高く遠く狭い
「ぅぁあ!! が、ああぁ!!」
二度、三度と繰り返し銃声が響き渡る。痛みに転げまわっているにもかかわらず、急所を外して少しずつ痛めつけるように的確に発砲し、辺りにあふれ出した血が広がっていく。
「た……助、け……」
もはや息も絶え絶えとなって叫びも抵抗しようともしなくなったその男の子と目が合う。そしてかすかに聞こえるくらいの声で何かを呟いた。それが助けを求める声だと気が付いたとき、再び銃声が響いて脳天を貫いた。
「ふぅ……。さて」
ちょっとした一仕事を終えたくらいの気軽さでそう漏らすと、わざとらしく音を立てて弾を入れ替えてさっきまで目の前の男の子に殺意を向けていた銃口を今度はこちらに向けてくる。今度は自分の番なのかと思わず身構えるが、いつまで経っても一向に撃ってくる気配がない。
「っ……な、なんのつもりだ! お前は何がしたいんだよ!?」
「……はぁ、まだだめね」
期待外れだとでもいうようにため息交じりに呟き、腕を下ろす。その動作で一瞬だけこの空間の緊張が解けた気がして、油断をしてしまった。
「がっ、は……」
「気を抜いちゃだめよ、まだ終わってないんだから」
一度だけ、瞬きをしただけだった。その一瞬でいつの間にか下ろしたはずの腕を再び構え、気が付いたときには腹部を撃たれていた。
腹から、血があふれ出してくる。止めなければととっさに手を当てて、急速にとてつもない吐き気とともに何かがこみあげてくるのを感じてそれを吐き出す。目の前に、血だまりが広がっていく。
ゆっくりと顔を上げると、銃口は未だにこちらに向けられていた。頭のどこかで自分には縁のないものだと、まだ遠いものだと決めつけていた死が、急速に近づいて目の前に広がっていっているのを嫌でも感じずにはいられなかった。
「ふふっ、やっとその表情が見られたわ。大丈夫、最後まで生きていられたら全部治してあげるわ」
こんな状況でありながらも、今にもスキップを踏み始めそうなほど楽しそうにそんなことを言われて、この場にいる全員がこいつに命を握られているのだと気づいて背筋が凍る。何より、子供を一人自分の手で殺したことを何とも思っていないようなその感覚が恐ろしかった。
「そうそう、何がしたいのか、だったわね。何も知らないのは可哀そうだから教えてあげてもいいんだけど……」
「……」
「その前に琉生くんが持つかしら? 無理そうなら進めちゃっても――」
「ひっ……」
「ま……待て……!」
大仰なそぶりでわざとらしく二人目、未莉に銃口を突きつけ、先ほどの惨劇が脳内で再生される。再び吐血しそうな衝動を抑えて何とか声を上げる。それを最初から期待していたのか、目を細めてこちらに向けてくる。
「何かしら?」
「教えろ、よ……」
「……ふふっ、ま、いいわよ」
再び銃が下ろされ、安堵からかすすり泣き始めてしまった。しかし、さっきのこともあって油断はできない。また不意打ちをしてくる可能性もある。それにこの会話も時間稼ぎにしかならないことはわかってはいる。
「私はね、あなたたちにトラウマを植え付けたいのよ」
「……トラウマ?」
「そうよ。特に琉生くん、あなたは素質が高いの。トラウマから身を守る、私たちが本能と呼んでいる異能を発現させる素質が、ね」
言っていることはいまいち理解できていない。狂人の妄言かもしれない、とも思った。ただ一つわかったことは、人が死んでいく様を俺に見せつけることがこいつの目的である、ということだった。
「なんで、俺が……」
「別に素質さえ持っているなら誰でもよかったのよ。でも理由をつけるとすればそうね……運命、とかかしらね?」
自分がこの場で圧倒的に優位であるという慢心からか、大げさな身振り手ぶりを交えながら恍惚とした表情でそう語り始める。
