Dive to Witch's world ―1
※この作品は元々「カクヨム」にも掲載していたものをもっと読みやすくなるように一部手直ししてこちらに掲載することにした改訂版となっております。よろしくお願いします。
いきなりで悪いけど"私"(二十一歳女子大生)、只今絶賛薄く短い人生の走馬灯を眺めている真っ最中。
事故に遭った瞬間の人間には一瞬のことが何秒にも何分にも感じられるアレってやつ。まさにその状態。
こんなこと本当にあるんだなって多少感動すらしてる。
おまけに、そうなってる原因までそのたとえ話と一緒だっていうんだから笑えるわよね。いや、笑えねえな。
そう、つまりは事故に遭ってる真っ最中ってことでもあるわけ。
まあ、事故っていっても一番ポピュラーな交通事故じゃない、階段から滑って落っこちようとしてる最中な感じ。
しかも、真正面からならまだ手を突けば助かる可能性もあるけど、何とも不運なことに背中から落ちてんのよね。さらに運の悪いことに体勢も崩れてるから受け身も取れそうにない。
そこへ更に重ねて極めつけの不運が、いま落ちようとしている階段が家や建物の短い階段じゃなくて、バカみたいに長くて急な神社の石段の途中ってこと。
つまり、このままだと十中八九、固い石段に何度も全身を打ち付けながら結構な距離をふもとまで勢い良く転がり落ちて"私"は死ぬ。死に様としては中々可哀想な部類に入るだろう。
何でこんなことになったんだか。
私は今まさに自分が死にかけているというのに、奇妙なくらい冷静な気分でそれを思い返してみる。
とはいえ、思い出すのにそこまで労力はいらない。
ここは神社の石段の下り。ということは、参拝の帰りということ。
そこで運悪くズルっと足を滑らせてしまったというわけだ。
それも石段を駆け下りていたのが原因なので、誰かのせいにも出来ない。まったくの自業自得、自己完結的な事故だ。誰も巻き込んでいないのはせめてもの救いかもしれないけれど……。
そうそう、何で石段を駆け下りていたかについても思い出しておこうか。
けどなあ……だって、百日も連続でこの神社へ参拝に通ってたんだもん。そりゃ、ちょっとは慣れとか油断とか出てきて、走りたくもなっちゃうじゃん。
ああ、そうなると次は何で百日も連続で同じ神社に参拝してたんだってことになるよね。
まあ、別に大した理由でもないんだけど……あのさ、『百度参り』って知ってる?
同じ神社に百回連続、毎日お参りして一つのことを願い続けると、叶う可能性が高くなるってやつ。いわゆる民間信仰の類いなんだけど。
それをやってたのよ。いやー、大変だったわ。
雨の日も風の日も、一日も休むことなく毎日、それを百回連続だもんね。
おかげで、運動の習慣のない典型的な文化系オタクである自分の肉体も見違える程に鍛え上げられてしまったもの。今じゃ家からこの近所にある神社への道のり、本殿までの石段上り下り含めた全行程、走りながらこなしているくらいだ。
まあ、それが悪かったんだけどね……。
そして、おまけに今日がその最終日、百日目だったというのに。
よりにもよって、丁度その日に足を滑らせるもんかね。
このツキのなさには自分でもほとほと呆れかえってしまうくらいだ。
……はぁ……。
私は嘆息し、何倍にも引き延ばされた一瞬の中を通り過ぎていく景色をぼんやり眺めながら思う。
百日間、毎日休まずこうして参拝してまで叶って欲しかった自分の願望。
さっきお参りを終えた時には、ようやくそれが叶ってくれるような予感がしていたというのに。
現実はこのザマだ。願いが叶ったのかどうか、確認も出来ずに自分は死ぬ。
そして、丁度そんなことを思っていたタイミングで、自分の幼少期から今現在までの人生をスライドショーしてくれていた走馬灯もようやくその願望に関わる部分へと差し掛かっていた。
何の変哲もない、薄っぺらい"私"の人生の中で一番濃厚にして、何よりも正気を失っていた時期。
とある『乙女ゲーム』に身も心も捧げ尽くす勢いでハマりこんでいた時間。
いや、より正確に言うのであれば、そのゲームの中のたった一人のキャラクターに惚れ込んで、ほとんど熱烈な恋をしているような状態になってしまっていた記憶。
そして、それこそが私の、『百度参り』なんてことをしてまで叶えたかった願望の根幹。
私が恋をしたのは、『カトレア・ヴィオレッタ・フォンテーヌ・ド・ラ・オルキデ』。
その乙女ゲームの中の攻略対象の男性キャラクターでも何でもない、主人公とライバル関係にある女性キャラクター。
そして、私が『百度参り』で願っていたのは、そんなライバルキャラクターである彼女と主人公が結ばれる"未来"だった。
カクヨムですでに最後まで書き上がっている分を毎日一話ずつ投稿していこうと予定しております。ストーリーに大きな変更点はありませんが、こちらでも気長にお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。