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継承

「三ヶ月……?」

「そうだ。あの日、君が意識を失ってから三ヶ月経った」


 見知らぬ部屋のベッドの上で、いつかと同じように横に座った刹那さんからそう伝えられる。正直、すぐに信じることはできなかった。だが、真面目な顔でそう話す刹那さんと安心しきったように泣いているしずく、目に涙を湛えながら怒っているような千紗とそれを宥めている碧、そしてまるで知らない部屋の窓から見える景色は丁度季節一つ分が飛んで春になりかけていたことから信じざるを得なかった。


「……愛璃、は……愛璃は、どうなったんだ……?」


 まだぼんやりとしている頭に最初に浮かんできたのは愛璃のことだった。あのときに致命傷を負って、その後も夢……かどうかは分からないが、そこでも出会った。もう戻れないと言っていた言葉の意味を、理解できなかったわけではないがこうして戻ってきたのなら自分で確かめなければその現実を受け止められなかった。

 しかしその問いを発した直後、全員の表情が曇る。それでもまだ頭のどこかで騙そうとしてわざと暗い顔をしているのではないかと、どこかから何もなかったかのように現れてくれるのではないかと思わずにはいられない。そして全員が口を閉ざす中、刹那さんがゆっくりと口を開いた。


「愛璃は……あの戦いの後、君たち二人が飲み込まれた影が晴れたときにはもう……死んでいたよ」

「……そう、か……」

「だが君だけでも生きていてよかった。正直もう目覚めないんじゃないかと思っていたからな」

「……何が、よかったんだよ……愛璃が死んだっていうのに!」


 現実であると理解して、次に湧き上がってきたのは怒りだった。あの時、自分がもっと強ければ、愛璃に頼り切ったような戦い方をせず、一人で対処しきることができていたならば、こんなことにはならなかったんじゃないかと思わずにはいられない。

 刹那さんに当たるのは間違っているとはわかっている。だが、そんな暗い感情を抑えきれずに誰彼構わず吐き出してしまうくらいには目の前で愛璃一人守りきることができずに殺されてしまったというその現実は重くのしかかっていた。


「……女々しいし」

「は?」


 聞き覚えのない呆れたような声が聞こえ、思わずその八つ当たりの矛先をそちらに向けてしまう。そこには和服を身にまとい、その服に合うよう髪を結んでいる見た目小学生くらいの小さい少女が立っていた。その少女は怒りに身を任せて睨みつけるとビクッと体を強張らせて刹那さんの背中に隠れ、顔を半分だけ出してこちらを睨み返している。


「何が女々しいって?」

「な、なんだし! 別にホントのこと言っただけなんだからそんなに睨むなし!」

「お前に俺の何がわかるんだよ! 愛璃が死んでたって聞かされた俺の何が!」

「そ、そんなのわかるわけないし……わかりたくもないし……!」

「だったら! そんな軽々しく入ってこようとするなよ!」


 こちらの叫び一つ一つに怯えるように体を竦ませていたその子は、最後に突き放すようにそう言うと逃げるように部屋から飛び出していってしまった。こんな子供相手に、とは思いながらも抑えきれない感情が声に出てしまい、それだけ今は参っているんだと自分の行動を頭の中で正当化する。そうでもしないといられなかった。


「琉生、さっきのは私の言い方が悪かった。急にこんなこと聞いてすぐに立ち直れるわけがないとは思っていたんだが……」

「……いや、俺もどうかしてた。あんな小さい子に当たるなんて……」

「あー……それは……まぁ、それは後でもいいか。それで、そんな状況になっているところ悪いんだが……もう一つ確かめておきたいことがあるんだ」


 ようやく冷静さを取り戻し始めて、今度はさっきまでの行動に対する後悔がやってくる。刹那さんが何かを言いかけて何かを取り出し始めるが、それすらも今はどうでもいいことのように思えた。その取り出したものを見るまでは。


「っ……それは……」

「愛璃が使っていたナイフだ。わざわざ言わなくてもわかってるとは思うけどな」

「……それを、どうするんだ。何を確かめようっていうんだよ」

「色々といいたいこともあると思うが、とりあえず今はこれに触ってみてくれないか?」


 言いたいこと、の中にどこまでが含まれているのかは分からないが、そう言ってナイフを差し出してくるその真剣な表情には悪意があるようにも思えないが、なぜかそのナイフに触れることに対して恐怖心を感じていた。それでもその行動には意味があるのだろうと考えて大人しく差し出されたナイフを受け取る。

 その瞬間、頭の中で映像が流れ始める。またか、とも思ったが今回のはそれだけではなかった。まるで自分がそのときに実体験していたかのようにナイフで心臓を何度も刺し貫く感触が、熱が、音が、生々しく伝わってきておぞましいほどの恐怖に全身が支配されて行く。


