魔女は二度倒れる ―2
「入っても構わないか? お前に少しばかり用事がある」
グラディオはそう言いながら、わざとらしく既に開け放たれている戸をコンコンとノックした。
その相変わらず傍若無人な態度のせいで、サレナ以外の全員から少しばかりかちんと来ているような雰囲気が立ち上った。
あれだけのことをしてくれた後で、よくもまあそんな態度でノコノコと顔を出せたものだという思いが全員にあるのだろう。
しかし、ここまでボコボコにされた当のサレナ本人には何故かもうそこまでグラディオを憎らしく思う気持ちはない。
最終的に魔術でぶっ飛ばして勝利し、そこでスッキリしてしまったせいかもしれない。
「えっ、ええ。構いませんよ、先輩」
なので、誰かがグラディオに対して噛みついたりする前に、先制してサレナ本人がその男を招き入れることにした。
そうしてしまえば、一応今のこの部屋の主はサレナである、誰もそれに逆らうことは出来ないはずだ。
「お体の具合はどうですか?」
許可を得たことで堂々と入室してくるグラディオへ、サレナはそう問いかける。
「はっ、気遣い傷み入るじゃないか。包み隠さず言えば、さっきまで俺も別の部屋で白目をむいてひっくり返っていた。そんな体をどうにか引きずってここまで来てる程度にはボロボロだよ。まあ、お前程じゃないが」
それは純粋な疑問の言葉だったのだが、グラディオにとっては痛烈な皮肉のように感じられたらしい。
珍しく苦笑いに顔を歪めながら、やり返すようにそう答えてきた。
まあ、自分を壁にめり込ませてくれた本人にそう問われれば無理もないだろうが。
「それで、そんな体に鞭を入れてまで何しに来たんです?」
「ひとまず、お前が生きているかどうかの確認を。もしも死んでいたら、寝覚めが悪くなるからな。折角取り決めた約束も果たせなくなる」
流石にややむっとしつつも、今度は明確に皮肉を混ぜ込んでそう訊ねるサレナ。
それに対して、グラディオもいつものように不遜な言葉選びでそう答える。
「そういえば、勝敗は……」
その"約束"という言葉を聞いて、そこでようやくサレナはあの試合の勝敗が正式にはどうなったのか自分がまだ知らないことに気がついた。
もちろん自分が目の前の男をぶっ飛ばして勝利宣言をしたことは忘れちゃいないが、あまりにも特殊な決着すぎて正式な勝利として認められるのかどうかが怪しいのも事実。
特に自分は色々と嫌われている立場だ。何か面倒な横槍が入っていてもおかしくない。
そう思いながら、不安そうにサレナがそう呟くのを、
「お前の勝ちだよ、サレナ・サランカ。この俺、グラディオール・フォン・レーヴェンツァーン自らがそう認める。誰にもそれに文句をつけせさはしない。安心して勝利に酔うといいさ」
遮るようにして、きっぱりとグラディオがそう答えた。
それは皮肉さも傲慢さもまったくない、あまりにも真っ直ぐで潔い言葉だった。
聞いた全員が少し驚いた顔をしてしまうくらいに。
「……用事はもう一つある。お前と一緒にいるだろうと予想していたら案の定だったからな。何とも都合がいい。この場で決闘に際しての取り決めを果たさせてもらうことにする」
そして、その潔い態度のままでグラディオはそう言うと、何やら神妙な顔でゆっくりとカトレアさまの目の前へと進み出た。
一体何をしようというのだろうか。
そのやたらと張り詰めた様子に、カトレアさまの周りにいた人間が思わず無言で一歩後ろに退いた。
目の前に立たれたことで仕方なくグラディオと向き合う形になったカトレアさまも、少しばかり困惑しているような表情である。
今から何が起こるのか、察しがついているのはサレナだけ。
そのサレナにしても、実はちょっぴりこれが本当に現実なのか半信半疑だったりするのだが。
「カトレア……カトレア・ヴィオレッタ・フォンテーヌ・ド・ラ・オルキデ」
グラディオはカトレアさまを真っ直ぐ見つめたまま真剣な声でその名前を口にすると、いきなりその場に跪き、両手を揃え地に額がつくほど深々と頭を下げる体勢となった。
「お前に対する数々の暴言と非礼を、心の底から謝罪する。お前には悪いことをした。本当にすまなかった」
そして、その場の誰の耳にも聞こえるくらいの大声でハッキリとそう言った。
その姿を見て、その言葉を聞いて、思わず全員が目を丸くする。
そうするだろうことを事前に予想出来ていたサレナでさえも例外ではなかった。
それほどまでに、それはグラディオという人間を知る者達にとっておよそ現実とは思えないくらいのありえない光景であった。
「……そして、これを機に、お前との婚約を破棄させてもらいたい。その旨はこちらの家から正式に申し入れることにする。俺の一方的な都合だ、非は全てこちらにある。お前には一切の責が及ばぬようにすることも保証しよう」
それからグラディオはたっぷり無言で頭を下げた後で立ち上がると、更にそう言った。
先程の謝罪以上の爆弾発言に、もはやカトレアさまは何も言えずに硬直したまま目を白黒させるばかりである。
しかし、この発言だけは一年生三人にとっては今回の計画が完璧な成功を収めた瞬間でもあるので、さほど驚くことなく無言で親指を立てて頷き合っていた。
それにしても、ライバルキャラへの攻略対象からの婚約破棄宣言。
紆余曲折、様々な事情や因縁があって今回それを目指したわけでもあるが、事実だけを抜き出すのであれば紛れもなく元のグラディオ攻略ルート通りの展開でもある。
そう思えば、何とも複雑な感情がそのシーンを直に目撃した今のサレナの胸には去来してしまうのであった。




