第二対決……? ―6
サレナは目を開き、無言でぼんやり天井を見上げ続ける自分に戻る。
何故だろう、いざそうしようとした瞬間、まったくそんな気になれないことにサレナは気がついてしまった。
それも理論的な理由からではなく、ただただ単純にやりたくない、やる気が起きないというどこまでも感情的な何かが原因だった。
いや、どうだろう。
自分の心の中、そして頭の中を探ってみれば、一応そうなるに至った理屈らしきものは出てきてくれる。
まずその一つとして、今更自分が忘れているのかもしれないこと全部を事細かに思い出してみたところで、それがどれだけあてになり、今後の役に立つのかわからなくなってしまったというのがある。
そうなった最たる原因が、今回のグラディオとの邂逅であった。
そもそも、今のこの世界の全てがゲームの通りに進んでいるのであれば、グラディオはサレナの入学後程なくして向こうの方から絡んでくるはずであった。
しかし、(そもそもサレナ自身が出来るだけ攻略対象との出会いを避けて生きていくつもりだったとはいえ)入学から現在までそれなりの時間が経過しているというのに、今の今までグラディオという人間の存在はサレナの学院生活の中に影も形も見えてこなかった。
そのせいで、存在自体をすっかり忘れ去ってしまっていた程に。
そして、そんな風にゲームの通りにならなかったのは、恐らく本人が口にしていた"停学"というやつのせいなのだろう。
それが原因で今日までの間グラディオは学院自体に来ていなかった。
だから、サレナと出会うこともなかった。なるほど、道理である。
しかし、停学。
そもそもゲーム本編においてグラディオが停学を食らっていたなんて展開はどのルートにおいても存在すらしていない。そのはずだ。
そうとなると、この世界は今や自分の予想以上にゲーム本編からは歪んだ、まったく独自の流れを進んでいるのだと考えられる。
一体どうしてそうなったのやら。
……いや、それは完全に自分のせいか。
そもそも、こんな風に運命を根本から作り替えてしまうことを目的として今まで自分は行動してきた。
となると、今のこれもまったくの自業自得……というよりも望んだ通りの結果ということになる。
それでも、まさかここまで予測不能なことになっているとは思ってもみなかった。
それはまさに小さな蝶の羽ばたきが遠く離れた場所で大嵐を起こすが如く。
自分がこれまで起こした小さな変化の一つ一つが、後の出来事に対して無数の変質をもたらしてしまっているのだろう。
何はともあれ、そんな状況にある中で"ゲームでは本来ああなってこうなって"というようなことを今更詳細に思い出してみたところで一体何の役に立つというのか。
幸い、今回のように切っ掛けさえあればそれに対応した記憶もある程度甦ってくれることがわかった。
であるならば、この先何の予測も出来ない運命の流れに対して中途半端な知識を元に対策を立てるよりは、事が起こってから臨機応変に対処していく方がいいだろう。
その方が面倒も少なく、賢い選択というものだ。
「…………」
それに何より、今更自分が忘れてしまっているかもしれないゲームの内容に関する記憶を掘り起こして、一体何をするというのか。
それを使って出来ることといえば、記憶している運命の通りに攻略対象と結ばれてみせることか、あるいはそれを逆手に取って結ばれる運命を回避し続けること。その二つであろう。
そして、攻略対象と結ばれるなんていうのはまずもって冗談じゃない、言語道断の選択だ。
そうならないために今まで行動してきたのだから、今更それを違えるつもりは毛頭ない。
そうとなれば、必然的に運命を回避し続けるという選択を取るしかない。
攻略対象と結ばれないために行動してきた以上、現状は自然にそうなっているともいえる。
このためにならば、その知識や記憶はかなり有用であるともいえるだろう。
とはいえ、さっき考えていたのはそれも運命が大きく歪んできていることで本当に使い物になるのかどうかは怪しいということである。
このままでは堂々巡りになるばかりだ。
それに、現状それらを十全に駆使して運命を回避しなくてはならないほど自分は追い込まれてはいない。
最大のライバルであった(と思われる)アドニスとの決着はすでについた……色々な意味で、だが。
今後、彼について警戒するべきことは、こちらが気をつけていればもうないと言えるだろう。
ロッサとヒースについてもあれから特に関係に変化はない。
ロッサにはなるべく距離を保ち続けることをこれからも意識していれば大丈夫だろうし、ヒースの躾も上々だ。余程のことがない限り主人……というより友人に反旗を翻してはこないだろう。
となると、残る要警戒人物は今更新たに登場してきたグラディオなのだが、それもまあ、ロッサと同じく徹底的な塩対応を心がけていればある程度それで対策になるはずだ。
ゲームと同じようにしつこく付きまとわれた場合はそうして様子を見るしかないし、そもそもこうなってくるとそうなるのかどうかも怪しい。
案外、興味など持たれずにスルーしてもらえるかもしれない。
何故ならば――。
「――――」
そこまで考えたところでまた心と頭にかかったモヤを意識してしまい、サレナは思い悩むのを一旦中断した。
……それで、結局どうだろうか。
代わりに、そう自分に問うてみる。
頭の中をこうやって整理してみて、情報を並べて確認して、考えをまとめてみて、それでモヤは晴れそうか?
取るべき方針は定まり、気分爽快にスッキリして、迷いなく行動を開始することは出来るのか。
「ハッ……」
そこまで問いかけた後で、サレナは思わず自分自身を鼻で笑ってしまう。
ここまで長々と考えてみて、あれこれと思い悩んでみて、結局わかったことはといえば『何をしようもない』という、ただそれだけだった。
グラディオという新たに現れた攻略対象キャラクターには、現状こちらから特に何を仕掛ける必要もない。
自分では予測がつかないほど運命の流れに変化が生じている以上、相手の出方を大人しく待ってみるより他がない。
そして、その出方にしたって、自分に何らかの害を及ぼすとは限らない。
それに対して打てる手というのも多くもないし、さほど難しいものでもない。
だから、結論。『何もすることがない』。
「…………」
そうなのだ。
そのことについては、こうしてしっかりと考えた上でハッキリとした言葉にしてみる前から、サレナにはうっすらとわかっていた。
だからこそ、こうして何もかもがぼんやりし、モヤがかかっているような状態になっているのだということも。
わかっているのに、わからないのだ。
今は何もすることがない。何をどうしようもない。
そうだとわかっているのに、自分が本当にそうするべきなのか――何をどうすることも出来ないのだから、何もせずにいるべきなのかどうかもわからない。
だから、サレナはモヤモヤと考え続けるしかない。
きっと、それがわかるまで、このぼんやりとしたモヤを抱え続けるしかない。
自分はこの現状に対して一体何をすればいいのだろう。
こんな何をしようもない状況で、何をしようというのだろう。
私は、一体――。
寝転んでいた体勢から上半身だけを起こすと、片膝を抱えて丸くなり、小さく呟く。
「どうしたいのよ…………サレナ・サランカ」




