第二対決 VS 婚約者 ―4
月末に行われる剣術大会を利用して、その中でグラディオと一対一の決闘を行う。
自分が考えついた『カトレアさまとグラディオを引き離す計画』。
その骨子として、サレナはまずそれを友人二人に話した。
「……いや、無理だろ。勝てる勝てないはこの際別にして、剣術大会は男子の部と女子の部で分かれてんだから」
話を聞いたヒースからは、まずそんな当たり前の指摘が飛んできた。
「それを可能にする方法もちゃんと考えてあるわよ」
黙って聞きなさいとばかりにサレナはピシャリとそう言うと、さらに詳しく自分の構想を語り始める。
「まず、男子の部で優勝するのはほぼ確実にグラディオールよね」
「ええ、まず間違いはないでしょう。去年も一昨年も優勝はあの男らしいですから」
「俺が負ける前提で話進めるのやめてくんねえか」
そう確認しあうサレナとアネモネへヒースから半目でそんな抗議の声が飛んでくるが、とりあえず華麗にスルー。
それにしても一年生時点で既に優勝していたとは、こと戦闘能力に限っては本当に相手は規格外だ。
サレナは改めてチラと冷や汗をかいてしまう。
だが、今回はその規格外を自らもやってのける必要がある。
サレナは続けてそれを説明していく。
「だから、それに対して私が女子の部で優勝する。そして、表彰式の場……大観衆の前でグラディオールに決闘を申し込み、男子の優勝者と女子の優勝者によるエキシビジョンマッチの開催を提言する」
それを聞いたヒースとアネモネは呆気に取られたような、何だったら少しばかり本気で呆れている顔をしていた。
「サレナさんが女子の部で優勝するというのは……まあ、出来たと仮定しておくことにしましょう。でも、男子と女子の優勝者同士の対決だなんて……。そんな許可、逆立ちしても下りるはずがありませんわよ」
「それについてはまず、その場で観客――学院生達を抱き込むわ。エキシビジョンマッチの開催をみんなにも呼びかけるという形でね。なんだかんだで私達の年頃ってお祭り騒ぎが大好きなんだから、それで生徒達からの支持は得られるはずよ。会場の雰囲気を味方にしてしまえば、開催の判断を大きく後押し出来るでしょう」
アネモネの指摘に、サレナは当然用意していた自分の対策と予測で応じる。
「だが、学院生全員も対決を望んでいるという雰囲気を作れたところで、それに折れるような学院側じゃないだろ。どれだけ騒ごうが徹底的に無視されてうやむやにされるのがオチだと思うが」
「いいえ、全員が反対しているならともかく、望んでいるのであれば恐らく通る。そうやって学院生が望んでいるという雰囲気があることで、それを隠れ蓑に向こう側も咎められることなく無理を通せるようになるんだから。要はお互い様ってことだけど」
ヒースの指摘に対するサレナのそんな抽象的な答えに、それを聞く二人が益々"不可解"といった顔を向けてきた。
そんな二人へ、サレナは自分の予測をもう少しばかりわかりやすい形にして説明する。
「自分で言うのもなんだけど、私は学院上層部の守旧派に蛇蝎の如く嫌われてる。目の敵にされてると言ってもいい。それこそ私の評定を上げさせないために剣術大会を前倒し開催する程と思えば相当よね。じゃあ、その私がまさかの番狂わせを起こして剣術大会で優勝し、そんな向こうの思惑を叩き潰してしまったらどうなると思う?」
サレナは意地の悪い薄笑いを浮かべながら話し続ける。
「きっと、歯軋りして悔しがることでしょうね。そこで話を終わらせちゃうのも、それはそれで愉快なことだろうけど……今回は敢えて"それ"を利用するわ。向こうに利用させてあげるとも言えるけど」
そこでサレナは"ここからが重要だ"と知らせるように、二人の顔を順番に見てから言う。
「いい? 私が優勝してしまったら、流石にそれを覆すことは出来ない。つまり向こうの目論見は失敗、まったく面白くない事態ということになる。そこで、そんな私がもう一試合、男子の優勝者と対決をしたいなんていう無茶を自ら言い出したら? その対決の許可を与える代わりに、向こうも私に同じくらいの無理を突きつけられる機会を得られる……恐らくそう考えるはずよ」
要は、"自分の無理を通す代わりに相手も無理を通してくるだろう"というのがサレナの予測だった。
それがよっぽどの無理というものでもなくて、雰囲気も後押ししているとなればなお相手も乗ってきやすいはずだと思われた。
それを聞いた二人はその理屈に納得はしつつも、すぐさま受け入れるには精神的な抵抗を覚えているような反応であった。
「……一体どんな無理を交換条件にしてくるってんだよ」
そんな複雑な感情を乗せた声で、ヒースがそう尋ねてきた。
「そうね……恐らく、その対決で私が負けたら退学……っていうのが妥当なところじゃないかしら。出来るならして欲しいだろうし、退学」
それに対して、サレナはなんともあっさりそう答える。
「……やっぱダメだな。まったく割に合わねえだろ、それ。お前の強さがバケモノじみてるってのは素直に認めるところだが、それは魔術込みでの話だ。魔術の使用が一切禁じられている剣術大会で、女子が男子に、それも魔術抜きでの強さでも折り紙付きのグラディオに決闘を申し込む。誰がどう見たってお前の方が不利なんてレベルじゃねえ。もっと言わせてもらえば勝てる見込み自体がねえよ。ただでさえそうだってのに、さらにお前はそこに"自分の退学"まで上乗せするってか。そりゃもう賭けでもなんでもなくただの自殺行為だぞ」