「本能は人間にようやく訪れた進化なのよ。それなのに、きっかけがなければ素質があっても発現せずに終わってしまう。そんなのはもったいないと思わない?」
「だからって……こんなことが許されるわけがない……!」
「こんなことって、こういうことかしら」
再び銃声が響く。未莉の左肩が撃たれ、その反動で目隠しに付けられていた布が外れ上体が投げ出されている。目をそらさないようにしていたはずなのに構えるところも、撃とうとした素振りすらもわからなかった。
「あああぁぁ!! 痛い! 痛いぃ!」
「うるさいわよ」
「ひっ……!」
泣き叫び、少しでも距離を取ろうとしていたところに、もう一度発砲され、全身を震わせて怯え切ってしまっている。しかし、照準は間違いなく頭に向けられていて自分に向けられているわけでもないのに確実な殺意を嫌でも感じ取ってしまう。
「や、やだ……やめて……」
「お、おい! なんで撃った」
「そんなに慌てなくてもすぐには殺さないわよ。それとも琉生くんが代わる?」
「っ……!」
流れるような動きで銃口を向けられ、思わず身構える。さっき撃たれた痛みが、目の前で殺されていった映像が、頭の中に流れてきて、恐怖に息が荒くなって鼓動が早まっていくのを感じる。
さっきの脅しとは違う、今にも撃たれるのではないかと思うほどの気迫に、何か言わなければと思っていたはずなのに、考えていた言葉が頭の隅に追いやられて行ってしまう。
「強情ねぇ……やっぱりもっと追い込まないとだめなのかしら」
「や、やだ……やだやだやだ……!」
またもや向きを変えて未莉へと銃を向ける。
「二人目」
「や、やぁぁああ!」
ゆっくりと引き金に指をかけ、未莉へ向けた三度目の銃声が再び響いた。
「やだ……誰か、助けてよ……」
しかし、その凶弾は未莉には届かなかった。否、正確には届いてはいたのだが、それによって害が及ぶことがなかった。
銃弾は未莉の直前で止まり、空中で完全に制止している。よく見ると、未莉の周囲に薄い膜のようなものが張られており、銃弾はそれにぶつかって止まっていたようだった。
「い、今……何が……」
「あら、発現したらラッキーくらいに思っていたのだけど……仕方ないわね」
諦めたようにそういうと、今度は夢にその銃口を向ける。しかし、夢の隣にはいつの間にか結人が居て、その拘束を外そうとしているところだった。
その姿を見て一瞬で結人へ銃を向けると、ためらいなく急所へ向けて三発、発砲する。
「……なんで、ここにいるのかしら」
銃弾を入れ替えながら血まみれで倒れている結人を見てそうこぼす。さっきまでとは態度が一転して、機嫌が悪くなったことを隠そうともしていない。
しかし、夢の拘束を解くことには成功していたようで、目隠しとして付けられていた布を外し、目の前で倒れている結人を見て言葉を失っている。
「……え? ユウ、くん……なんで……?」
「その子が邪魔するのが悪いのよ。もう、予定がずれちゃうじゃない!」
ヒステリック気味にそう叫んで、弾を入れ替えた銃を再度夢に向ける。しかし、それに怯えるどころか、目元に涙を湛えてまっすぐに女医の方を見ている。
「先生……なんで……? なんで、また夢を一人にするの……? なんで……!」
「……っ!」
理性を失っているのか、錯乱して叫ぶ夢のすぐそばから再び結人が現れて突撃を仕掛ける。しかし、それを冷静に見極めて的確に急所を打ち抜くと、霧散していった。夢はすぐにその傍へと駆け寄り、体を抱きとめる。
「ユウくん! また……ユウくんが……また……?」
「……すでに発現してたのね。あーもう! ほんとに今日は何も予定通りにいかないわ!」
