潰える希望
ゆっくり休め、とは言われたが体感ではあの戦いからまだ数時間しか経っていないように思えるし疲れも特に感じてはいない。せいぜい軽く体が怠いくらいだし、このまま横になっているだけというのも暇で仕方なかった。
それに、やることがないとあのときの愛璃の表情が、もっと俺が何かしていれば未来は変わっていたんじゃないかという後悔がふつふつと沸き上がってきてまるで休まる気がしない。
「……だめだ」
その後悔は忘れようと思って忘れてしまえるようなものでもないし、かといって三か月も寝たきりだった今の自分の体で何ができるとも思えない。それでも今は少しでも体を動かして気を紛らわそうとベッドから起き上がってドアに手をかける。
部屋から出るとそこは人が丁度すれ違えるくらいの広さの廊下になっていて、部屋を出て正面の突き当りに一部屋と左側に二部屋、そしてその二部屋の反対側、丁度中間くらいの位置に下へと降りる階段がついていた。階段は途中で折り返す形になっていて下の様子は見えないものの、誰かが話している声がかすかに聞こえてくる。その声に引き寄せられるように手すりに手を当てながら降りていく。
「――でもあれは……っと、お寝坊さんが起きてきたね! ゆっくり休めた?」
ある程度降りて行ったところで一階で話していた人物がこちらに気が付いて頭に響いてくるほどの明るい声をかけてくる。だが、そのやけに明るい声よりなによりもどう考えても異質なその恰好に目を奪われて足を止めてしまった。
「……忍者?」
「おぉ! わかる!? わかってくれるかこの姿! そうさ、私は忍者なのさ!」
どう見てもくノ一としか思えないような服装をしたその人を見て思わずつぶやくと、気づかれたことがよほど嬉しかったのか机を叩いて勢いよく立ち上がり、一回転して全身を見せびらかすと決めポーズをしてみせた。その動きはとても忍者のものとは思えない。
「……忍者なわけないし」
「何を言うんだ明香! 現に彼もそう認めてくれてたろ?」
「絶対認めたわけじゃないし。その見た目ならだれでもそういうし」
そしてその隣、忍者と一緒に話をしていた相手はさっき悪態をついてしまった少女だった。その少女はちらりとこちらに一瞬だけ目を向けたが、すぐにバツが悪そうに目をそらされてしまった。
「ん? 明香君と琉生君は今日が初対面だと思ってたんだけど……さっそく喧嘩かな!?」
「それは……」
「……別に、私は悪くないし」
明らかに不審なその挙動に当然の疑問を投げかけられ、なんと言うべきかと悩んでいると少女が不貞腐れたようにそう吐き捨てた。そのセリフにさっきまで抱いていた怒りが再燃しそうになるが、相手は子供なのだと思い直して気持ちを落ち着かせる。
「うーん……? 明香君がそういうときは何かあるときなんだよねー?」
「ほ、本当に違うし! だってあれは……!」
「いや待ってくれ、さっきのは俺が悪かったんだ。急に色々入ってきて、冷静じゃなかった」
「ほら! あいつもそういってるし!」
「だから、さっきは当たって悪かった。いくら事情があるとはいえこんな子供に……」
「子供じゃないし!!」
今度は少女の方が机を勢いよく叩いて立ち上がる。そこにはさっきまでの比ではないくらいの怒りが見て取れて、しかしその怒りの理由が理解できずに続きの言葉が飛んでしまった。子供じゃないといっても見た目は丁度小学生くらいで、むしろどこを見れば子供じゃないと思えるのか不思議なくらいだった。助けを求めようと忍者の方に視線を向けると、子供といったことに対して大爆笑していてまるで頼りにならなかった。
「こ、子供……アッハッハッハ! やっぱりそう見えるんだって!」
「笑ってんじゃないし! お前も子供とかいうな! 私はもう十七だし!」
「じゅ、十七!?」
まさかの年上だった。寝ていた時間が微妙に長かったせいで時期の感覚がおかしくなっているが、二つは年上だ。だというのにこの見た目って……。
直接知らされてもまだ信じ切ることができず、思わず全身を凝視してしまう。その視線がさらに不快感を煽ってしまったようで、忍者に文句を言いながら地団太を踏んで不機嫌だとアピールしている。その姿はやはり子供にしか見えない。
「ヒーッ、ヒーッ……いやぁ、笑わせてもらった。刹那からなにも聞いてないんだね? そういえば自己紹介もまだだったっけ。私は早乙女紫雨そしてこっちが――」
「鏑矢明香。私、お前のこと嫌いだし」
「そしてここは喫茶『忍』という店で、本能を持っていて戦う意思のない人、そしてケガをしたり戦闘不能になった人が来る場所だよ。まぁ私たちはいわゆる救護班とか衛生兵とかそんなものだね」
忍者――紫雨が明香の言葉に困ったように眉根を歪ませながらそう説明する。そういえばいつだか刹那さんが戦いたくない人の保護もするというようなことも言っていたがここがそうだったのか。
「ちなみにだけど、君の怪我を直してくれたのは明香君だよ」
「怪我……そういえば……?」
「おぉ、大胆だ!」
あの戦いで切られていたはずだと思い出して服をまくって怪我のあるはずの場所を確認する。その際に紫雨がキャーといってわざとらしい声を上げたがそれを無視する。そして鉈を受けた場所を見るとそこにはケガがないどころか傷痕すら何一つ残ってはいなかった。
「……一体どうやってこんな」
「私の本能だし」
「本能……本能でケガを治療することができるのか?」
「だからそういってるし。何回も説明させるなし」
「それは……でも、それなら……」
ケガを治すなんてことまでできるのかと思わず驚いて聞きなおしたが、思い出してみれば自分の体を再生するような奴と戦ってここにいるんだった。それでも他人のケガを治せるような人が味方にいるというのはこれ以上に心強いことはない。これなら生きてさえいれば今すぐにでも雪辱を、愛璃の復讐を果たすことが――
「あ、それと言い忘れてたんだけど、琉生君はもう戦いに行っちゃだめだから」
「……え?」
――できる、と思ったその瞬間、見いだせたはずの希望が絶たれてしまった。




