歓迎
「~~♪ ~♪」
軽快な歌声が聞こえてきてゆっくりと意識が浮上する。どことなく優しさを感じられるその歌声に、あんなことがあった後だというのに安心感が生まれてくる。なんとなく歌の聞こえる方へ目を向けてみると、頭の両側でまとめられた髪を揺らして、肩から掛けてある水筒を片手で抑えながら歌を歌っている、なぜかメイド服を身にまとった小柄な女の子がいた。
「~~♪! ~♪――あっ……」
そのあまりに現実感のない光景に理解が追い付かず目を離せないでいると、何かに気が付いたように振り向いた拍子に目が合ってしまった。気まずい。向こうも向こうで固まったまま動く気配がない。
「え、えっと……」
「――ぇあ、あの、せ、刹那さん呼んできます!」
さすがに耐えきれなくなって話しかけようとしたのだが、逃げるように走り去っていってしまった。その去り行く一瞬、本当に怯えているような眼をしていたのが見えて心に少し傷を負った。
気分を変えようと、なんとなく部屋の中に目を向けてみる。木を積み上げたような壁や、大きめの窓に掛かっているカーテン、そして窓の外で流れている穏やかな川が目に入り、本当に逃げられた、生きていられたのだと実感が沸き上がってくる。さっきの女の子がいた辺りには包帯やタオルなどが置いてあり、どうやら手当てをしてくれた上に今まで世話をしてくれていたらしい。
「――っ! そうだ、愛璃は……っ!?」
そこまで来てようやく思考が正常になってきて一緒に逃げたはずの幼なじみの姿が見えないことに思い至る。しかし、すぐにでも探しに行かなければと体を起こそうとして体中に激痛が走り、再び布団の上に倒れこむ。
さっきの女の子に聞けばよかったと後悔が湧いてくるが、そんなことをしている場合ではないと全身を奮い立てる。そして少しでも動けば襲い掛かってくる激痛に耐えながら愛璃を探そうとベッドから這い出し――。
「おいおい、そんな体でどこに行くんだ? まさか、死にたいわけじゃないだろ」
上半身が這い出したところで扉の開く音とともにそんな声が上から降ってくる。痛みを堪えて顔を上げてみると、肩までかかるほどの赤みがかった茶髪の、ラフな格好をしたクールな雰囲気の女性が呆れた表情でドアノブに手をかけたまま見下ろしていた。その後ろには隠れるようにして先ほどの女の子もいる。
そうして状況を整理していると、その女性が面倒くさそうに大きなため息を一つ吐き、左腕をおもむろに掴み上げると、元の体勢になるようにベッドの上に放り投げられる。
「っぁああ痛い痛い痛い!? な、何すんだよ!」
「刹那さん!? けが人に何してるんですか!」
「せっかく手当てが上手くいったっぽいのに勝手に動こうとしてたみたいだからな。まぁなんかあっても必要な犠牲なんだ。覚えとくといい、しずく」
「不必要に増やさないでください!」
強烈な痛みに悶えていると、後ろに隠れていた女の子がすぐに駆け寄ってきて間に入ってくる。そして慣れた感じで言い合いを始めたのだが、どうにも聞き逃せない言葉が聞こえた。
「っい、今、っぽいって言ったよな? 上手くいったっぽいってどういうことだよ」
「ん? 私は医者でもなんでもないからな。治ればラッキーぐらいでいい感じに縫ったんだ」
「こえぇよ! なんでそんな奴がやって――っ……!」
「あんまり叫ぶと傷口が開くぞ? それに安心しろ。私はボタンぐらいなら縫えるんだ」
自慢げに腰に手を当ててそんなことを言われても何一つ安心できる要素がない。むしろすぐに傷口が開くんじゃないかと不安が高まっただけだった。せめてもの訴えとして恨めし気な目を向けてみるが、残念ながらその訴えが届くどころかむしろ口角を上げ、好戦的にも見える表情でもって返されてしまう。
「そんな顔するなよ。過程はどうあれ、私は君の命の恩人には変わりないんだからな?」
「それは……そう、だな。助かったよ」
冗談めかしてそんなことを言われて、しかしそれもその通りだと思いなおして素直に感謝を口にする。
一気に心もとなくなった傷跡に手を当て、そこにあった糸の異物感に寒気を覚える。あまりにも現実感のなさすぎる経験だったせいか、夢だったのかもしれないとあるはずのない可能性も頭の片隅で思い描いていた。しかし、こうも動かぬ証拠があってはそんな現実逃避もできなくなる。目の前で人が撃ち殺されていたのも、突然現れた暴走する化け物たちも、現実だったのだ。
「……まぁ、いいさ。それで? なんで抜け出そうとしてたんだ?」
「それは……っ、そうだ愛璃は、俺と一緒に流されてきた女の子がいなかったか!?」
「落ち着けって、ったく……」
再び起き上がろうとしたところを押さえつけられ、隣のしずくと呼んでいた少女に一つ目配せをする。それが合図だったのか隣の部屋に向かうと、数秒も経たないうちにすぐに戻ってきた。その横にはケガをしたのかあちこちに痛々しい包帯や絆創膏が付けられているものの無事に生きている愛璃の姿があった。
「愛璃! お前も無事だったんだな!」
「っ……琉生……」
随分久しぶりに感じる再会に心からの安堵の言葉をかけるが、愛璃の目元に徐々に涙が溜まっていく。何かかける言葉を間違えてしまったのか、それともまだ怪我が痛むのかと心配になってオロオロしていると、突然愛璃がこちらに駆け寄ってきて強く抱き寄せられる。
「あぃだだだだ! 愛璃!? 愛璃さん!」
「馬鹿! どこが無事なの!? ずっと、一週間も起きなかったんだよ! 私、琉生が、死んじゃうかもって……!」
