折走りながら振り向いては、「いってらっしゃい」と大声で言いながら大きく手を振ってくれているみんなに、自分も大きく手を振り返す。
「お手紙、たくさん書くからね~!」
やがてお互いが見えなくなるまで何度かそれを繰り返してから、サレナはようやくずっと待ち望んでいた未来――ゲーム本編の始まりへと旅立ったのだった。