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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
23/30

分断

 両者が衝突し、その力はほぼ互角――そう思えたのはほんの一瞬だけだった。碧が肥大化した拳による単純な一撃を持ちこたえることができたのはほんの一瞬だけのことで、それ以上は持ちこたえることもできず展開した盾ごと建物まで弾き飛ばされてしまった。


「おい、力の差がわぁったなら大人しく俺らについてきやがれ。抵抗しないならこっちも何もする気ぁねぇんだ」


 そしてそれを他愛ないことであるとでもいうように今振り抜いた拳を戻しながら改めてそう提案する。暗にお前らも抵抗するのなら同じような目に合わせるとでも言っているのだろう。完全にあちらの方が力が上であると思っているとしか考えられないその発言に緊張が走るが、今の一合でも相当強いことはわかる。しかも、まだまだ余力を残しているようにも見える。

 そう考えていると、崩れ落ちた瓦礫の中から吹き飛ばされた碧がよろよろと起き上がる。すぐに起き上がれるだけでもさすがのタフネスさとしかいえないが、やはりその表情はかなり苦しそうに見えた。


「碧、大丈夫か!?」

「なんとか大丈夫だ……けど、あいつ相当強いぞ……!」


 目はまっすぐに庸太を睨みつけながらも、実際に攻撃を受けたからこその震えがまじったそのセリフは改めて敵の脅威が高いことを思い知らされる。あの肥大化した腕が本能によるものなのだろうが、この中でおそらく唯一真正面から近接戦闘のできる碧がこういうのだからあいつとまともにやり合っても勝てるとは思えない。それに、今戦う相手はあの一人だけではない。


「ほーら、もう勝てるわけがないんだからさ、早くあたしたちに大人しくついてきてくれなーい?」


 敵はもう一人、あの歪曲した大鉈のようなナイフを持っているからには近接で戦うタイプなのだろうが、まだどんな能力を持っているのかもわからない相手も残っている。しかも、自分は出る必要がないとでも思っているのか、武器は地面に置き、家の残骸に腰掛けて足をぶらつかせている。

 どちらか一人だけならば人数差もあるし、勝てなくはないだろう。だが、二人とも同じくらいの強さならば戦力を分散してしまって勝てるかどうか確証はない。どうにかして少しでも相手の戦力を削ぐには――


「……んだよ、まだ諦めてくれねぇのか? てめぇらが物分かりいいことを期待してたんだけどな」

「研究所にはいい思い出がないんだよ。そこに戻るくらいなら抵抗してやる」

「そうかよ。いいぜ、そんなのが何の意味もねぇって教えてやる。撃ってみろよ」


 胸の辺りに照準を合わせて銃を構え、さっき受けた提案の答えとする。しかし、動揺するどころか腕を構えて真っ向から受け止めるつもりらしい。それでも撃たせてくれるのならとじっくり狙いを定め、当たってくれと念を込めて引き金を引き、破裂音が響く。


「――は?」

「くそ、外した!」


 放たれた銃弾は、それを受け止めるべく腕を構えた庸太――その横を通り抜け、ほぼ真後ろで完全に油断しきっていたもう一人の敵、羅奈の上腕辺りに着弾する。

 不意を突くことには成功した。本当なら今の一撃で一人減らしたかったのだが、両手に持っていた武器の片方が使えなくなれば、それにあの怪我が残っていればまともに戦力にはならないはずで――


「……ぃ、やああぁぁあぁ!! ヤダヤダヤダヤダヤダキモイキモイキモイキモイ! 穴が、あたしの腕に穴がぁぁあああ!!」


 戦力にはならない、はずだった。一瞬遅れてその攻撃に気が付くと、半狂乱になりながら足元に置いてあった大鉈を無造作に掴み上げると、一切ためらうことなく撃たれた方の腕を肩口から切り落とした。


「な……!?」

「え、な、何してるんですか!?」


 その到底理解できない行動に動揺する声が聞こえてくる。普通に考えて少し傷がついたからといってその腕ごと切り落とすなんて考えられない。それも、相当慣れた動きで切り落としていたように見えた。普通、慣れるはずがないのに。

