変えろ運命、倒せドラゴン ―7
「――くぅっ!!」
流石、サレナが認める完璧超人であるカトレアさまの水属性魔術だった。
その防御魔術は属性相性の不利をものともせずに、たっぷり数秒間火龍から吹き付けられていた炎を見事に防ぎきってみせた。
しかし、そうであってもやはり『水』が自身の適性属性であるカトレアさまにとって、名前の通りに『火』が適性となる火龍を単独で相手取るには少々荷が勝ちすぎるようだった。
カトレアさまが発動した防御魔術はその一撃で相殺されて消し飛び、だというのにかなりの魔力を割いてそれを発動したことで彼女も大分消耗しているらしい。その呼吸は少々乱れ、肩で息をしているような状態だった。
しかし、それでもカトレアさまはまだ闘志を失わずに火龍との相対を続けている。
そうしながら、向こうが次の攻撃を繰り出してくるまでの少しの猶予の間に、背後に庇うサレナへと呼びかけてくる。
「そこのあなた! ここは龍害鎮圧班の一人である私が食い止めます! だから、急いでこの場から、出来るだけ遠くへ逃げなさい!」
かなりの緊迫感を含んだその呼びかけを聞いたことで、サレナはようやくフリーズ状態から回復した。
そうだ。いつまでも、目の前に突然降ってきた奇跡に対する衝撃に固まっている場合じゃない。
サレナにはやるべきことがある。
確かに、愛しのカトレアさまとこんな思いも寄らないロマンチックな形でこの世界における初邂逅を果たせた喜びは、とても言葉では言い表せない。それに固まってしまうのは仕方ない、当然だ。
そして、カトレアさまがまるでゲームにおける攻略対象達のように主人公を庇い、守ってくれているというこの状況も嬉しくないはずがない。天にも昇る心地と言ってもいいくらいだろう。
だが、そういうものが今この瞬間のサレナの望みなのかというと、そうではないはずなのだ。
確かにこのまま主人公として、カトレアさまというこの場における騎士に助けられ、守ってもらうというのも捨て難い選択肢ではある。
このままやり方次第によっては、そういうルートをこの先も進める可能性もあるのかもしれない。
しかし、そういうサレナとして歩む道は、同時に他の攻略対象をも引きつけてしまう危険性がある。
だからこそ、サレナはそちらに流されてしまうわけにはいかない。
ちょっとだけ垣間見えた未来にかなりの名残惜しさを感じないではないが、一瞬だけでもいい夢が見られたとでも思って今は感謝するだけに留めておくべきだろう。
そして、何より今そうするわけにはいかない、自分の思惑よりも優先されるべき最大の理由がある。
「…………」
サレナはカトレアさまからの指示には応じず、決意を宿した瞳で、無言のまま緩やかに火龍へ向かって一歩を踏み出した。
そして、そのままゆっくりと歩いて近づいていく。
そうしながら、思う。
ここで自分がカトレアさまに主人公のように守られ助けてもらうという選択肢を取るわけにはいかない最大の理由。
それは、この状況が同時にカトレアさまにとっての圧倒的な危機であるからだった。
龍は本来、魔術の扱いに長けた人間を何十人も集めた班を組んで事に当たることで、ようやく鎮圧することの出来る存在である。
古今東西、単独で龍を討ち果たしたような人間は数えるほどしか存在していない。
だからこそ、サレナも今回単独で火龍に挑むにあたって、結構な不安と緊張を覚えたりもしていたのだった。そして、それは今もなお心の隅に抱き続けたままでもある。
だというのに、カトレアさまは今、自分一人だけで火龍と対峙し、サレナが逃げるための時間を何とか稼ぎ出そうとしている。
何故かはわからないが、カトレアさま一人だけが鎮圧班から先行してここまでやってきたようだった。
サレナの魔力警戒線には、かなり後方に鎮圧班と思われる複数人の反応が感知されている。到着までには少なくとも数分を要するだろう。
そして、その数分をこの火龍相手にカトレアさま一人で持久することが出来るのかというと、彼女には失礼ではあるものの正直かなり分が悪いとサレナは判断せざるをえなかった。
つまり、このままサレナが指示に従って逃げる、あるいはゲームでのイベントのように腰を抜かして動けないままでいたりすると、火龍を単独で相手取ることになるカトレアさまは間違いなく無事では済まないということになる。
いくら胸キュンな主人公シチュエーションをこのまま堪能出来るとしても、それはまったくサレナの望むところではない。
だから、助ける。
サレナが、カトレアさまを助ける。当たり前だ。
何よりも優先されるべきは、愛する人の無事である。考えるまでもない。
そして、サレナにはそうすることが出来る魔術がある。
なので、やるべきことは変わらない。
予定通りにこのまま自分が、一人で、火龍をぶっ倒す。