武器を手に
「おーい、起きろー」
次の日の朝、ノックの音と眠たげな刹那さんの声で目を覚ます。地下にいることもあって時間の間隔がわからなくなるが、どうやらもう夜が明けたらしい。呼びかけをいつまでも無視しているわけにもいかないので若干寝ぼけたまま入口へ向かって扉を開けると、こちらもまだ眠たそうにしている刹那さんと目が合う。
その刹那さんはこちらをゆっくりと視認すると、二度、三度と目をこすり、改めてこちらを見ると驚いたような表情をしたままで固まってしまった。
「何かあったのか?」
「あ、あぁ……いや、随分仲がいいとは思っていたんだが、まさか初日から夜這いをかけてるとは思わなくてな……」
「夜這い……夜這い!? ち、違う、誤解だ! 渡された鍵の部屋に人がいたから仕方なく――」
「君らまだ中学生くらいだろ? いやぁ……ませてるな、と。最近だと普通なのか……?」
「頼むから聞いてくれ! 本当に違うんだよ!」
「……琉生? それに、刹那さん……どうかしたの?」
なんとか弁明しようと試みるが、もはや何を言っても言い訳にしか聞こえていないのか一人で何かを呟いて勝手に結論にたどり着いている。その騒ぎで愛璃も目が覚めたようで、上半身だけを起き上がらせて不思議そうな目を向けてくる。
「愛璃! ちょっと説明するの手伝ってくれ!」
「説明? なんのこと?」
「あぁ、愛璃も起きたか。いやなに、今日の予定を伝えておこうと思ってきただけだよ。琉生の言うことは気にしなくていい。君らは仲がいいなって話してただけだからな」
刹那さんの言葉にますます眉間にしわを寄せて、何を言っているのかわからないとでも言いたげな顔をする。刹那さんの方もこれ以上この話を続ける気がないのか、それとも見なかったことにして流そうとしているのか本題に入ろうとしていた。
「しばらくは座学と見学って伝えてたんだが、先にトリガーを調べてもらおうと思ってな」
「トリガーって、確か前に言ってた……」
「トラウマを想起させる、本能を発動させるためのモノだ。本能が使えるのなら早めに把握しておかないと怖いからな。茂があとで来るからそれまでに準備して待っててくれ」
そう言うと必要なことは伝え終わったのか、さっさと部屋から去っていく。準備と言われてもこの場所の勝手もわからなければ特に持ってきた荷物があるわけでもない。そう思っていると、後ろからキュゥとおなかの鳴る音が聞こえてくる。そちらを見ればおなかを抑えて顔を赤くしている愛璃と目が合った。
「と、とりあえず、朝ごはんにしない?」
「そうだな、まだ追いつけるだろうし、刹那さんにどこで食べればいいか確認してくる」
「――愛璃さーん、琉生さーん」
さっき出て行ったばかりの刹那さんを追いかけようとしたところで、今度はしずくの呼びかける声が聞こえてくる。すぐにまた扉を開くと、昨日と同じく水筒を肩から掛けたメイド服姿のしずくが立っていた。
「おはようございます! 朝ごはんできましたけど食べますか?」
「おはよう。丁度どこで食べればいいかって話してたところだったんだ。勿論食べるよ」
「本当ですか? よかったです! 昨日捕ってきた魚があるので今日は焼き魚ですよ!」
タイミングよくきた誘いを断る理由もないので二つ返事で快諾し、どことなく愉しそうなしずくの後を二人でついていく。本人は無意識なのかもしれないが、向かう道中ずっとしずくが小さく鼻歌を歌っていて、特別に上手というわけでもなかったのだがそれが妙に心地よかった。
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「あー、お二人さんここにいたんですか」
「あれ? 茂さんどうしたんですか? 茂さんも朝ごはん食べますか?」
食後、片づけをしていると若干息を切らしている茂が入ってきた。そして入ってくるや否や俺と愛璃の顔を見て声を上げる。それを見たしずくが期待するように声のトーンを上げて問いかけるが、片手をあげてそれを断りこちらに寄ってくる。