「うああぁぁぁっ!!?」


 気が付けば恐怖から叫び声を上げながらそのナイフを床に投げ捨てていた。息は荒々しく乱れていて、目の前の誰かを刺した手は自分でも信じられないくらいに震えていた。そして今にもその恐怖から逃げ出したい、逃げなければいけないと脳内でけたたましく警鐘が鳴り響く。


「る……琉生、あんたそれ……!」

「はぁっ……はぁっ……は……?」


 ようやく恐怖に支配されている中から正気を取り戻し始め、千紗の指さす先を見るとそこには蠢いている自分の影があった。それはこの半年間でよく見かけていた光景ではあるが、今となっては見ることができないはずの物でもあった。


「こ、れは……なんで、俺が……」

「……まさかとは思っていたが、やっぱりそうか」


 少しづつ落ち着いていくにつれてその影の動きも徐々に静まっていき、やがて完全に元の物言わぬただの影に戻った。確かにあの戦いのときにも愛璃と繋がっているような、愛璃の本能が体になじんできているような感覚があったが、あれは愛璃が生きていてそれが何かの奇跡、そう奇跡としか言えないような何かで一時的に使えていただけだと思っていた。だというのに今目の前で起きたこれは何なんだ。


「刹那さん、これは一体どういうことなんだよ!?」

「私も初めて見たからさっぱりなんだが、そうとしか言えないというか……琉生、君は愛璃の本能とトラウマを……なんだ、継承したとでもいうべきだろうな」

「継承……だって……?」

「ナイフに触れたとき、君は何を見て何を感じたんだ?」


 言われて自分の身に起きた事を振り返る。思い出そうとすることにすら恐怖を覚えそうになるが、それを抑えて思い返す。考えて、一つの結論に至る。


「……多分、愛璃の記憶を見たんだと思う。本能を最初に発現した時の記憶を」

「その記憶を見るっていうのは今までにもあったことなのか?」

「そんなこと……」


 あるわけがないと言いかけたが、いくつか思い当たる記憶があった。研究所から逃げ出すとき、千紗を介抱していたとき、羅奈と戦っているときの三回、自分の物ではないはずの記憶が再生された瞬間があった。


「……あった。でもここまで鮮明に感覚まで伝わってくるようなのは愛璃のだけだ」

「そうか……ちなみに誰のを見たのか、聞いても大丈夫か?」

「夢……研究所に居たときの子と、羅奈と……千紗だ」

「は……私……?」


 まさか自分の名前が出るとは思わなかったのか千紗が驚いたように声を上げる。そういえばあのときの千紗はお酒のせいで倒れて眠っていた。そのせいで記憶がないのか。


「千紗の、か……それはどんな内容だったんだ?」

「ま、待ちなさいよ! まさかここで全員に聞かせるつもりじゃないでしょうね!?」

「なんだダメか? その方が色々と早く済みそうなんだが……」

「ダメに決まってるじゃない! それがどんなのかは知らないけどホントに私の記憶だったら嫌よ! 琉生、まず私にだけ何を見たのか教えなさい!」


 刹那さんに聞かれてそのまま答えようとしたところを当の千紗に遮られる。そして隅の方へと押しやられると、耳を寄せてきて小声で伝えるように促される。本人が嫌というのならわざわざ逆らう理由もないのであの時に見たものを思い出しながら伝える。全て言い終えると不愉快そうに顔をゆがめて元の場所に戻っていった。


「……で、どうだったんだ?」

「私が本能を最初に発現した時の記憶と全く同じ内容だったわ……もう、二度と思い出したくもなかった記憶とね」

「そうか……決まりだな。琉生、君は何らかの条件下で本能を持っている相手の、発現した時の記憶を見ることができる。そして何らかの条件が揃うとそれを継承できる、ということだ。それが君の本能だったということだろうね」


 刹那さんがそう結論を下す。今までのことをまとめるとそうとしか考えられないが、にわかには信じがたい事実だった。発現していないわけではなく、他の人で言うトリガーが足りていなかったせいで扱えていなかっただけだったということなのだろう。だが……


「まぁ一番重要なその条件が全くわかってはいないということではあるんだがな」


 そういうことでもあった。それさえわかるのならば相手の本能やトリガーがわかるという情報に加えてその本能さえも自分のものにできる可能性があったというのに。


「とりあえず今日は無事に目覚めたところも見れたことだし、琉生もまだ心労が酷いだろうから私らはお(いとま)するよ。こんな街中じゃ研究所のやつらも襲っては来ないはずだからゆっくり休むといい」


 そういうと刹那さんはそこに居た全員を連れて部屋から出て行った。ずっと眠っていたせいで久しぶりに会ったという感覚はなかったが、こうして一気に人が居なくなると無性に寂しさと愛璃が本当に居なくなったのだという喪失感が同時に襲い掛かってくる。床にはまだ血の落ち切っていないナイフが転がっていた。

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