それを聞いたヒースは何かの意を決したのか、ハッキリと、きっぱりとそう言い切った。
窘めるのが目的とは思えない厳しい口調だったが、敢えてそうしているようだった。
サレナはそんなヒースの言葉から誤解せずにその不器用な心配を受け取りつつ、穏やかに反論する。
「だからこそ、その無理が通るんでしょ。私の方が圧倒的不利で、どう考えても勝てる見込みなんて万に一つもないからこそ、そんなことを私から持ちかけてやれば向こうは喜んで食いついてくる。普通であれば不可能な対決を実現させようってんだもの、多少のリスクは背負い込む必要もあるってもんでしょ。全部覚悟の上よ」
その言葉を聞いたヒースは難しそうな顔で黙り込んでしまった。
それに代わって、今度はアネモネが口を開く。
「単にグラディオールとの決闘が目的なのであれば、別に剣術大会にこだわる必要もないのでは? 魔術の使用も許可する形の、サレナさんに少しでも有利な条件での決闘を別の機会に申し込めばいいだけの話でしょう? それなら退学なんて無理を学院から突きつけられることもないではありませんか」
まさしく名案といったようにアネモネはそう提案する。
だが、サレナはそれにも即座に、きっちりと用意していた反論を返す。
「それこそ『負けたら退学』以上に『戦った時点で一発退学』でしょうが。生徒同士の私闘は校則で固くこれを禁じられている。ましてや"お互いに魔術を用いて"だなんて輪をかけてヤバい。それが突発的な喧嘩程度のことであるならまだしも、示し合わせての決闘なんて完全にアウトよ。普通の生徒であっても良くて停学は免れない事件になる。だったら、上に睨まれてる私がどうなるかなんて考えるまでもないわよね。おまけに、私だけじゃなくグラディオールの方もこれまでの素行問題が累積して退学ギリギリのところにいるってんだから、まずお互い校則違反覚悟の決闘は成立しないでしょ」
そうだ。サレナはそう語りつつ、内心で思う。
だからこそ、公に決闘を認めてもらえる状況が必要だった。
そして、剣術大会というのはまさしくそれにうってつけであると言えた。
なんといっても生徒同士が直接的に戦い、競い合うことを学院側から許され、奨励されてすらいる行事である。
それが近日開催されるというのだから、利用しない手はないだろう。あまりにもタイミングが良すぎて、若干薄気味悪いものを感じてしまうくらいだ。
もしかしたらそれは、主人公としての運命が今度はサレナをグラディオの攻略ルートへ強引に乗せようとしている流れなのかもしれない。
だとしても、上等だ。ならば、それを思いっきり逆手に取ってやる。
それに、元々そんな風に普通であれば成立させることの出来ない決闘なのである。
それを曲がりなりにも学院側の承認と後押しを得た上で行うことが出来るようになるのだ。
そう思えば、割に合わない条件も、魔術を使えないという不利も、甘んじて受け入れるより他ないだろう。
アネモネとヒースも、皆まで言わずともサレナのそんな考えには同じく行き着いたものと思われる。
二人とも"理解は出来ても承伏はしかねる"といったような、険しい顔で押し黙っていた。
大方、サレナがあまりにも自らの体と進退を張りすぎることになるこの計画にどうしても抵抗を覚えてしまっているのだと思われた。
サレナはそんな友人の気遣いを素直にありがたいと感じつつも、それに絆されて計画を曲げるわけにはいかなかった。
だから、敢えてあっけらかんとした、いつもの暢気で図太い自分を大袈裟に装いながら、二人を説得するための説明を重ねていく。
「何暗い顔してんのよ、大丈夫だって。要は勝てばいいのよ、勝てば。そしたら退学なんてしなくてもいいんだし。それに、試合に際してそんな無茶な条件を私が押しつけられるという話は当然グラディオールの耳にも入るはず。というか、あの男自身が勝負を認める条件としてそれをこちらに呑ませるように言われて、その上で必ず勝てと命じられるんじゃないかしら。だったら、それが何よりこちらにとっては好都合に働くじゃない」
サレナは不敵な笑みを浮かべつつ、二人にその真の目論見を明かす。
「あの男は誰よりも傲慢でプライドが高い、まさしく"皇帝サマ"だもの。絶対にお互い対等な条件での勝負を望んでくる。こっちが敗北したら退学になるということを知っているなら、向こうにも敗北に関する同程度のリスクを要求すれば恐らく呑んでくれるはずよ」
そして、実は今回の計画においてはこれこそが一番重要な部分だった。
そもそもサレナが何故カトレアさまとグラディオを引き離すにあたって、グラディオと決闘するという方法を選択したのか。
その理由がこの部分に全て詰まっていると言ってもいい。
グラディオは何よりも自分の強さに絶対的な自信を持っている。
自分こそがこの世界で最強だと疑っておらず、実際それも間違いではない。
そのことが、あの傲岸不遜な態度に繋がっていると言える。
だからこそ、その絶対的な自信をもっている戦いに関すること――決闘での要求であればどんなものでも必ず呑む。サレナにはそう確信出来た。
そう、決闘という方法を選んだのは、決してサレナ自身があの男を直接ボコボコにしてやりたいからということではない。
いや、それも少しはあるかもしれないが……。
とにかく、グラディオという男を屈服させ、こちらの要求に従わせるには、相手と正々堂々戦って勝利することが一番確実かつ手っ取り早い方法であった。
そして、そんな決闘を通して突きつける要求とはもちろん――。




