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押し問答

「戦いに行くなって……どういう意味だよ」

「どうって、そのまんまの意味だよ? だから琉生君は部屋に戻ってゆっくりと休むように!」


 納得できないということが伝わるように語気を強めてそう聞きなおすが、なんてことないようにさらっと流されてしまった。そしてそれ以上はこちらの抵抗を聞き入れる気がないのかテーブルの上に並んでいたコップや皿を片付け始めている。


「……そんなことしてる場合じゃないんだよ。もう動けるようになったんだからすぐにでも戻って――」

「戻って、どうするの? また勝てもしない相手と戦って大けがしてここに帰ってくるの?」

「なっ……!」


 どうにかして理解してもらおうと言葉を重ねるが、それすらも手を止めることもこちらに目を向けることもなく遮られてしまう。そのあんまりな言い様に落ち着き始めた怒りが再燃しそうになるが、ここで当たっては紫雨の思うつぼのような気がして、静かに一呼吸おいてどうにかそれを鎮めさせる。だが、そんなこととは知ってか知らずか紫雨は続けて口を開く。


「正直ね、私たちは戦わないことを選んでここにいるわけだから琉生君みたいな人の気持ちが理解できないんだ。本能なんていう人間離れした力を隠して普通に生活できる方法があるっていうのにわざわざ危険な道を選ぶなんてさ」

「それは……誰だって研究所のやってることを知れば、それをどうにかできるかもしれない方法を持ってるなら何とかしたいって思うだろ!」

「琉生君が知ってるようなことなら私も当然知ってるよ。それを踏まえた上で自分の命の方が大事だっていってるんだよ」


 どこまで行っても平行線。繰り広げられるのはどうしようもない押し問答だった。お互いにとって肝心な部分が食い違っていてはもうそれ以上はどうしようもなかった。そんな話し合いをしている最中でも紫雨はこちらを一瞥しようともせずコンロの火をつけ、お茶を入れる用意をし始めている。それが話し合いをする気もないのではないかと思わずにはいられなかった。


「……もう、いい」

「あれ、どこに行くの? ちゃんと休んでないとダメだってば」

「刹那さんたちを探しに行く。まだそんなに時間も経ってないし、探しようはあるはずだ」

「それはわかってるよ。だからどこに行くのって聞いてるの」

「だから――!」


 どこ、と言われても外に行く以外にないだろうと言い返そうとして、少しづつ違和感に気が付く。外に出るはずの扉、さっきまではまっすぐそこに向かっていたはずなのにどこを見てもそれが見当たらない。出口のない店なんてものがあるわけがないと一階の全体を見渡すが、扉どころか窓すら、さっきまであったはずの外に出られるようなものがどこにも見当たらなくなっていた。


「私だってただの意地悪でやってるわけじゃないんだよ? 理解できないなりにサポートする気はあるんだし、刹那から琉生君をここに残らせるって聞いたときには本人がまだ戦いたいなら戻らせてあげてもいいかなって思ってたんだから」

「刹那さんが……いやでも、それだったら俺はまだ戦う意思があるんだよ、だから……!」

「でもね琉生君、さっき明香君の本能のことを教えたときの反応を見て考えが変わったよ。ねぇ琉生君、明香君の本能のことを聞いて、どう思った?」


 明香の本能……。ケガを治療できるというその本能のことを聞いてそんなものがあるのならもっと有利に戦えると、羅奈や庸太のような相手がまた来たとしても負けることもないし愛璃の復讐を果たすこともできるんじゃないかと――


「――便利だなーって思ったでしょ?」

「っ……それ、は……」


 はっきりとそう思ったわけではなかったが、結論を言ってしまえばその一言に尽きた。そう思っていたということよりも言い当てられたということに一瞬たじろいでしまった。そして視界の端に映っていた明香に意識が向き、見ればその表情はひどく暗くなっていた。そしてそう思っていたことが明香に対して深く傷つけてしまうようなことだったのだと気が付く。


「本能はね、確かにそれ自体は便利なものもあるかもしれない。ただ、それを使うためには思い出したくもないことを無理やり思い出して苦しい思いをしないといけないんだよ」


 愛璃の苦しんでいた姿を間近で見ていて、それはわかっていたつもりだった。ただ、半年という時間の中で本能を使いこなせる人しか周りに居なかったせいか、そんな根本的な事すらいつの間にか忘れてしまっていた。


「……でも、それでも俺はまだあそこに戻らないといけないんだよ。戦いに、行かないと……」

「何が琉生君をそうまでさせるんだろうね。一応言っておくけど、何があっても今の琉生君を戻らせる気はないからね。私たちはこれ以上戦いに巻き込まれたくはないんだよ」

「お前は……今どれだけの人があの研究所のせいで苦しんでるのか、それをわかってて……」

「もちろんわかってるよ。琉生君のその考えは立派だし、それを誇ってもいいとも思う。でも残念だけど私はそんな顔も知らない他人のことまで気にするほど善人でもないし、その余裕もないんだよ」


 冷たく、突き放すような言葉だった。わかっているのなら、知っているのなら助けたいと思うのが普通ではないのかと、どこか常識のように思っていたその考えを真っ向から否定されたようなそんな気持ちだった。


「さぁ、わかったのなら戻った戻った! そろそろ開店準備もしないといけないからね、幸いにも考える時間はいっぱいあるんだからこれからどうしたいのかゆっくり考えることだ!」


 返す言葉に詰まっていると、それを察したのか階段の上を指さしながら追い払うようなジェスチャーをされる。その言葉を皮切りに明香もパタパタと歩きずらそうにしながらその手伝いを始めていた。まだ色々と言いたいこともあったが、今は大人しく引き返した。

 そして気が付けばさっきまでなくなっていたはずの扉や窓も元に戻っていた。これも紫雨によるものだったのだろうが、もうどこかへ逃げようとする気も起きないだろうと思われて戻ったのだろうか。だが、実際に今は刹那さんたちの後を追いかけにどこかへ行こうとは思えなかった。

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