霧散していく体を抱きしめながら、フッと一瞬目の光が消える。意識が途切れてしまったのかと思ったが、それを見て髪をかき乱しながらヒステリックに叫び出口へと早足で向かう女医を見て何かただならない様子を感じ取る。
「……また……そっ、か……ユウくん、は……。ぁ、ぁぁ……ぁぁあああ!!」
夢が叫んだ瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。誰かに投げ出されたのか全身に痛みを感じ、顔を上げると男の子が一人、こちらに笑顔を向けていた。その次の瞬間、男の子の真上に何かが落ちてくる影が見えて、映像が途切れる。
「っはぁ、はぁっ……!」
「舞彩ちゃん! 未莉ちゃん連れてきて! この部屋から離れるわよ!」
今のは何だったのか、それを考えるより先に指示を出す叫び声が聞こえてくる。何が起きるのかは分からないが、逃げた方がいいらしい。しかし、思うように体が動いてくれない。その間にも舞彩が未莉を抱えて走っていき、ちょうど扉が開き始める。
「うおっ!? んだよ、またやりすぎたか?」
「あんた何しに来たのよ! 馬鹿言ってないで離れるわよ!」
「はぁ? せっかくこいつ連れてきたのによ」
外側から、丁度誰かが入ってくるところだったようだった。その粗野な言動の男の傍らには、ぐったりしてしまっている愛璃がいた。
「愛璃!」
「……琉生? 琉生……!」
「うおっ!? っくそ! お前――」
「今行ったら死ぬわよ!」
とっさに叫ぶと、愛璃は男の手を振りほどいてこちらへ駆け寄ってくる。すぐに男も追いかけようとしたようだが、そこに一喝が飛んできて足を止める。そしてこちらを睨みつけると悔しそうに舌打ちをしてそのまま姿が見えなくなった。
「愛璃、無事だったのか!」
「私より自分の心配してよ! 何があったの!? それに、夢ちゃんも……」
「あぁぁぁあああ!! やだ、違う! そんなわけない! ユウくんは! ユウくんは……!!」
「俺にもわからん! でも、なんかやばいかもしれない……!」
周りが見えなくなっているのか、髪を振り乱して叫び続ける。愛璃が宥めに行こうと立ち上がったがいつもの夢とは違う、何か異様な雰囲気を感じてすぐに腕を引いて止める。何をするのかといった表情で振り返るが、直感を信じたその判断は正しかった。
未だ叫び続けている夢の周囲から、無数の結人のような顔をしたおとぎ話に出てくるような騎士と化け物たちが現れてくる。そして部屋のあちこちで戦っているのか、ただ暴れているのかわからないほどに無茶苦茶に武器や腕を振り回して建物を破壊している。
「な、なに……なんなの、これ……」
「愛璃! 危ない!」
動揺して立ちすくんでしまった愛璃のすぐ横に、いつの間にか近づいていた化け物がその腕を振り下ろそうとする。とっさに体を伸ばし、愛璃を引っ張ってかばうように覆いかぶさるが、その上から容赦のない思い一撃が襲い掛かる。
「かっ……は……」
ミシミシと骨のきしむ音が聞こえ、口から息が漏れてほぼ同時に血があふれてくる。視界がかすみんで意識が飛びそうになるが、今度は横から思い一撃が飛んできて何かにぶつかり、その痛みで無理やり現実に戻される。それで化け物は満足したのか、再び部屋の破壊を始めた。
「愛……璃……、無事、か……?」
「ぇほっ……わ、私は大丈夫……。でも、琉生が……きゃっ!」
頭を上げて愛璃の無事を確認すると、愛璃も同時に起き上がるところだった。大丈夫、といいながらもどこかケガをしたのか、這ってこちらに近づいてくるが、そのすぐ傍を瓦礫が勢いよく通過する。愛璃の後ろに目をやると、既に部屋のあちこちにひびが入り、一部の床や壁は陥没している。
「ユウくん……? ユウくんは……どこ……?」
「夢ちゃん! 落ち着いて!」