「朝食は結構です。叢雲さんの健啖ぶりを見るだけで十分ですよ。それよりも、後で向かうと伝えたじゃないですか!」
「確かに言われたけど……早くないか?」
恐らくだが、部屋を出てから十五分と経っていないはずだ。それなのにこの慌てようを見ると、あの後ですぐに部屋に来ていたのだろうか。悲壮感すら漂ってくる表情に、罪悪感すら湧いてきそうになる。
「まぁいいでしょう、こうして見つかったことですし。本能も発動してませんね?」
「それはしてない……よな?」
「う、うん。してないと思う」
「そうですか……」
全身を遠慮なく触られながら心配そうにそう聞かれて、自分自身にはそんな感覚はなかったが念のため愛璃と目を合わせて発動していないことを確かめる。すると、それを聞いてホッとしたようにため息を漏らす。
「それならばいいのですが……やはり早く済ませてしまった方がいいですね。行きましょう!」
「え、ちょっと! 行くってどこにだよ!」
「行けばわかりますよ!」
腕を引かれるままに部屋を後にする。後ろを振り返ると、困惑しながらも付いてきている愛璃と、スポンジと食器を持っているしずくの姿が目に入り、そういえば片づけまだ途中だったなと若干の申し訳なさを感じる。
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「ささ、こちらです」
「ここは……」
地下に降りたところから右折して一番奥、そこにあった一際広い部屋のさらに奥の方の雑多に物が置かれている場所に連れてこられる。軽く見ただけでもアニメや漫画でしか見たことのないような明らかに武器な物や、何に使うのかさっぱり見当のつかないようなものまでが適当に転がっていた。
「ここは演習場で、この一画が武器庫ですね。まぁ、演習場といっても人がいな過ぎて場所が有り余ってるんですがね」
あははと困ったように笑いながら、手近に置いてあったものから外に放り出して奥へ行けるように道を作っていく。よく見ると奥のほうだけはある程度整理されているようで、だんだんと面倒くさくなったのかなと思うような置き方をされていた。
「少し待っててくださいね、確かこの辺りに……」
「何を探してるんだ?」
「あぁ、あなた方のトリガーですよ。刹那さんからある程度の話は聞きましたからおおよその目安はつけておいたんですよ」
「聞いただけでわかるもんなのか? そのトリガーっていうのは」
「まぁおおよそは、ですけどね。……ところで、あなた方は本能というものをどの程度ご存じですか? いえ、あまり詳しくなさそうに感じましたから」
「まぁ……正直、あんまり知らないな」
「おぉ! そうですかそうですか! せっかくなら今知っておきませんか!? いえ知っておくべきですよ!」
何かスイッチを入れてしまったのか、突然早口になってぐりんと首を回し、まぶしいくらいに輝かせた目を向けてくる。話が長くなりそうな雰囲気を感じてちょっと面倒だなと思ったが、今更断れる雰囲気でもないし、自分に関係のあることでもあるので聞いておきたいと思いなおして歪みそうになった顔を元に戻す。
「そも、本能はトラウマという害をなし得る敵に対抗するべく人間が進化して得た能力と考えられています」
「進化して得た能力……ってことは使える人は最初から使えるのか?」
「それが不思議なところなんですよ。本能が使える人はその因子がある、ということまではわかったのですがね、当人の感じたトラウマと性格に応じて形を変えることによって始めて本能が使えるようになるんですよ」
そう言いながら手元に落ちていたものを拾い上げてこちらに見せてくる。引いてから手を離すと走る車の玩具だった。なんでこんなものがここに置いてあるんだよ。さっき武器庫って言ってなかったか。
