変えろ運命、倒せドラゴン ―8
「あなた、どうして――」
サレナが逃げるどころかこちらに歩いてきて、さらに自分の隣に並んだことで、カトレアさまは信じられないようなものを見る目をサレナに向けてきた。
そして、心底の驚きと少しばかりの非難を含んだ声を出そうとするのを、サレナは遮るように片手で制して言う。
「ここは、私に任せてください」
そう言ってから、サレナはカトレアさまの方を見て安心させるように微笑んでみせる。
「――――ッ」
それを見たカトレアさまは、安心するというよりも唖然としたような表情になって、先ほどのサレナのように固まってしまった。
だけど、それでいい。サレナはそう思う。
これ以上危険な行動をされるよりは、そのまま驚きに固まってくれていた方がいい。
サレナはカトレアさまから視線を外すと、火龍へと向き直る。
視線の先の火龍は、そんな二人のやり取りはお構いなしにまた次の炎を吐き出すための準備に入っていた。
しかし、それを見てもまったく慌てるようなこともなく、サレナは悠然と火龍に向かって歩き出す。
そうして向かって行きながら、同時に次の魔術の発光回路を組み上げつつ、更に頭の中ではぼんやりとこんなことを考えていた。
何より、自分が今こうして一人で火龍を倒すべき最大の理由。
それは――。
(好きな人の前だもの、少しはカッコいいところ見せたいじゃない……!)
理由は、そんな乙女心。それだけでも十分すぎる。
そして、火龍がそんな場違いなほど暢気なことを考えているサレナに向かって炎を吹き付けようと首を突き出してきたのと、
「――<<岩石打杭槌>>」
サレナがその間も構築していた魔術が発動したのは同時だった。
「――――ッッ!?」
突き出された火龍の首、その口から炎が今にも吹き出ようとする寸前に、その顎を真下にある地面から途轍もない勢いで伸びてきた巨大な杭状の岩石が強かに打ちつけた。
殴打による衝撃の音を大きく響かせながら、火龍の首がそのまま炎を吐き出すこともなく上へと跳ね上がる。
サレナが発動させたのは土属性の初級魔術である『石弾』をまたも自分で適当に魔改造したオリジナル魔術であった。
だが、その威力は火龍の首の向きを強制的に変えさせるほどの衝撃であることからわかる通りに、当然初級魔術どころか一部の上級魔術に匹敵するものだった。
「…………!? ――――ッ!」
そして、ここに来てようやく火龍も自分を見て怯えるどころか真っ向から向かい合い、あまつさえ妙な魔術で自分にダメージが入るレベルの攻撃を繰り出してきた目の前の少女の異常さに気づいたらしい。
野生生物としての直感に素直に従い、火龍は一旦飛び上がってサレナとの距離を離そうと試みる。
だが、もちろんそんなことをサレナが許すつもりはなかった。
「<<鉄鋼鎖縛術>>」
「――――ッ!?」
間髪入れずに、サレナは既に構築していた次の魔術を発動させる。
火龍が逃げるかもしれないことは当然予測していたし、この次に発動させるつもりの魔術を確実に命中させるためにも、火龍の動きを止めておく必要があった。
だから、用意していたのはそのための魔術。
サレナが術発動のキーとして設定していた術名を唱えると共に、地面から突如として何本も出現した鋼鉄製の鎖が火龍の体へと巻き付き、その動きを妨害する。
「…………ッ!!」
それどころか、その鎖達は恐るべき膂力を持ち合わせているはずのその火龍の巨体を完全にその場の地面へと縫いつけるようにして捕縛し、動きを止めてしまっていた。
☆★
あり得ない。火龍自身どころか、今までの光景を呆気にとられたように眺め続けることしか出来なかったカトレアまでもがそう思っていた。
龍の巨体を捕まえ、その動きを完全に止めてしまえるような超上級魔術を、ただの人間の魔力と技術で発動出来るはずがない。
☆★
そう思っていないのは、それを発動している当のサレナ本人だけだった。
もちろんサレナにとってはこれもまた初級魔術の魔改造でしかないし、その魔術を編み出した本人としては"こんなものかな"という予測の通りの効果でしかなかった。
そうして驚きに固まる火龍とカトレアさまを余所に、サレナは片腕で捕縛の魔術を維持しながら、残った片手に新しく緑色の発光回路を構築して魔術を発動させようとする。
それは、もちろん火龍にとどめを刺すための魔術。
硬い鱗に覆われ、そうでなくとも大した頑丈さを誇る火龍を一撃で葬るためにはそれなりの威力を必要とするということで、サレナでも発光回路の構築と展開に多少時間がかかるのだった。
「――そんな、ありえない……!?」
しかし、サレナがそうやって火龍を捕縛し続けながら魔術発動の準備をしていると、突然後方からそんな、思わず我慢できなくてこぼれ出たようなカトレアさまの呟きが聞こえてきた。
☆★
ありえない。
これほどの上級魔術を維持しながら更にもう一つ上級魔術の構築を進めることも。
それどころか、そのそれぞれの魔術が別々の属性であるという、非現実にも程がある光景も。
それは、カトレアの知るこの世界の魔術に関する一般常識と照らし合わせた上での、思わず漏れ出てしまった驚愕の言葉であった。
☆★
だが、もちろんサレナにそんなことがわかるはずもない。
(……ありえないっていうのは、カトレアさまにとってはありえないほど魔術構築に時間がかかってるって意味なのかな……?)
