変えろ運命、倒せドラゴン ―2
"それ"が今日起こるということは、サレナには三年前からわかっていた。
そう、今日この日こそまさしく自分の十五歳の誕生日。
サレナはゲームでの展開と同じように、弟妹達を引き連れて街へ自分の誕生日パーティーのための買い物に来ていた。
みんなでの買い物にはしゃぐ小さな弟妹達と、同じくらいはしゃいで無駄なものをたくさん買おうとするサレナ。
それを呆れ顔で諫める、最近はすっかりサレナを含めた子供達の引率役が板についてしまった二歳下の弟、アカシャ。
すれ違うと口々に誕生日おめでとうと言ってくれる街の人達に、アイドル気分で満面の笑顔を見せ、感謝と投げキッスを返すサレナ。
そんな人気者のお姉ちゃんに憧れの眼差しを向ける小さな子供達と、もはや溜息をつくしかないアカシャ。
これから火龍が降ってくるとは思えない、まったくのどかで平和ないつもの街の光景。
サレナの見知った歴史の流れに到達することだけが目的であるならば、後はこのまま事件が起こるのをただ待っていればいいだけの状況だった。
しかし、今のサレナにはまったくそうするつもりはなかった。
いや、より正確に言うならば、メインストーリーを開始させるつもりは大いにあった。それは確かにサレナにとって今日達成するべき一番の目的であった。
ただ、ゲームの流れをそっくりそのまま再現することで"それ"を達成させるつもりが、サレナには毛頭ないだけなのだ。
それからしばらくして、"ちょっと休憩"ということで広場で足を止め、サレナが子供達と屋台で買ったアクアキャンディーを誰が一番途中で切らずに延ばせるか競っていた時だった。
そんなサレナの背筋に突然、ビリビリとした静電気のような感覚が走った。
「…………」
サレナは子供達から拍手を受けるほど延ばしていたアクアキャンディーをくるくると丸めて元の飴の形に戻してから口にくわえると、弟妹達をあやしているアカシャへと声をかける。
「アカシャ~」
「なんだよ、姉さん」
アカシャが呼びかけに応じるも、そっちに顔は向けずに空を睨みつけるように見上げながらサレナは言う。
「あんた、子供達全員連れて、先に孤児院戻ってなさい」
「はぁ……? いきなり何言って――」
またも姉が突然おかしなことを言い始めたという風な反応でそう言い掛けたアカシャは、サレナの珍しく真面目な横顔を見たことで何かを察したのか、言葉を止める。
「……もしかして、また何か危ないことするつもりなんじゃないだろうな、姉さん」
そして、まったく真剣な顔つきと声色で、そこに少しだけ不安と心配の色を乗せながらサレナへそう言ってきた。
その言葉には、数年前から奇行を繰り返すようになった姉にすっかり慣れてはしまったものの、大事な家族に対する変わらぬ気遣いが含まれていた。
それをそこからきっちりと受け取ったサレナは、空から視線を外して弟へと向き直ると、"心配しなさんな"というような笑顔を見せつつ言い放つ。
「大丈夫、私は常に危ないことしかしない女よ」
「……何が大丈夫なんだよ……」
サレナの言葉に、アカシャはがっくりと肩を落として溜息を吐く。
それを見ると、こんな姉のせいで気苦労の絶えない、最近はまったく自分を通り越して大人な態度を身につけつつあるしっかり者の弟に対して、全てを明かすことの出来ない罪悪感というものがサレナにも生まれてしまう。
なので、その代わりにせめて少しでも安心感を与えてあげられるように。そんなつもりで、サレナはアカシャの濃い藍色をした髪を小さい頃からよくそうしていた通りにわしゃわしゃと撫でてやりながら言う。
「つまり、何もかも全部"いつも通り"って意味よ。いつも通りの素敵な毎日。お姉ちゃんにとっては今日だって明日だってそうだし、みんなにとってもそうなるはずなの」
「うわっ!? もう……! なんだよ、それ……」
最近のアカシャは顔を真っ赤にしてそれ(サレナに撫でられること)を嫌がるようになってきたのだが、まだまだ姉の腕力には逆らえない。
結局されるがままに撫でられた後で、渋々ではあるがサレナの言葉に納得してくれたらしい。
隙を見て何とかサレナのわしゃわしゃ攻撃から抜け出すと、仕方なさそうに、溜息を吐いてから言う。
「夕方までには帰ってきてよね……。忘れないでよ、"今日の主役"は姉さんなんだから」
「――あたぼうよ」
にかっと笑ってそれに応えながら、サレナは内心その言葉に対して苦笑してしまう。
("主役"、かぁ……)
なんとも皮肉な言葉だなぁ、と思いつつも、サレナはその場で軽く身体を伸ばしてほぐし始める。
それは、これから起こす行動のための軽い準備運動。
軽く鼻唄など歌いながらそれを終える頃には、何事につけしっかり者のアカシャがちゃんと弟妹達を集合させ、帰り支度を完了させていた。
「それじゃ、寄り道せずにちゃんと真っ直ぐ帰るのよ」
自分のことはまったく棚に上げてそう言うと、サレナは呆れ顔のアカシャと、大きく手を振って"いってらっしゃ~い"と言ってくれる可愛い弟妹達に見送られながら、駆け出していく。
時折振り返っては"ちゃんと帰るのよ~!"と叫んで手を振り返しながら。
失敗するつもりはないが、いざという時に備えさせておくに越したことはないのだから。
……さあて。
サレナは徐々に加速し、身体をトップスピードに乗せながら広場を抜け、街路を猛然と駆けていく。
駆けながら、少しばかりの緊張と鼓動の高鳴りを意識してしまう。
覚悟はしていたはずなのに、今更ちょっとした不安と恐怖も首をもたげてくる。
けど、まあ、それも仕方ないか。
サレナはそんな自分を素直に認めながら、思う。
――何せ、今からドラゴン退治に向かうのだから。