胸に頭を押し付けて号泣しながら叫ぶように訴えられる。一週間。まさかそんなに経っていたと思わなかったとはいえ、安易に言葉をかけてしまったかもしれないと今の愛璃を見て思う。
「……ごめん」
「馬鹿……馬鹿……!」
「ほら、そのへんにしとけ。まだ完治してないんだからな」
心配をかけたことにか、愛璃の気持ちを慮らず安易な言葉をかけたことにか、自然と謝罪の言葉が口をつく。ずっと抱き着いて泣いていた愛璃もようやく引きはがされ、痛みだけが残るが、これも心配をかけていた罰なのだと受け入れる。
「さて、熱々カップルの痴話喧嘩もひと段落したところで、改めていろいろと聞きたいことがあるんだが……。その前に、お互いのことを何も知らないままでは不便だろうし自己紹介でもしようか」
いろいろと突っ込みたい部分のあるセリフを言いながら、隣の部屋にあった椅子を持ってきてそれに腰掛ける。しずくと呼ばれていた少女も呆れたような表情でため息をついてそれに腰掛けているので、これが通常運転なのだろうと諦めて話を聞く体勢になる。まだ泣き止んではいないものの徐々に落ち着きを取り戻している愛璃も、いつの間にかベッドの隅に腰掛けていた。
「それじゃあまず、私は國立刹那だ。とある集団でリーダーをしている」
「えっと、私は叢雲しずくといいます。今は刹那さんと一緒に活動をしています。それと、その、この服は刹那さんに着せられているだけで、私はメイドというわけではなくて……」
足を組みながら、堂々と名乗る刹那さんとは対照的に、「よろしくお願いします」と後ろに付け加えて丁寧に頭を下げてしずくが名乗る。服装も相まってその奇麗な所作が際立ち、本当にメイドをしているのではないかと勘繰ってしまう。
「俺は守光琉生だ。それで――」
「ああ、愛璃とは一週間前にもうやったよ。それで、まぁ聞きたいこととは言ってもある程度の事情は既に愛璃から聞いているんだよ。とある施設に一年以上いたことも、そこから逃げてきたこともね」
「……それなら、俺に聞くことなんてないんじゃないのか?」
愛璃とはあそこにいた時間のほとんどを一緒にいたし、その愛璃から話を聞いているのなら自分から新たに言うことはないという意味を込めてそう返す。しかし、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって緊張感すら感じるような真剣な目つきでもって返されて思わず息をのむ。
「琉生、君はあの施設で何が行われているのか知ってるだろ? 分かっているかもしれないがあそこは本能、超能力のようなものを研究している施設だ。そして、あれと同じような施設はあれだけじゃない。全国に存在している。」
「なっ……」
「それを知ったうえで、だ。君は、あの施設に対する恨みはあるか? あそこで囚われている子たちを何とかしたいと思うか?」
問われて、真っ先に思い浮かんだのは夢のことだった。一緒に逃げ出すことが叶わず、今どうなっているのかわからない。助けられるのであれば助けに行きたい。
「……勿論、俺が何かできるのなら何とかしたい。連れてこれなかった子がいるんだ」
「そういってくれると信じていたよ。そこで、一つ提案がある。私たちの目的はその施設をつぶし、そこで捕まっている子たちを助けることだ。もし君さえよければ私たちと行動する気はないか?」
真剣な眼差しでそう問われる。目的は同じ、自分一人で行動するよりも上手くいく可能性は間違いなく高くなるだろう。ふと愛璃の方に目をやると、目元を泣き腫らしてどことなく不安げな顔をしている愛璃と目が合った。自分が行くと言えば愛璃も一緒に戦うことになるだろう。これ以上、危険な目に合わせるわけには……。
「琉生……私は、行きたい。もちろん怖いけど行きたいの。でも、琉生が行かないっていうなら私も諦める」
「愛璃とはもう話してある。あとは、君の意志一つだ」
その目線で言いたいことが察されてしまったのか先手を打たれてしまう。唯一の懸念であった愛璃が行きたいと言うのだ。心配事はなくならないが、もはや選択肢は一つだった。
「……わかった、俺も行く。これからよろしく頼む」
「わぁ! やった! 刹那さん、一気に二人も増えまし――あっ、す、すみません……」
ずっと膝の上で手を握り、祈るように目をつぶっていたのが視界の隅に映っていたのだが、その返答を聞いたとたんに小柄な体を跳ねさせて刹那さんに飛びついて喜びを露わにする。しかし途中で恥ずかしくなったのかしおしおと座りなおして小さくなってしまった。
気づけばさっきまでの緊張感が完全に霧散し、とても真面目に顔を突き合わせる気にはなれず、気まずそうに苦笑いしている刹那さんと目が合う。
「まぁ……なんだ、私も仲間が増えてうれしい限りだよ。それじゃ、改めて――」
そういって一区切りつけるように音を立てて立ち上がり、右手を差し出してくる。すぐにその意味を察して右手を差し出して握手に応じようとしたのだが、横になったままではあと少し届かない。すると、刹那さんが先に差し出していたはずの右手をゆっくりと振りかぶり、思いっきりこちらの右手に振り下ろしてとても人体から出るとは思えないほどの破裂音を響かせた。
「いっ……!?」
「ようこそ、『緋縅の椿』へ」
手に強烈なしびれを感じながら、満足そうな笑顔とともにそんな歓迎の言葉をかけられた。




