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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
27/30

夢の跡

ここは……どこだ……?


 方向感覚すらなくなるほどの何も見えない真っ暗な闇の中、先の方から少しづつ体が溶けていくような奇妙な感覚に包まれている。さっきまで何をしていたのか、なぜここにいるのか、わかっているはずなのに何も思い出せない。だが、今はそれでもいいような気がしてくる。それだけこの溶けていくような感覚が心地よかった。

 胸の辺りから何かが欠けて落ちる。それと同時に今目の前で起こったはずのひどく悲しい記憶がこぼれ落ちていく。なんだったのかはぼんやりとしか思い出せないが、絶対に手放してはいけないという焦燥感が募ってくる。

 必死に手を伸ばし、沈んでいくそれを追いかける。だが、まとわりつくような暗闇が行く手を阻み、少しづつ距離は縮まっていくもののそれよりも先に記憶が薄れて行ってしまう。もはやなぜ追いかけているのかもわからないが、そうしなければいけないのだという使命感だけで動き続ける。あと少しで届きそうだというのに、わずかに届かない。あと、少しで――


――――。


 消える、と思った瞬間に背中を誰かに押される。そのわずかな距離のおかげで、いつの間にか小石ほどの大きさまで小さくなってしまった欠片に指先が触れる。すると体に吸い込まれて行くようにすっと消えてしまった。そして溶けていったはずの記憶が少しづつ元に戻ってくる。


「……こんなところにいる場合じゃない」


 そうだ、まだ羅奈と戦闘中だったはずだ。こんなところにいつまでもいるわけにはいかない。早く元の場所に戻らなければ。けど、いったいどうやって戻ればいい。

 どこを見ても暗闇で、その先に何かがあるようにも見えない。せめてわかりやすい出口でもあればよかったのだが、そんなものも見当たらない。こうなれば運よく出られることを信じて歩き続けるしかない、そう思って一歩踏み出そうとした瞬間、後ろから来た何かに追い越される。周りの暗闇よりも少しだけ明るい見覚えのある人影だった。


『こっちだよ』


 振り返ってそれだけを言うと、出口がわかっているのかまっすぐに一点へ向かって歩き始めるので、まとわりつく影を振り払いながらその後をついて歩いていく。あまりの歩きにくさに文句の一つも言いたくなるが、大人しく歩き続けていると小さな光がさしているのが見えてくる。あれが出口だろうか。


「あそこに行けばいいのか?」

『うん、あそこから戻れるよ』


 光を指さして尋ねると、こくりと頷きながらそう答えた。ならばとそこに向かって歩き始めるが、人影が動き出す様子がない。それどころかじっとこちらを見つめたままで、まるで去っていくのを待っているかのようだった。


「一緒に来ないのか?」

『……私はもう、戻れないから』

「……そうか」


 悲しそうにつぶやく人影が、表情も見えないのに不思議と無理に笑っているような気がした。これ以上は聞いても困らせてしまうだけだと思って光に向かって真っすぐ歩き出す。近づいていくにつれて少しづつ視界が晴れ、身動きも取りやすくなっていく。そうしてとうとう光の目前までやってくる。だが、まだここから出てはいけないような気がして最後に後ろを振り返る。


『あ……』


 暗闇がほとんど晴れたその空間に、さっきまで一緒にいたはずの人影が、愛情がただ一人で立っていた。大粒の涙を溢れさせながら、それでもこちらが振り向いたのを見て遅すぎる笑顔を無理に作って見送ろうとしている。


「愛璃……?」

『こっちに戻っちゃダメ!』


 一緒にここから出ようと、連れてくるために戻ろうとしたところをその愛璃に止められる。なぜ、止めるのか。わからない。分からないが、愛璃に会えるのはここが最後のような気がして、どうしても連れて行かなければいけないと思ってしまう。そしてもう一歩、踏み出そうとして足に何かが絡みついてその歩みを止められる。見れば、ほぼ消えかけの薄い影が足にまとわりついていた。そしてそれはすぐに霧散していく。


「なんでだよ……愛璃……?」

『私はもう、そっちには行けないから……だから……琉生とはここでお別れ。ほら、皆も呼んでるよ』


 そう言われて意識を向けると、遠くから誰かが呼び掛けてくるような音が聞こえてくる。この光の向こうの方からだ。だが、諦めたくはない。諦めたくはない……が、愛璃の方へと向かう脚が進まない。いつの間にか、光の方から近づいてきているようだった。これで、最後なのか。まだ何も話せてもいないのに。愛璃に向けて手を伸ばすが、むなしく宙を掻くだけだった。


『……琉生……バイバイ――』

「愛璃――……!」


 光に飲み込まれ、影の世界ごと愛璃を飲み込んで消えていく。伸ばした手は何もつかめないまま、体が弾き飛ばされるように高速で移動しているような感覚に襲われて意識が浮上していっているのを少しづつ自覚していく。さっきまで遠くに聞こえていた音も徐々にはっきりとした声となって聞こえてくる。


「――生! 琉生!! 起きてるなら返事しなさいよ! この……!」

「おい千紗待て! 一発一発が強すぎるって! 千紗がトドメ刺してどうするんだよ!」

「うるさい! 意識の確認はこれぐらい強くやんないとダメなのよ! だから早くそこどきなさい! そいつ起こせないでしょ!」


 声……何やらかなり揉めているようだった。恐る恐る目を開いてみると、こぶしを振り上げている千紗と、それを抑えようとしている碧の姿が見えた。そしてその二人の様子を見てわたわたしているしずくと目が合った。


「お……起きました! 千紗さん、碧さん! 琉生さんが起きましたよ!」


 ひどく騒がしい喧騒に包まれながら、見覚えのない部屋の中で目を覚ました。

今回で一章が終わりになります。よければこの下の方から評価等していただけると嬉しいです。

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