宴
「ねぇ琉生! さっきの本当に凄かったよ! ずっと一人で頑張ってたもんね!」
「あ、あぁ、ありがとう。でももう何回も聞いたよ」
模擬戦が終わった後、碧にメイスで横なぎに殴打されたケガの治療を終えてから今度は食堂に向かうよう刹那さんから言われ、愛璃と二人歩いていた。
あの最中はそこまで気にはしていなかったのだが、終わった後で確認してみると傍から見ても痛々しい痣が残っていたらしく、治療に来てくれたしずくがその痕を見て苦虫を嚙み潰したような顔をしていたのが印象深かった。
そして愛璃は模擬戦後から今もずっとこの調子で、ずっと興奮したまま話し続けていて、勝利したことに喜んでくれているのは嬉しいのだが、こうもずっと言われ続けていると何とも言えない気持ちになってくる。
「何回でも言いたいくらい興奮したんだからいいじゃん! それくらい私も嬉しくなったんだしさ!」
「だからってそんなに言われると恥ずかしくなってくるんだよ……。ほら、もう着くぞ……ってなんか騒がしいな?」
そうしてしばらく話しながら歩いていたが、治療を受けていた部屋からはそこまで距離があるわけでもなくすぐに食堂の近くまで着く。すると何やら騒いでいる声が聞こえ始め、近づいていくにつれてさらに大きく、数人しかいないとは思えないほど絶え間なく声が響き続けていた。
何が起きているのかと入口の前まで歩いて中を覗き込んでみると、お酒を片手に持った刹那さんが、うつぶせになって暴れている碧の上に座って何かを叫んでいた。
「……どういう状況だよこれ」
「あ、琉生さん! もう怪我は大丈夫なんですか?」
「まだ痛いのは痛いけどなんとか大丈夫だ……で、これは何が起きてるんだ?」
「あー、これは、その……」
入口の近くでその惨状を遠巻きに眺めていたしずくが気づいて話しかけてきたのでこの状況について聞いてみるが、最初に帰ってきたのはため息だった。そしてそのまま遠い目をしてぽつぽつと話し始めた。
「……刹那さんって、見ての通り酒癖が悪いんです。それで、茂さんから禁酒令が出されてたんですけど……一体どこで見つけてきたのかこの有様で……」
よく見ればすでに相当絡まれた後なのか、いつものメイド服も髪もぐちゃぐちゃに乱れてしまっている。これは確かに禁止される理由もわかる気がする。というか呼ばれたから来たのはいいが、絡まれる前にもう帰りたくなってきた。
だがそう思っているときに限って思い通りにはならないもので、酒瓶を呷り始めた刹那さんと目が合ってしまった。そして若干ふらつきながらもこちらに近寄ってくる。
「――ん? おお、琉生に愛璃! 君らいつの間に来てたんだ? 今日は君らのための会だってのに」
「……初めて聞いたんだが」
「琉生さん、あれはそういう口実でお酒が飲みたいだけなんで気にしなくていいんですよ」
「そういうなよしずく、一緒に飲むか?」
「飲みません! というかさらっと未成年飲酒を勧めないでくださいよ! ほらもう、こっちきて水飲んでください」
しずくが慣れた動きで刹那さんに肩を貸すと、そのまま隅の方へと連れて行った。その途中、こちらに目配せをしてきたので、どうやらこれ以上絡まれないように気を遣ってくれたらしかった。
「しずくちゃん、大丈夫かな」
「さぁ……とりあえず俺たちも今のうちになんか食べるか」
刹那さんに弄ばれ始めたしずくがいつまでもちこたえられるかはわからないが、しずくが体を張って作ってくれた隙に空腹を満たそうとテーブルに目を向ける。いつもは近くで獲ってきたきた魚や、あれば細々と作っている野菜だったり缶詰を食べていたが、今日はそれだけでなく冷凍食品の袋がいくつか並べられていた。
「それ、どれでも食べていいらしいわよ。食べられるならだけど」
それを眺めているとそんな言葉をかけられ、目線を上げてみると我関せずといった居ずまいで一人チョコレートを食べている千紗と目が合った。もしかしてずっとここに居たのだろうか。
「食べられるならってどういうことだ?」
「ここ、レンジとかないから直火で温めるしかないわよ」
