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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
24/30

奇襲

「キャハハハ! どうしたの!? さっきから必死に避けてばっかりじゃない!」

「くっそ……」


 目で追いかけるのがやっとな程の素早い動きと、そこから繰り出される両手に持った大鉈による連撃に苦戦を強いられていた。その上、ただでさえ動いていない敵にもまともに当たらないこちらの銃は構えたときにはすでに照準からは外れていて、まともにかすりすらしない。戦っているというよりは舞っているとでもいうべきその戦い方にすっかり翻弄されてしまっていた。

 しずくはすでに負傷している刹那さんを連れて退避しているし、頼れるとしたら愛璃の本能だが、それを使って相手の影から奇襲を仕掛けるにしても相手がここまで動き回っていてはそれができるのかどうかも分からない。せめて俺が銃を当てることさえできれば……。


「っ、ここっ!」

「キャハハ、また外れ! 今の避け方すごく画になってなかった!? やっぱあたしって何しても奇麗になっちゃうのね……! あなたもそう思うでしょ!?」

「生憎、俺にはそんなのわからねえよ!」


 もはや何回目なのかもわからない銃声がむなしく響く。弾はまだある。が、そもそも当たらなければ意味がない。下手な鉄砲も、とはいうが相手がそれ以上に避けるのが上手ければいくら撃っても当たらないのだと思い知らされる。


「可哀そうに……この奇麗さが理解できないなんて、いったいどんな貧相な価値観で育てばそんな――っ!」

「あぁっ! ごめん琉生、避けられちゃった!」


 大仰な身振り手振りで語っていた羅奈の足元へと移動していた愛璃がその足めがけてナイフを振り抜くが、それよりも一瞬早くその場を飛び退いて避けられてしまった。

 羅奈はすぐに反撃の体勢に入っていたが、その時にはすでに悔しそうな声を上げながらも近くにあったガレキの影からこちらまで退避してくる。


「……あーびっくりした。あんたのそのナイフ、飾りじゃなかったの?」

「そんなわけないでしょ! 私だって、戦うためにここにいる!」

「あっそう。ならいいことを教えてあげる。奇襲を仕掛けるなら一撃で、確実に仕留めなきゃいけないの。わかる? 狙うなら脚じゃなくて、()()、よ?」


 トントン、と右手で自らの左胸、心臓の位置を指し示す。背後からヒュッと愛璃の息をのむ音が聞こえてくる。一瞬、足元の影が蠢き立つが、すぐにそれも収まった。少しは戦うことができるようになったとはいえ、まだ愛璃はトラウマを克服も受け入れもできていない。やはりまだ愛璃が戦うには早すぎる。それは愛璃自身も含め、半年とはいえ一緒に暮らした全員がわかっているはずだ。


「キャハハハ! あーいい反応……! そう、それがあんたのトリガー? そのナイフで誰か殺したの? ねぇ教えてよ! 親? 兄弟? それとも……」

「……るさい」

「なに? はっきり喋りなよ!」

「うるさい! この、ブーーース!!」

「……は?」


 何を思ったのか、突然愛璃が罵倒の言葉を投げつける。しかし羅奈に対してのそれは効果てきめんだったようで、さっきまでの舞うような戦い方とはかけ離れた力任せの一撃が愛璃の居た場所に振り下ろされる。

 寸前で愛璃は本能を使って離れたようだったが、真横でそんな攻撃が繰り出され、全く対応できなかったこちらの身としてはまるで気が気じゃなかった。殺されたと錯覚すらしてしまっていた。

 だが、すぐ隣でそんな大振りを空ぶっている。そんな隙を今逃すわけにはいかない。すぐさまそのがら空きの胴体めがけて銃を構え直し、引き金を引く。


「っ、あぁあぁぁぁ!! 鬱陶しい!」


 再び銃声が響き、鮮血が舞う。しかし銃を放つ直前に身をひるがえされて急所を避けられ、腕を傷つけるのみに終わってしまった。ならばもう一発と構え直そうとしたところに無事な方の腕で薙ぎ払われ、とっさに後ろに飛び退かされてしまった。

 それでもともう一度銃を向けるが、さっきまで戦っていた場所には切り落とされた腕があるのみで、すでに羅奈は距離を取ってその場から離れてしまっていた。再度姿を見つけたときにはすでに再生が終わってしまった後だった。


「また……またあたしの奇麗で澄んだ清白な細腕を傷をつけた……二回もあたしをキズモノにした……あんた……絶対に――」

「この、トカゲ女! えっと、えっと……錦糸卵!」


 わなわなと震えて怒りを露わにしながらこちらに全力で向けられていた殺意が、ガレキに隠れながら叫ぶ愛璃の声で霧散していく。言いなれていないことがわかる意味のよくわからない罵倒ではあるが、それでもその行為自体が羅奈にとっては気に入らないようで、愛璃の方へと向き直る。


「……いいわ。あんたは後で殺してあげる。先にあのふざけた芋女から殺してやる!」


 言うが早いか武器を振り上げて愛璃の隠れているガレキの方へと強烈な一撃をぶつける。相変わらずの素早さだが、愛璃の本能相手では当てることもできないらしく、武器を振り回してすぐ近くのガレキを崩しながらすでにその場からいなくなっていた愛璃の姿を探している。


