変えろ運命、倒せドラゴン ―4
実はこのオープニングイベント、単純に物語の起こりを描いただけのものではないのだ。
まず元のゲームにおいては、咄嗟に火龍の炎を防ぐことが出来たとはいえ、その時のサレナがそのまま火龍を倒せるような力に目覚めたわけではない。
火龍は自分の攻撃が防がれたことに驚きを覚えつつも、すぐさま再びサレナ達を仕留めるべく炎を吐こうとする。
一方、サレナも突然目覚めた自分の魔力に驚き、混乱の余りに呆然としてしまっていて、もう一度その攻撃を防ぐことが出来そうにない。
その時、サレナと火龍の間に割って入る人影。
その人影は間一髪のところで火龍の攻撃を防ぎ、華麗にサレナの窮地を救ってみせる。
勇敢なその姿。頼もしい背中。
それにサレナが思わず見惚れてしまう中で、その人は追いついてきた龍害鎮圧班と連携して戦い、見事に火龍を討ち果たす。
その後で、その人は、腰が抜けたように座り込んだままその光景を見ているしかなかったサレナに手をさしのべ、「大丈夫かい?」と囁きながら優しく抱き起こしてくれるのだった――。
そして、その人物こそが、何を隠そうナイウィチにおける攻略対象キャラクターの一人というわけである。
つまり、このオープニングイベントは物語の始まりにして、ゲームにおける一番最初の"騎士様との胸キュンイベント"にもなっているのだ(しかも美麗なスチル付き)。
もしもサレナがこの人生で普通にその時助けてくれる攻略対象キャラクターとの恋物語を望むのであれば、そのイベントは何をおいても発生させておくべきものだろう。
しかし、今のサレナはどこまでもひたむきにカトレアさま一直線。望む人生はカトレアさまと結ばれるもの、ただそれのみである。
であれば、むしろそういうノイズはなるべく避けておいた方がいいのかもしれないとサレナは考えていた。
この世界は、やはり基本的にはどこまでも乙女ゲームのそれである。
そうとなれば、もしかしたら存在しているかもしれない何かしらの"ゲーム的な補正"と合わせて、気を抜くとサレナと攻略対象との恋愛を優先して発生させようとしてくるような世界となっている可能性がある。
ここが元は乙女ゲームの世界である以上、そんな世界で何よりも優先されるべき事象――絶対正義の概念とは、"主人公と攻略対象のラブロマンス"のはずだと考えておいた方がいいだろう。
そして、だからこそ、サレナはゲーム本編のイベント通りに攻略対象達と出会ったり、関係を重ねていくことを出来るだけ避けていかなければならない。
何故なら、その"イベント"とは、大体の場合において攻略対象からの好感度を高めてしまうものとなっているのだから。
とはいえ、サレナ自身の心に限るならば、別にそれが起こったところで問題はないといえばない。
カトレアさまが人生における至上の存在である以上、見目麗しい攻略対象達とのどれほどの胸キュンイベントであろうとも、この心が寸分たりとも揺らぐことはないという確固たる自信がある。
しかし、こちらは何とも思わない自信があっても、向こうから勝手に想いを寄せられてしまうかもしれないとなると話は全く別である。
そして、そうやって勝手に誰かから想いを寄せられてしまうだけならまだしも、どうもそれが非常に面倒な事態を引き起こしそうな予感というものを、今からビンビンに感じられてしまっているのだ。
だからこそ、そんな危険性に対する究極的な対策として、サレナはこの先、攻略対象の誰からも恋愛的な感情を全く抱かれないようにしていく心積もりであった。
実は最初にした『ゲームの通りのサレナからは脱却していく』決意というのも、その目的はカトレアさまの好みのタイプに合わせていくためばかりでもなかった。
そういう『攻略対象から惚れられない』という対策のためにもそうするべきだろうとの思惑が存在していたのだ。
お淑やかで可憐なサレナのままでは、攻略対象キャラクター達からの好感度がそれだけで上昇してしまう危険性がある。
であればこそ、"主人公という立場を捨て去って攻略対象を目指す"というのは、カトレアさまの理想の恋愛対象へと近づきながらも、同時に攻略対象のキャラクターの恋愛対象から遠ざかっていくという、まさしく一石二鳥の方策なのであった。
そしてまた、そんな思惑をより完璧な形へと近づけていくためにも、サレナはここで単身、ドラゴンへ立ち向かっていく必要があった。
何故ならば、それはまさしく文句のつけようもないほどの英雄的行為――騎士様に守られ、助けてもらうだけの主人公からは程遠い、お姫様失格の行いであるのだから。
そして、見事にそれが達成されれば、少なくともあらゆる人間に対するサレナの印象を強引に、お淑やかで可憐な美少女というそれからは変えてしまうことが出来るだろう。
……とまあ、そういった様々な想いと目論見が自分の中で絡み合った末に、今回サレナは思い切ってオープニングイベントの流れをまったく別のものへ作り替えることにしたのだった。
まずは、当初のイベントの流れのままに攻略対象の一人と出会ってしまうことを回避するため。
次に、誰かに助けられて守られるだけの主人公――"お淑やかで可憐なサレナ"という自分の印象を、誰にとっても塗り替えてみせるために。
そして、最後にしてやっぱり最大の目的。
生まれ育った街と、そこに住む人達を守るため。
自分を愛してくれて、自分もそれに負けないくらいに愛している――そんな大切な家族を、傷つけさせたりしないために。
そんな目的の全てを達成するために――。
「他の誰でもない私――サレナ・サランカが、あんたをぶちのめしてやるわ、火龍」
それをやってのけてみせた上で、サレナはこの先へ進んでいく。
あの人との出会いへと、辿り着いてみせる。
そして、最後にサレナの頭に浮かぶのは、ちょっぴりだけ我が侭で、自分勝手な、子供じみた憧れ。
そんでもって、サレナは――。
サレナは視線の先にようやく現れたその姿を睨みつけながら、我知らず声に出してそれを叫ぶ。
「――"ドラゴンスレイヤー"という実績を、ゲットしてやる!!」