「やぁぁ!!」
目の光を失い、何かを探しているようなそぶりを見せる夢に向かって愛璃が呼び掛けるが、聞く耳を持たないどころか、叫び声をあげてかき消そうとする。さらに、それに呼応するようにして周りの攻撃も激しさを増していく。
「愛璃、離れるなよ……!」
残った力を振り絞り、飛び交う瓦礫や攻撃から愛璃をかばう。時折体に当たる石の感覚を味わいながら、いつまで続くのかもわからない時間を耐える。
「琉生、あそこ!」
しかし、その時間もそう長くは続かなかった。愛璃の指さした方へと目を向けると、壁の一部に穴が開いて光が漏れていた。
「……あそこから逃げられるかもしれない。愛璃、動けるか?」
「ぅ……うん、大丈夫……」
互いに肩を支え、壁伝いに光に向けて歩を進める。途中、夢の様子を確認してみるが、正気に戻りそうな様子はなく、泣き叫び続けていた。このままこの場所にいるよりも、可能ならば連れていきたいとも考えたのだが、攻撃はさらに激しさを増していて近づこうにも近づけない。しかし、今唯一見える逃げ道ををみすみす逃すわけにもいかなかった。
そして、ようやく光の漏れている場所にたどり着いたが、そこから見える景色を見てお互いに言葉を失う。
「琉生……こ、これ……」
「……っ、これは……」
そこの穴は間違いなく外に繋がってはいた。繋がってはいたのだが、それ以上踏み出すことをためらうには十分なほど高さのある断崖絶壁だった。下の方には川が流れているものの、今の状態で飛び込んで生きていられるかは分からない。
後ろを振り返り、他に手はないか考える。他に逃げ場はなく、あったとしてもここと大差ないか、室内に繋がる道だろう。もう一度捕まれば今度こそここから逃げるすべはなくなるだろう。
もう一度、正面に向き直って下に目を向ける。自分は高所恐怖症ではないと思っていたつもりだったのだが、この局面に立って足がすくんでしまう。
「……愛璃、目閉じて絶対離すなよ」
「ほ、本気!? こ、こんな……っ……!」
下を覗いて泣きそうな声を出す愛璃を、今出せる力を振り絞って左腕で抱き寄せる。それに応えるようにして背中に回された腕は震えており、もはやどちらのものなのかもわからない激しい鼓動が緊張感を高める。
飛び込まなければ、と覚悟を決めたつもりだったのだが一歩が踏み出せない。時間が経てばたつほど恐怖は倍増していき、すぐに飛び込めなかったことを後悔すらしそうになる。
「――――!!」
そうして躊躇っていると、背後から凄まじい威圧感を感じる。頭だけで振り返ると、声は出ていないものの、新たに現れた一際巨大な化け物が雄たけびを上げたようだった。聞こえていないというのに、その圧だけで全身がビリビリとしびれるような恐怖を覚えて、あいつは危険だと瞬時に脳が警鐘を鳴らし、目が離れない。
それだけで済んで、他のと同じようにその辺で戦っていてくれればよかったのだが、ばっちりと目が合ってしまった。そしてまっすぐにこちらに向かって突進を始める。
「――っ愛璃! 行くぞ!」
「……!」
情けないかもしれないがそれによって後がなくなったことが最後の一押しとなり、愛璃の声にならない声を聞きながら眼下に見える川に向けて身を投げる。一瞬の浮遊感の後、重力に従って加速しながら川との距離が凄まじい勢いで無くなっていく。
壁から突き出る岩が、横向きに生える木がすぐ真横を高速で何度も何度も通過していく。目算で数十メートルほどとはいえ、そこを落ちている時間はとてつもなく長いものに感じられた。
あと少し、と考えた直後、背中に強烈な衝撃を受け、もはやどれほど残っているのかもわからない血液が体のあちこちから溢れてくる。そして全身を包む冷たい感触を味わいながら意識を手放した。