それどころか、そんなことを悠長に考えては、少しのんびりしすぎたかな……、などと反省していた。
であれば、早いところ決着をつけなければなるまい。
丁度、そのとどめの魔術の構築もようやく完了したところだった。
サレナは火龍に向けて狙いをつけるように片手を突き出して指さし、即座にそれを発動させる。
「――<<葬送の風切鎌>>」
サレナがそう唱えると同時に、鎖に押さえつけられて下がったまま動かせない火龍の首の真上に、薄く緑色に発光する、巨大な風の刃が出現した。
それは風属性の初級魔術である『風刃』をまたもサレナが魔改造した魔術であった。だが、現れたその風の刃は『風刃』などとは到底呼べないような、禍々しい程の大きさと鋭さで構築されたものだった。
それはまさしく、巨大な火龍の首ですら一撃で切り落としてしまえる程に巨大な、恐ろしき死神の鎌。
「ていっ――」
それを、サレナはパチンと指を鳴らして、狙いをつけていた火龍の首へ向けて何の躊躇いもなく落とした。
風の刃はすっと、まるでそこを素通りするかのように火龍の首を何の抵抗もなくあっさりと通り抜け、地面にぶつかった後はただの風となって四方へと散っていった。
「――――」
それに少し遅れてから、火龍の首がゆっくりとその付け根からズレて、鈍い音を響かせながら地面へと落ちた。
首を切り落とされては、いくら頑丈で生命力に溢れた火龍といえど生きていられるはずもない。
何とも、呆気ないくらいの決着。
サレナの単独による火龍討伐チャレンジは、まさしく大成功という結果でここに終了した。
(もう少し手こずるかと思ってたけど、蓋を開けてみたら案外楽勝だったわね……)
多少緊張していたのが今となっては馬鹿馬鹿しいなどと思いながら、サレナは大きく息を吐きつつ、一仕事終えたように額を手で拭ったりしてみる。
「――あ、あなたは……」
そんなサレナへ向かって、背後から声がかけられた。
それはもちろん、サレナにとって誰よりも愛しい人からのそれ。
それを聞いてサレナは一気に鼓動を高鳴らせながら、背筋をピンと伸ばして急いで振り向く。
「あなたは……一体、何者なの……?」
しかし、サレナが振り向いた先にあった愛しのカトレアさまのそのお顔は、驚愕と虚脱と不可解さ、何だったらそこに少しばかり恐怖も含んで混ぜ合わせたような表情であった。
目の前で、たった一人の少女によって龍という絶対強者のはずの存在が何も出来ないまま一方的にぶちのめされるなんて光景を見せられれば、まったく無理もないその反応と問いかけではあったのだが――。
さて、その質問に対してどう答えたものだろうか。
サレナは少しばかりそれについて考え込んだ後で、ひとまずこの場はこう名乗っておくことにした。
「……そうですね、私は――」
愛しのその人に向かって、サレナはにっこりと微笑みながら、宣言するかのように言う。
「いわゆる、"騎士志望"ってやつです」