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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
20/30

#N/A

「ったく……なんでこんなことしないといけないんだよ……」

「そういわないの。それにほら、千紗ちゃんも安心してるみたいだよ?」

「んぅぅ……ぇへへ……」


 全く起きる気配のない千紗を連れて、なんとか一番奥の千紗の部屋まで連れてくることができた。相変わらず一人分とは思えないほどの荷物の山の中を潜り抜けてベッドの上まで運び、そのまま帰ろうとしたのだが、なぜか千紗が服を掴んだまま離そうともしない上に無理にはがそうとすると悲しそうにするので、そこから離れられずにいた。

 愛璃はそんな千紗を微笑ましそうに眺めながらたまに頬を突っついたり手を握ってみたりしてその反応を楽しんでいる。


「いっつも強がってるけどさ、こうしてみると千紗ちゃんもやっぱり私たちと同じでまだ子供なんだよね」

「なんでそんな簡単にこの状況を受け入れられるんだよ。俺はまだこれが本当に千紗なのか疑ってるぞ」

「どう見ても千紗ちゃんでしょ? まぁ私もこんなに甘えん坊だったとは思わなかったけどさ」

「普段の姿を見てれば誰だって考えないだろ」


 確かに、愛璃の言う通りまだ子供なのだろう。いつもの強気な態度の千紗とこっちの怖いくらい甘えてくる千紗のどっちが本当の素なのかは分からないが、もしかしたら今まではこうして素直になる機会がなかっただけなのかもしれない。まぁそれでも今後は二度とお酒を近づけないでほしいが。

 そう考えながらも、ずっと愛璃に頬をつつかれて少し苦しそうな、くすぐったそうな声を上げている千紗の姿が目に入ってきていてそちらに意識が持っていかれてしまう。


「……それ、そんなに触り心地いいのか?」

「うん、すごい柔らかいよこれ。琉生もこんなことできる機会なんてないんだからちょっと触ってみたら?」

「……じゃあ、一回だけ――うおっ!?」


 あまりにもずっと触っているものだから気になってしまって、つい魔が差して頬に指を伸ばす。しかしあと少しで触れるという直前、突然顔がこちらを向いてあわや噛まれそうになった瞬間とっさに指を引っ込める。

 まさか起きてるのかと思ったが、もう一度愛璃がつついてもさっきまでと同じ反応が返ってくるだけで、服を離そうともしてくれていないのでまだ起きてはいないのだろう。それならともう一度指を近づけてみると、また噛みつかれそうになって慌てて指を引っ込める。


「なんで俺はダメなんだよ……!」

「私は触れるんだけどな……あ、あれじゃない? 好感度が足りてないんじゃない?」

「なんだよそれ……というか寝てても関係あるのかそれ」

「でも実際触らせてもらえてないし」


 そう言われると事実として今噛みつかれそうになっていたわけで、何も言い返せない。一度興味が沸いてしまっただけに、ここまで拒絶されてしまうと余計に気になって仕方がない。というか、だったらなんでこっちは離してくれないんだよ。

 若干の逆恨みも込めて今度は強めに引きはがそうとしてみると、絶対に離さないと言わんばかりにさらに強くつかまれてしまう。そして不満げに唸りながら寝言を呟く。


「やぁらぁ……はなさないれよ……おばあちゃん……」

「誰がおばあちゃんだよ、誰が」

「ふふっ……い、いいじゃん、琉生おばあちゃん」

「いいわけあるか。どの要素をとっても共通してる部分がないだろ」


 まさかの発言に愛璃が声を殺しながら笑いだす。どんな夢を見てるんだか知らないがひどい勘違いもあったもんだ。愛璃も笑ってないで助けてほしい。


「千紗ちゃんのおばあちゃん、琉生に似てるのかな」

「似てたとしたら若すぎるな。この話まだ掘り下げるのか?」

「ううん。でも、夢で見るほどってよっぽど好きなのかなって思ったらさ、また会えたらいいなって思ったの」

「それは……どうだろうな」


 少なくとも、本能を使えているということはそれなりに過去に事情を持っているということは間違いない。それがどんなものなのかは想像もつかないが、深く詮索する理由もない。いつか刹那さんに釘を刺されたことを思い出すが、あの時とは事情が違うし、自分から話さない限りは聞かない方がいいだろう。


「……私、もっと頑張る。欲しかったわけじゃないけど戦う力が手に入っちゃったし、千紗ちゃんにも鍛えてもらってるもん。全部は無理かもしれないけど、でも、これで助けられる人がいるなら助けたいから」

「……そうか」


 なんとなく、腰に付けている銃に手を伸ばす。今は弾も入ってはいないが、これで人が撃たれていくのを見た。あれほど恐ろしい光景は今まで見たことがない。だというのに俺にはその力が手に入らなかった。愛璃も、その瞬間の状況こそ知らないがあの場所でトラウマを植え付けられ、こうして原理もわからない強力な力を手に入れている。

 だが、一人で戦わせるわけにもいかない。今はその力がないかもしれないが、手に入れることができる環境には居る。欲を言えば本能が扱えればと思わなくもないが、手に入れられるものは可能な限り手に入れて――


「んぅぁ……!」

「っ……!? な、なんだ……!?」

「琉生? ねぇどうし――」


 銃に触れた瞬間、千紗が苦しそうな声を上げ、それと同時に強烈な頭痛に襲われる。愛璃が何か言いかけたようだがその音すら耳に入らない。

 その直後、頭の中に見たことのないはずの映像が流れる。全身を巡る激痛、視界の端で幾度となく通過していく何か、そして崩れ落ちる天井、無数の物が飛び交いそれに直撃して倒れこむ人達、何者かに踏みつぶされたかのように潰れている巨大な屋敷――


「――の!? ねぇ、琉生ってば!」

「……あ、あぁ……いや、大丈夫だ……」


 ようやくその映像が途切れ、愛璃の呼びかける声が聞こえてくる。そしてカタカタと何かが揺れるような音も同時に聞こえてきたがすぐに収まった。そして心配している愛璃に片手を上げることで問題ないと伝える。


「本当……? でも今すごい苦しそうにして……」

「ちょっと頭痛がしただけだ。多分、今日の模擬戦で飛ばされたときにぶつけたんだろ」

「そう……? でもそれでも結構まずいんじゃないの?」

「もう収まったから。それに、この状況じゃどっちにしろ動けないしな」


 そう言いながら千紗の方へ目を向けると、その目元には涙の伝ったような跡が残っていた。

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