愛のために剣を持て ―9
向こうはまだひそひそ声を維持したままだったので、ヒースもそうしながら応じる。
「どうだも何も……試合見てたんだろ? 見たまんまだよ」
「ええ、こうなったら出来れば優勝してしまえと思いながら。結果は期待外れでしたけど」
「優勝しちまったら計画総崩れだろ……まあ、最初から負けるつもりで戦ってたわけでもねえけどな」
「その割にはやけにあっさりとした試合内容だった気もしますけど……計画通り、出来るだけグラディオールの体力を削るなり、負傷させたりという役目は果たせたんですの?」
「……さあな、やれるだけは頑張ってみたつもりだが……」
そう言いながら、ヒースは視線の先にある試合場でついさっき自らが戦ったばかりの剣術大会決勝戦を思い返してみる。
相手はあのグラディオール。
その強さと異常さは嫌になるくらい噂で聞いていたし、実際目の当たりにもした。この剣術大会の中でもそれを見てきた。
だが、それでもまだ自分ならば少しは食い下がることも出来るだろうと思っていた。
勝つことは難しいかもしれない。
しかし、少なくとも自分に与えられた役割――グラディオールを出来るだけ試合で削ることくらいは果たしてみせようと、本気で勝負に望んだ。
だが、結果は、驚くほどにあっさりと自分が負けてしまった。
剣術大会は相手を叩きのめすことが目的ではなく、あくまで剣術の腕前の優劣を競う大会である。
なので相手に一度でも有効打を入れるか、入れる前に寸止めした時点で決着、試合終了となる。
だから、ヒースの役割は出来るだけ激しい攻防をしつつ試合を長引かせてグラディオールを疲弊させるか、寸止めせずに思いっきり攻撃を加えて負傷させるというものとなっていた。
その点で言えば、試合は出来るだけ長引かせた方だと思う。
だが、グラディオールの体力を削るには不十分であったことは否めない。
そして、攻撃に至っては一発も当てることが出来なかった。
その全てをグラディオールには見事に受けられ、かわされた。
そして、遮二無二攻撃するヒースの一瞬の隙をついてあっさりグラディオールは有効打を、それも寸止めで打ち込んできた。それで試合終了。
荒い息を吐くヒースに対して、グラディオールはまったく呼吸を乱していなかった。
正直、圧倒的な力の差を感じさせられた試合であった。
今までヒースはその噂されているグラディオールの理不尽な強さとは魔力や魔術も加えた上での話だと思い込んでいたのだが、それは間違いだった。
グラディオールは魔術なしでも十分――いや、異常なくらいに強かった。
そして、それは身体能力だけがという話ではない。
剣術の技量そのものがヒースですら異次元の差を感じるレベルで高いのだ。
決勝での試合のことを思い出すだけで、ヒースの背筋が寒くなってしまう程に。
「…………っ」
ヒースは思わず身震いしそうになったのを何とか抑えながら思う。
……果たしてあいつは大丈夫なんだろうか。
本当に計画通りにやれるのか。
当事者ではない自分でも、今それについて考えると不安に押し潰されそうになってしまう。
だが、今更自分が心配してもどうしようもない。
自分は計画を中止に出来る立場ではないし、進言したところでその決定権を持つ相手は聞き入れることはないだろう。
相手が馬鹿だからというわけじゃない。
……いや、まあ馬鹿だからではあるのか。
ヒースはそう考え直すと、溜息を吐いて、沈みかけた気分を切り替える。
まあ、向こうが規格外なら、こっちも輪をかけて規格外ではある。色々な意味で。
それを信じて見届けるしかあるまい。
今から始まる試合と同じように。
「あっ、そろそろ始まりますわよ!」
アネモネが興奮したような声でそう呼びかけてきた。
それを聞いて、ヒースも試合場に目をやり、見知った二人がそこに上がっていくのを確認する。
とはいえ、まずはあいつがこの試合に勝たないことには計画は成り立たない。
今から始まるのは、剣術大会女子の部決勝戦。果たしてどうなることやら。
我知らず祈るような気分になってしまいながら、ヒースは姿勢を正してそれを観戦しようとするのであった。