「……ならなんでこんなのがあるんだよ」
「非常食を買いに行ってた茂が間違えて買ってきたらしいわ。まぁ私は食べないけど」
そう言いながら再びチョコレートを食べ始める。そういえば今日は、というか最近になって姿を見ない日が増えたような気がする。いつも他の場所と連絡したり、外に何かを探しに行ったりと目立たないことをする方が多いということもあるが、そもそも普段からそこまで存在感があるわけでもないから全く気が付かなかった。
「それより、今日のあの戦いはなによ。あいつにあんな手こずってたらどうしようもないわよ?」
「そうはいうけどな……そもそもまともに人と戦ったのすら今日が初めてなんだぞ?」
「関係ないわよ。今でこそバレてないのか見逃されてるのか知らないけど戦闘がないだけで、いつ急に戦うことになってもおかしくないんだから」
話しながら徐々にヒートアップしているのか、チョコレートをつまむ手の速度が少しづつ早まっていく。だが、確かに千紗の言うことも理解できる。どちらにせよ相手は何を使ってくるのか分からないような敵だ。ここで言い訳をしているようでは実際に戦うことになっても勝てないかもしれない。
「それに、私は早くあいつらと戦ってほしいものがあるのにあんたたちが来たから作戦が始まるのも遅くなって――」
「――んー? どうした千紗、チョコしか食べてないのか?」
何かを言いかけた途中、刹那さんがさっきまでよりも中身が増えた酒瓶――新しく開けたそれを持って話に割って入る。とうとうしずくが耐えられなくなったのかと思って目を向けてみると、さっきよりも服を乱れさせて肩で息をしながら仰向けに倒れこんでいた。少し見ていないうちに何をされていたんだ。
「ちょ、ちょっと! その瓶私に近づけないでよ!」
「そんなこと言って飲まず嫌いは良くないよ? ほら、飲んでみればわかるさ」
「だから近づけないでって……――っ」
「千紗ちゃん!?」
またも同じようなノリで千紗の鼻先に持っていた酒瓶を近づけた直後、突然フラッと倒れこんでしまった。とっさに愛璃がそれを受け止めてどこかにぶつけるようなことはなかったが、そのまま起き上がらない。
「あ、あれ?」
「刹那さん! どれだけ度が強い奴なんだよそれ!」
「そこまで強くないさ、普通くらいだよ普通。けどまさかちょっと嗅いだだけで倒れるなんてね……」
「千紗ちゃん! 大丈夫?」
「ぅ……ん……?」
おかしいなぁといいながらもどこか悠長な刹那さんを置いて愛璃と二人で千紗に呼びかけていると、小さく唸り声を上げながらようやく目を覚ました。しかしまだ目の焦点があっておらず、頭をフラフラと横に揺らしていて完全に正気に戻っているわけではなさそうだった。
「んー……?」
「千紗? おーい大丈夫か?」
「……ぇへへ……」
まだボーっとしたままではあるが、少しづつ揺れも収まり始めてこの様子なら大丈夫だろうと油断した瞬間、愛璃の手を離れて子供のような笑い声を上げながらこちらに抱き着いてくる。
「ちょっ……千紗!」
「る、琉生!? ちょっとなにやってるの!」
「俺じゃない! 千紗が……って痛い痛い!?」
「やぁらぁ、降ろさないれ!」
なんとか引きはがそうと試みるが、一体この体のどこにそんな力があるのか不思議なほどにがっしりと掴みかかられてしまって全く剥がれない。それどころかはがそうとするほどにさらに力が加えられて今日出来たばかりのケガを遠慮なくグイグイと押してくる。
「なんだよこれ、どうすればいいんだよ」
「こんな千紗初めて見たが、まぁこれはこれで面白いからいいじゃないか!」
「いいわけがあるか! そもそも刹那さんのせいだろ!」
「まぁとりあえず部屋にでも連れてったらどうかな。千紗のことだから多分空いてると思うよ」
「わ、私もついてく!」
もはやはがすことは諦め、他に方法もないので部屋まで送っていくことにした。幸いにも愛璃がついてきてくれたので変な誤解もないだろうし。やけに遠い道中、最後に見た刹那さんのいい笑顔が脳裏から離れなかった。