 そう思っていると、腕を切り落としたはずの断面から肉片がが蠢き出し、それが外へと伸びて集まっていくとそこから突然腕が生えてきた。生えてきた、としか言えない現象だった。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

「……嘘だろ」

「許せない許せない許せないぃ……あたしの美しく奇麗な玉肌を傷つけるとか……殺してやるぅぅ……」


 ブツブツと何かを呟きながら生えたばかりの腕でもう一本の鉈を拾い上げると、落ちるように急加速し、一瞬で接近される。咄嗟に後ろへ飛び退くが、奇妙な現象にあっけにとられていたこともあって想像以上に長い武器のリーチから逃げきることはできず、脚をわずかに切られてしまい、飛び退いた軌跡をなぞるように宙に鮮血が舞う。


「なんで逃げるのよぉ! あたしの肌に傷をつけたんだからあなたは殺されるべきでしょ!?」

「おい羅奈、ちっとは落ち着け。殺すのはだめっつってたろ」

「落ち着けるわけないでしょ!? 私に傷つけることがどれだけ許されないことなのか思い知らせないといけないの!」

「あー……めんどくせぇ……わぁったよ、半殺しだ。それ以上はやったら今度は俺らが殺されちまう」

「……ぁぁあもう! わかった! 半殺しまでならいいのね!」


 羅奈にとっては傷をつけられることがよほど許せないことなのか、自分が殺されるという可能性が出てきてようやくしぶしぶといった様子で話が終わる。それでもまだ納得がいっていないらしく、そのイライラをぶつけるかのように両手に武器を構えてこちらに向かってくる。

 正直、どう考えてもこの状況はまずい。相手の力量はあきらかにこちらよりも上で、一人に対して二人がかり、三人がかりで行っても勝てるかどうか怪しい。しかもダメージを与えたとしても再生されるときた。あまりにもふざけている。


「琉生! ぼーっとしてるなよ!」

「っ、悪い! 助かった!」


 ただでさえケガをして動きが鈍ってしまっている上、考え事に集中してしまって一瞬判断が遅れてしまう。辛うじてその攻撃を碧が受け止めてくれたことで事なきを得たが、腕を容易く落とすほどの切れ味と腕前を持っている奴が相手だ。もう油断は許されない。


「あぁぁうざったい! 庸太! こっちの盾の子抑えといてよ!」

「はいはい――一点集中!」

「っ――!!」


 しかしその直後、羅奈の背後から現れた庸太によって再び碧が弾き飛ばされてしまう。相手もこちらの練度が足りていないということはわかっている上での分断なのだろう。碧さえ居れば羅奈相手であれば勝機はあったかもしれないというのに、これでその道筋すら絶たれてしまった。


「んじゃぁ俺ぁあいつを抑えてくる。いいか、殺すんじゃねぇぞ?」

「わかってるって、早くあの子が戻ってくる前に行ってよ」

「……まぁ、いいけどよ」


 そう言ってこちらを一瞥してから碧の飛ばされた方へと走っていった。残されたのはしずくに愛璃、千紗、それに負傷している刹那さんだ。誰か一人、碧の方へと応援に行ってもらいたいが、刹那さんは動けるのかどうかわからないし、しずくと愛璃はどちらかといえば奇襲からの接近戦が得意な本能だ。庸太の能力は見た限りでは近接戦闘に完全に特化しているように思えた。ならば……


「……千紗」

「わかってるわよ。私はあの馬鹿の援護に行ってくるから、あんたらも負けないでよ」


 言うが早いか走っていく庸太の後を千紗が走って追っていく。何かしら妨害されるかと思ったが、意外にもあっさりと見逃される。向こうからすれば一人や二人変わったところで影響はないということなのだろう。それはそれでムカつきはするが。


「いいの? あたし相手に人数を裂かなくても?」

「あっちの方が脅威に見えたからな」

「そう? ところで、庸太はああ言ってたけど、半殺しじゃあたしの怒りは収まらないの、わかるでしょ? だから……一回くらい殺されてってよ!」

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