変えろ運命、倒せドラゴン ―6
「――……!!」
サレナの魔術で呆気なく撃ち落とされた火龍であったが、やはり腐ってもこの世界の最強生物の一角である龍というべきか。
ダメージは負っているもののそれでもまだしっかり生きていたし、雷撃による麻痺からも復活して立ち上がろうとしているところだった。
その姿を見て、サレナは思わず感心してしまう。
……なんて頑丈さ。やっぱり、あの程度じゃ通用しないか。
そして、どうやらサレナが到着したのはバッチリのタイミングのようだった。
突然何処かから不意打ちを受けた混乱と怒りを全てその凶暴さに変換した火龍は、不意に目の前に現れた少女を丁度いいとばかりにその発散のための標的に選んでくれたらしい。それだけでも吹き飛ばされてしまいそうな程の威圧をこちらへとぶつけてきている。
サレナが到着する前に回復されて再び街へ向かわれると面倒だったが、自分だけを標的に選んでくれている分には非常に好都合である。
ということで、ここでようやく巻き戻っていた時間が本来のそれへと戻ってきた。
「――さて。悪いけど、ここから先には一歩たりとも行かせるわけにはいかないの」
サレナはそう言うと、真っ直ぐにその火龍の威圧と向き合い、構える。
そう、己の様々な目的のためにも、そうさせるわけにはいかない。
火龍は起き上がり、怒りに燃える瞳でサレナを睨みつけてきている。
サレナも真っ直ぐに腕を伸ばしてそんな火龍を指さし、ついでに思いっきり睨み返しながら言い放つ。
「やっつけてやるわよ、火龍」
その挑発を理解したのか、更なる怒りで応じるように火龍が大気を震わせるほどの咆哮をあげた。
「――――ッッ」
思わず耳を塞ぎたくなるようなその大音量に顔をしかめつつも、サレナは火龍を真っ直ぐ睨みつけたまま目を離さない。
予想通りなら、この後で炎の吐息を自分めがけて吹き付けてくるからであった。
まずは、それを防がなければならない。
防御のための魔術の発光回路を空間に構築、展開しながら、サレナはそれを待ち受ける。
思った通りに、火龍はひとしきり咆えた後で、今度は思いっきり息を吸い込み始めた。
来る――。
そう思って、身構えた瞬間であった。
「――民間人!? どうしてこんなところに!?」
火龍との対決に意識を全部傾けていたせいで、その存在が近づいていたことにサレナはまったく気づけなかった。
そして、突然自分の背後から聞こえたその声によって、どうしてかサレナはその瞬間に完全にフリーズしてしまう。
何故なら――。
「――ッ!? 下がって!!」
そんな言葉と共に、自分と火龍の間へとその声の主が飛び込んできた。
危ない。
しかし、この場合サレナは火龍の炎を完璧に防いでみせる自信があるので、危険なのはむしろその割り入ってきた人間の方だった。
であれば、急いでサレナはその人をどかすか庇うかしなければならない。
だというのに、サレナはいまだ完全に固まってしまったまま動けそうになかった。
何故なら、その声は今でも目をつぶれば思い出せるほどに記憶に刻み込まれた、聞き覚えのある愛しいそれだったから。
そして、何故ならサレナを庇うために眼前へと割り込んできたその姿も、今日まで一日だって忘れられるはずもない、見覚えのある、美しくも麗しいものだったから。
それを認識した瞬間に思考がショートしてしまい、ずっと固まり続けるサレナであったが、そんなことはお構いなしに無情にも事態は進行していて――。
「――――」
ようやく息を吸い込みきった火龍が、恐ろしい熱を帯びて燃えさかる炎をサレナ達めがけて吹き出してきた。
それに対して、サレナを庇ってその前に立つその人は青色の発光回路を纏わせた両手を突き出し、大きく叫ぶ。
「――<<流水防護障壁>>!!」
それと同時に魔術が発動し、地面から物凄い勢いで吹き出してきた水流が分厚い魔力防御の壁を形成して、迫り来る炎を間一髪のところで防いだ。
何とも鮮やかで、卓越した、水属性の魔術行使だった。
サレナはそれをぼんやりと、何だか他人事みたいに、まるで現実ではない何かを見ているような目で眺めながら、思う。
ああ――何て馬鹿なんだろう、自分は。
どうして、今までその可能性に少しでも思い当たらなかったのだろうか。
ナイウィチのオープニングイベントでサレナを火龍から助けてくれる攻略対象キャラクターは、その時は学院での同級生と共に研修の一環として龍害鎮圧班へと駆り出されていたからその場に駆けつけることが出来たという設定だった。
そして、その攻略対象キャラの同級生には、もしかしたら"その人"も含まれていたのかもしれないなんて、その成績優秀さと相手との関係性を思えば、疑ってみるのが当然じゃないか。
けれど、たとえその可能性に気づけていたとしても、まさかピンポイントでこんな奇跡が起こるなんてことを誰に予測出来ただろうか。
まさか、ゲームでその相手として設定されていた攻略対象キャラクターでもなく、他の誰でもなく"その人"が、あのオープニングイベントのように、こうして自分の目の前に現れて、火龍の炎から自分を庇って助けてくれるだなんて――。
そんな、あまりにも都合の良すぎるイベントが発生してしまうだなんて、たとえ予測出来ていたとしても、冷静に対処出来たはずもないか。
そう思いながら、サレナはまるでゲームのイベントの一場面のような、あまりにも出来すぎたその光景に魅入られたまま、身じろぎすることも出来なければ、目も離せない。
まるでゲームの中の騎士様のように、自分を火龍の炎からその魔術で庇ってくれるその人の姿。
艶やかで、しっとりとうねるような、麗しい紫色のロングヘアー。
綺麗に均整の取れた、神が掘り出した彫刻のように完璧なプロポーション。
機能性重視で無骨な、飾り気のない戦闘用のローブに身を包んでいながら、それがまるで舞踏用のドレスに見えてしまう程の溢れる気品。
そして、絶世なんて言葉では表現するのに足りないくらいに美しすぎる、光り輝くような御尊顔。
見間違えるはずもない。ずっとずっと、今日まで三年間、毎日欠かさず出会う日を夢に見てきたその姿。
――カトレア・ヴィオレット・フォンテーヌ・ド・ラ・オルキデ。
今、サレナを助けるために火龍との間に立ち、その炎を防いでくれている騎士様は、まさにあの『カトレアさま』その人に他ならなかった。