「ぁぁぁああ!! どこに行った!? 隠れ回ってないで出てきなさいよ!」

「……琉生、どうしようこれ」

「っ!? 愛璃、なんでここに……」

「ごめん、私がやっておいてあれなんだけど、どうすればいいか分からなくて……琉生なら何か思いつくかなって」


 その消えた愛璃はいつの間にか俺自身の足元にある影から現れていて、背中に隠れていた。羅奈はまだ気づいてはいないようだが、それも時間の問題だろう。ならば今ここで勝つ手段を見つけなければいけない。

 今、相手の狙いは愛璃だけだ。だが、だからといってこちらに全く注意を向けていないわけでもない。どれだけ隙だらけに見えても避けられてしまうか、さっきのように腕で受けられてしまうだろう。やるなら一撃で、確実にやらなければならない。


「俺が何かしたところで決め手にはならないと思う。だから、愛璃にとどめを任せることになる……愛璃、できそうか?」

「……やらないと、いけないから……今、ここでやれなきゃ、この先も何もできないと思うから。そんなのは嫌だから……大丈夫、できる」

「……そう、か」

「それで、どうするの?」

「俺がどうにかしてあいつの動きを止めるから、その隙にあいつを倒してくれ。いついけるのかも分からないから合図もないが、いけるか?」

「琉生となら合図なんてなくたって大丈夫。……多分ね」

「っ、そこかぁぁ!!」


 ついに愛璃を見つけられてしまい、羅奈がこちらに向かって突撃してくる。横に飛んでそれを避け、愛璃の姿を確認しようとしたが、すでにいなくなった後だった。だが、一体どれだけ暴れていたのかさっきまであったはずの近場のガレキが半分は壊され、隠れられそうな場所が減ってしまっていた。

 愛璃の本能がどの程度制限があるのかはわからないが、移動できる範囲も無制限ではないだろう。決めるのならば、急がなければいけない。今さっき居た場所に武器を振り下ろしている羅奈にもう一度銃を向ける。


「あんたも!」

「なっ……!?」

「しつこいのよ! そんなのがロクに効かないってもうわかってるでしょ!?」


 その瞬間、両手に持っていた武器の片方をこちらに向かって投げつけられ、撃つのを諦めてとっさに避けようとしたが、それも間に合わず胴体を浅く切り裂かれてその勢いのまま地面へと転がる。すぐに体勢を立て直そうとするが、それよりも早く羅奈が急接近し、目の前で残ったもう片方の武器を振り上げているのが目に入る。


「先にあんたから殺してあげようか!? あたしは別にどっちでもいいからさぁ!」

「くっそ……!」


 避けきれない。羅奈の叫び声を目の前で聞きながら不思議と頭は冷静にそんな判断を下していた。避けきれないのはわかっている。だが、ここでまだ死ぬわけにはいかない。振り下ろされる大鉈がひどく遅く感じ、それを防ごうと無意識に腕を伸ばし――その腕が羅奈に触れた瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。


「な……に……?」


 割れている鏡、傷だらけの腕、辺りに散らばっている小瓶、頭痛がしそうなほどの甲高い笑い声のようなものが延々と鳴り響き、羅奈の不思議そうな怯えるような声がひどく遠くで聞こえるような錯覚に陥る。


「――っ!? はぁっ……!? はぁっ……!! あんた……今、何したの……!?」


 ようやくその映像が途切れると、大きく後ろに飛び退いて頭を押さえながら苦しそうに息を荒げている羅奈の姿が目に入る。何をした、と聞かれても分からないとしかいいようがないが、隙ができているのは間違いない。今、ここで決めるしかない。そう考えて腰からフラッシュバンを一つ取り出し、目の前に放り投げる。


「これでも、食らえ!」

「は、今度は何を――っ!」


 爆音が鳴り響き、視界をまばゆい光が覆いつくす。その一瞬、羅奈の背後に巨大な影が出来上がる。一瞬でいい、羅奈がなにもできない時間さえ作り出すことができれば、あとは愛璃が決めてくれることを信じるだけだ。はっきりとは見えないが、うっすら目を開くと、羅奈の背後に人影が見えた。


「――どうせ、後ろでしょう!?」


 だが、それも予測されていたのか振り向きながら横一線に大鉈を振り抜き、羅奈の背後で立っていた人影を両断する。一気に血の気が引いていく。名前を呼ぼうとして、しかし声も出なかった。失敗……したのか……? 俺のせいで、愛璃が……。

 そう思った直後、両断された人影の下からもう一つの人影が現れる。そして、一瞬周囲の影が揺らめき、それもすぐに収まると、羅奈が地面へと倒れこむ。


「……琉生……やったよ……」


 ようやく視界が戻ると、血塗れのナイフを片手に持った愛璃と、その足元で胸から血を流して倒れている羅奈、そして真っ二つに両断された穴だらけのマネキンが転がっていた。

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