終わり
「おはよう二人とも……っと、随分激しい夜だったみたいだね? 顔にそんな痕までつけてるなんて」
翌日、いつも通りに演習場に向かうと、今朝理不尽にも千紗にビンタされたときの痕がまだ消えていないせいかこちらの顔を見て茶化すようにそう言われる。それが癪に障ったのか「チッ」と横から不満そうなのを隠そうともしない舌打ちが聞こえてくる。
「……色々言いたいことがあるのは俺の方なんだけどな」
「だからそれは悪かったわよ。さっきも言ったでしょ、夢見が悪かったせいでつい手が出ちゃったのよ」
「まぁ、いいけどさ……」
朝起きると枕元に泣いていた痕が残っていたので夢見が悪かったというのは本当なのだろう。だが、その一部始終を見ていた愛璃によると、つい手が出てしまったという感じではなく確実に倒しにかかっていたらしい。正直、あのとき愛璃が止めに入らなければもう何発かもらっていたと思う。
「痴話げんかはそれぐらいにしてそろそろ訓練を始めてくれ。あーそれと、琉生も本能を使う相手でも多少は戦えることがわかったし、今日からは千紗達と一緒にやっててくれ」
「やっててくれって……体術とか武器の練習とかどうすれば……」
「私はもう教えることは教えたんだ。後は実際に戦って身に着けてくれってことだ。それに、私にもやることがあるんだよ」
そう言うと必要なことは伝えたとばかりにさっさと演習場を後にし、もう姿も見えなくなってしまった。
最近、こうして長時間どこかへ行っている姿をよく見かける。刹那さんはまだしも、茂さんは数日から数週間もいないなんてのがざらにあった。昨日はどこかに補給に言ってるというのを聞いたが、それにしたって頻度が多すぎる。
「……いつまでボーっとしてるの? しずくも待ってるんだからさっさと行くわよ」
「刹那さんたち、最近外に行く頻度が高くないか?」
「何言ってるの?」
「いやちょっと気になっただけなんだ。俺たちが最初来た時はそんなことなかったと思ったからさ」
「そんなの当たり前でしょ? 本来なら私たちはもうここにはいないはずだったんだもの。あんたたちが来たから作戦が延期されて色々と足りなくなってるんだから」
語気を強めてイライラしているのを隠そうともせずにそう吐き捨てる。確か、途中で刹那さんが来たせいで遮られてしまったが昨日も似たようなことを言っていたような気がする。あのときはそれほど気にしていなかったが、千紗の様子を見ると相当重要なことだったように思える。
「その作戦って、俺や愛璃にも関係あることなのか?」
「本当にさっきから何言ってるの……? 関係あるに決まってるでしょ。半年前にあんたたちが来たせいで延期することになった研究所襲撃、それをもうすぐ決行するんだから」
「……は?」
「そのために茂のやつも情報収集に遠出してるし、刹那さんも色々と準備してるの。昨日の模擬戦だって本当に戦う力がついたかを見るためのものでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、まだ理解が追い付かない……!」
どういうことだ? ここの目的が俺と愛璃が半年前まで居た施設でもある研究所を打ち倒し、そこに囚われている子たちを助け出すことだというのはわかっていたが、それをもうすぐ決行するなんて重要なはずのことを全く聞かされていなかった。
最初から連れて行く気がなかったのなら半年も時間をかけた理由がわからない。味方であることを疑っているとしてもずっと監視しているようなこともなければ、千紗の様子から警戒するように周知されているわけでもない。なら一体なんでそんな重要なことを伝えられていなかったんだ?
「ちなみに、その作戦をいつ実行するとかって決まってるのか?」
「情報が集まり次第だから明確には決まってないけど……もしかして、本当に知らなかったの?」
千紗の問いかけに首肯を返す。まるで理解できないとでもいうように眉を顰められるが、こっちこそ状況が理解できない。その反応はまるで全員聞かされているはずとでもいうような……。
「まさか、他にも知らされてない人が居るんじゃないのか?」
「私としずく、それに碧はあんたたちが来た時点でしばらく遅れるって聞かされてたし、愛璃にも訓練が始まったばかりの頃に私が話したのを聞いてたと思うけど……」
「直接聞いたかどうかはわからない、と」
「そうなるわね」
もしそうなら意図的に俺と愛璃には伝えないようにしていたということになる。半年もあったし、その間に接触がなかったわけでもない。なんだったらほぼ毎日、訓練のほとんどの時間近くにいたはずなのにだ。
「刹那さん……」
ここ、緋縅の椿の責任者と自分で言っていたあの人が、その目的を達成するための作戦を何の理由もなく伝え忘れるとは考えられない。それに、以前過去を聞こうとしてはぐらかされたこともある。何かを隠そうとしているのは間違いない。それが何かはまだ分からないが、少なくともこの作戦にも関係があることなのだろう。
最悪なのは最初から味方ではないという可能性だが、怪しい部分こそあるものの自ら敵を育てるなんてことは普通では考えられない。だとしてもそれ以上に何が――
「全員、外に逃げろ!!」
その思案を遮るように、件の刹那さんの今まで聞いたことのないような鬼気迫る叫び声が地下に響き渡る。そして次の瞬間、凄まじい轟音が地上から鳴り響いた。




