検査
「琉生、起きて。琉生~」
「……ぅぁあ~起きた、起きたよ……」
呼びかけられながらぺしぺしと頬を叩かれるのを感じて目が覚める。薄く目を開くと、ベッドの横からどこか上の空な愛璃がのぞき込みながら、返事が聞こえていなかったのか未だに頬を叩き続けていた。
「起きたって。愛璃、起きたからもうやめろって」
「……あ、ごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた」
手で軽く払ってそれを制すると、全く申し訳なさそうにいいながらようやくやめてくれた。そのまま今度はベッドの縁に腰掛け、軽く部屋の中を見回しながら話し始める。
「ここ、どこなんだろ。これからずっとここで暮らすことになるのかな」
「まぁ、仕方ないだろ。まだ義務教育も終わってないんだから、働きたくてもどこも雇ってくれないだろうしな」
「……そう、だよね」
そういって部屋の中に一つだけある窓の方を向いて黄昏れてしまった。昨日からいろいろなことが起こりすぎたのだから、まだ受け止め切れていないのだろう。
「……愛璃、大丈夫か?」
「……どうだろ。自分でもよくわかんないや」
「えへへ」とどう見ても大丈夫とは思えない笑顔を向けられる。何か安心させられるような気の利いたことを言いたかったが、愛璃の感情のわからない今はその笑顔を受け入れるしかなかった。
そうして話していると、扉の方からガタガタと扉を開けようとする音が聞こえてくる。そして、白衣を着たひょろ長い男が一人、部屋の中に入ってきた。
「あー……起きてるか、起きてるな。一人寝てるが……まあ、いいか。じゃあお前ら二人、ベッドの下にある服に着替えて着いてこい」
気怠そうに扉に寄りかかりながら、ぶっきらぼうにそれだけをいうとさっさと閉めていってしまった。あまりに突然のことに驚いて愛璃と顔を見合わせていると、「早くしろぉ」と扉の向こうから急かされる。
「えっ……と……ど、どうするの、琉生?」
「……まぁ、行くしかないだろ」
「そ、そうだよね。……その、いいっていうまでこっち向かないでよ?」
ベッドの下には収納がついており、そこを開けるとただただ真っ白なこと以外に取り立てて特徴のない服がいくつも入っていた。その中の一つを取り出して着替え愛璃の「終わったよ」という声を合図に二人で扉へ向かう。
その直前、夢の様子を見てみると、顔に涙の痕が残っているものの、すぐ隣には結人も眠っていた。夜の間のことは昨日の恐怖が見せた夢の出来事だったのではないかと思いそうになるほど、普通の少女にしか見えなかった。
「おー……やっと来たか。もうちっとで寝るとこだったぞ。ほら、着いてこい」
そう言ってフラフラとした足取り、というか実際に心配になるくらいに左右にフラフラと揺れながらさっさと行ってしまうので、愛璃の手を引いてその後を追う。
しばらく歩いていくと、研究施設と呼ばれていたのも納得するようなそれらしい設備が行ったり来たりする通路を通って、診察室のような場所へと連れてこられた。そこにはまたも同じような白衣に身を包んだ見るからに女医という風貌の人物が、恐らく同じように連れてこられたらしい子供の診察をしていた。
「おーい、連れてきたぞー」
「あら、やっときたのね。あんまり遅いからまた倒れたんじゃないかって心配してたところだったのよ?」
「そいつは有り難いね。じゃあ俺は心配かけねぇようにあと半日は寝ることにするよ」
「ダメに決まってるでしょ! ついでだからあんたも残っていきなさい。診てあげるから」
「いらねぇ。あんたと一緒にいると寒気で余計に風邪引いちまうよ」
そんなやりとりを交わした後、俺たちを連れてきた男はまたもフラフラとどこかへ去って行った。よくわからないが、あの男が一番医者が必要なんじゃないのか。
「もう! 心配してあげてるってのに……。さて、あなたたちが例の子たちね」
「例の……?」
「そうよ? 地底人の子が二人いるってちょっとした話題になってたんだから」
何やらどこかで伝わり方に誤解があったようだが、クリスマス前の子供にも負けないようなキラキラした目で見つめられてしまい、何も言い返せなかった。
「まぁお話はこれくらいにして……じゃあ、順番に診ていきましょうか」
そういうと手際よく全身を診察され、数十分と経たないうちにほぼ全ての診断が終わったようだった。
「うーん……二人とも特に目立った外傷もなし、ね。運がいいのねー。ひどい子だと腕とか目とかがなくなっちゃった子もいたのよ?」
「ひっ!?」
さらっと言われた内容に愛璃が短い悲鳴を上げて背中に隠れてしまった。本人も脅かすつもりは全くなかったのか、慌てて取り繕うとしている。
「ごめんなさいね、つい……。次が終われば部屋に戻っていいから、もう少し我慢してね?」
最後、といってこれまた手際よく少し血を採ると、「すぐに終わるから」といって奥の方へ消えていってしまった。手持ち無沙汰になって待っていると、新たに四人の子供たちが入ってくる。
「なんなのよここは! あんなことがあったばっかなのに、急にこんなダサい服着させられて『こっちじゃなかった~』とかいって何十分も連れ回されて……!」
「心奈ちゃん、おちついてぇ……!」
入ってくるやいなやその中の一人の少女がそう言い捨て、隣の大人しそうな若干泣き目の少女になだめられている。ここに来るまでに何があったのかは分からないが、言葉から読み取るとどうやら道に迷っていたらしく、確かに全員疲れている様子だった。
「終わったわよー……ってあら、まだ終わってない子がいたの? 案内の人はどうしたの?」
「……案内をしてくれていた方が、道に迷っていたらしく、地図だけ渡されてどこかに行きました」
「……そう、大変だったわね。少しそっちのベッドの辺りで休んでていいわよ」
女医の質問に、眼鏡を掛けた真面目そうな男の子が答える。若干、息も切らしながらの返答に、その苦労が窺えた。
「さて、あなたたち二人の初回の検査はこれで終了よ。二人とも凄く優秀だったから何も問題ないわね。何かあれば誰かが呼びに行くから部屋に戻ってゆっくりしていていいわよ」
『優秀』とは何のことだろうかと疑問に思ったが、そのことを聞くよりも先に背中を押されてその部屋を出ると、来たときとはまた違う男が立っており、その先導で元の部屋へと戻った。




