夜明け前
「……どこだ、ここ」
目が覚めると、見覚えのない部屋のベッドに横になっていた。部屋の中は薄暗く、かすかに周りの様子がわかる程度で、時間を確認しようと部屋を見回すも、部屋の中には今まで使われていなかったような真っ白なベッドが三つぐらいしか見当たらず、あとは出入り口とその横の扉、恐らくトイレだろう。その程度のものしかなく、時計の類いは見当たらなかった。
「確か……いきなり街が燃えて、愛璃と一緒に逃げて……」
寝ぼけた頭を回転させてここに来るまでのことを思い出す。愛璃と一緒に逃げて、スーツを着た男の人に保護されて……。あの人はちょっとした研究施設とか言ってたな。ここがそうなのか? いや、今はそれより……。
向かい側のベッドに眠っている愛璃の方へと近づく。静かに寝息を立てているその様子を見てひとまずは安心したが、全く起きる様子がない。一日の間にいろいろなことが起こりすぎてよほど疲れがたまったのだろう。俺自身も未だに現実味がなく、本当は全部夢だったのではないかと思いそうにもなるが、今の状況が夢とは考えられず現実に引き戻される。
「ねぇ、何してるの?」
「っ!?」
考え事をしていると、もう一つのベッドの方からこちらを伺うような幼い声が聞こえてくる。そちらの方へ目をこらすと、十歳くらいの白髪の少女と、その背中に隠れるようにしてその少女と同じくらいの年頃の男の子の二人が体を半分だけ起こしてこちらを見ていた。
「……えっと、起こしちゃった?」
「うん。先生が起こしに来たのかなって思って起きちゃった」
「え? そ、そう? ごめんね?」
「いいよ。でも、その代わり一緒にお話ししない?」
「……そ、それくらいなら……」
「ほんと? やったぁ! あ、夢は桜夢で、ユウくんは桜結人っていいます」
「俺は守光琉生。それと、こっちで寝てるのは月影愛璃。よろしくね、夢ちゃん、結人くん」
「うん! よろしくね、琉生お兄ちゃん!」
話し相手になるとわかった途端、前のめりになってうれしそうな声を上げる。今まで夢ちゃんと同世代の子はいなかったのだろうか。そして、その間も結人くんは隠れるように控えたままで全く動く様子がなく、何か不気味な雰囲気を感じた。
「じゃあ、じゃあ、何のお話しする?」
「え、えーと。……好きなもの、とか」
「好きなもの? 夢はね、ぬいぐるみで遊ぶのが好き! けど、昨日ここに来たときに全部置いて来ちゃった……。でもね! これだけはちゃんと持ってこれたの!」
楽しそうに話し始めたと思えば、昨日のことを思い出したのか悲しそうに俯いてしまった。そして今度は、ポケットから何かを取り出してそれを自慢げに見せてくる。
「それは……懐中時計?」
「これはね、ユウくんとおそろいの時計でね、夢の一番大事なものなの!」
両手で抱えるようにして差し出されたそれを見てみると、暗くてよく見えないものの大切に扱われているだろうことが窺えたが、それだけに一部分が欠けてしまっていることが気になった。そして、一緒に入っていた写真には今よりも幼い二人が写っていて、特に結人くんが今とは別人のように楽しそうに笑っていた。
「えへへ……これがあるとユウくんが近くで守ってくれてる感じがするから、ずっと大事にしてるの」
「夢ちゃんと結人くんって兄妹なの?」
「うん! ユウくんは夢の双子のお兄ちゃんだよ! 夢の知らないこともいっぱい知ってるし、かっこいい自慢のお兄ちゃんなの!」
「そ、そうなんだ」
よほど結人くんのことが好きなのか、結人くんのことを話し始めると目を輝かせてさっきまでよりもさらに饒舌に話し始め、その勢いに若干気圧される。
「ほんとだよ? 何かあったら守ってくれるし、昨日だって、昨日……きのうは……」
「……夢ちゃん?」
かと思えば突然その勢いが止み、うつろな表情になって何かを探すようにキョロキョロと視線をせわしなく動かしている。もはやこちらのことは視界に入っていないのではないかと思うような動きだ。
「ユウ、くん……? ユウくんは……?」
「夢ちゃん? どうしたの? ユウくんならずっと後ろに……」
「いや! やめて、来ないで……!」
何か恐ろしいことを思い出してしまったのか、呼吸は荒く、体を震わせている。心配になって近寄ろうとするも幻覚のようなものが見えているのかおびえた様子で後ずさる。それでももう一歩近づくと、夢ちゃんとの間に、二人目の結人くんが立ち塞がった。
「っ!? なんだ、これ……!?」
結人くんは間違いなく夢ちゃんの後ろにずっといて、今もそこから動いていないにもかかわらず目の前に全く同じ見た目の人物がいる。今までに見たことも聞いたこともないような状況に思わず身がすくんで動けなくなってしまった。
「ユウくん……やだよ、ユウくん……!」
「……どう、すればいいんだ」
それから数十秒ほどたっていくらか冷静さを取り戻したが、ユウくんも夢ちゃんもそれ以上何か動きを見せる様子もなく、さらに一分ほど経ったころ突然電池が切れたように、夢ちゃんがベッドに倒れ込み、結人くんもまるで元からいなかったかのようにどちらも消えてしまった。
……なんだか、昨日からいろいろなことが起こりすぎな気がする。愛璃の方を見てみると、それなりに騒いでいたような気がするのだが、全く別世界の出来事かのように静かに寝息を立てていた。そのことに安心したが、なんとなく理不尽な気がして軽く愛璃の頬を引っ張って八つ当たりしてからもう一度眠ることにした。