「例えば車に轢かれて大けがをした人がいるとしましょう。その場合、どういったものがトリガーになると思いますか?」
「それは……車、か? それでその玩具が置いてあったのか!」
「あぁこの玩具は多分刹那さん辺りが拾ってきて勝手に放り込んだものなので関係ないですね。もちろん車がトリガーになる人もいるでしょうが、必ずしもそうとは限らないのです」
核心を突いたと思って言ったセリフだったのだが、あっさりそう言って一蹴され、手に持っていた玩具をポケットに仕舞い込んでから探し物を再開し始める。
「例えば場所、時間、物、トラウマを覚えた原因が同じだったとしても、トリガーも、そして本能自体もその人の価値観だったり性格によって変わるんですよ」
「はぁ……そういうものなのか……」
「でも、性格によっても変わるってどういうことなの?」
「それはですね――あっ、ありましたよ! これでいかがでしょうか!」
愛璃の質問に答えようとした直後、突然そう叫んで手元にあったもの――ナイフをこちらに向けてくる。
「ひっ――」
「っ、何をするんだ!」
短く悲鳴を漏らし、息を荒げ始めた愛璃をかばうようにして間に立ち、その行動を咎めようとしたその瞬間、愛璃の足元、そこにあった影がボコボコとうごめきだし、少しずつ足元から愛璃の体を覆い始めた。それを見て、しまったというような顔をして持っていたナイフを隠すと、徐々に影の浸食が止まり始め、ゆっくりと元の状態へと戻った。
「愛璃、大丈夫か?」
「っ……はぁ、だ、大丈夫……」
「いやぁすみません、ついうっかりしてしまいました。ですがこれで月影さんのトリガーはわかりましたね」
「それが、私のトリガー……。それがあれば私も戦えるの?」
「見た限り逃避系ですから本能で直接戦闘、というのはできませんが、戦力にはなれますよ」
そういいながら後ろ手に持っていたナイフを器用にケースに包み、直接は見えないようにして愛璃に手渡す。一瞬、それを見て影が再び蠢いたが、今度はすぐに収まる。
「そうそう、先ほど性格でどう変わるかと言っていましたが、トラウマから逃げることで対処する場合は逃避系、身を守る場合は防護系、反撃する場合は攻撃系というように、おおよそ三種類に分けられていますね」
「それで愛璃は逃避系ってことなのか」
「えぇ、ちなみに叢雲さんは防護系、白さん――あぁ、もうお会いしましたかね? 後二人、白千紗さんと八剣碧さんという子もいるんですが……」
「千紗には会ったけど……もう一人の方は会ってないな」
「あら、そうでしたか。では今度全員が集まれる機会を作りましょうか。それで、白さんと八剣さんは攻撃系の本能ですね」
どうにも好戦的なやつが多いらしい。改めて最初に会ったのがしずくで良かったと思えてくる。刹那さんといい茂さんといい、もしかしたらこの場所で唯一の良心なのではないだろうか。
「では次に守光さんですね。こちらでどうでしょうか」
「っ……!」
考え事をしていると、突然目の前に銃口を突きつけられる。自分も対象に入っているということをすっかり忘れてしまっていて、とっさに腕を前に出して身を守ろうとする。
今のこの状況にあのときの撃たれた痛みが、目の前で人が死んでいく様が、今目の前で起きたことのようにフラッシュバックしていく。その瞬間、内側から何かが沸き上がり、前にかざした腕にそれが集まっていくようなものを感じる。
「琉生……!」
「おぉぉ……!」
「…………何も起きないですね」
何も起きなかった。茂さんもそのことに不思議なようで、あれー? といいながら銃とこちらを交互に見て頭を抱えている。何かが起こりそうな気配がしたのに期待感を返してほしい。
「おっかしいですね……反応を見るにあってると思うんですけど……。あっ試しに撃ってみていいですか!?」
「いいわけないだろ!」
「……冗談ですよ。はぁ……」
今度はトリガーに指をかけた状態で再び向けられる。冗談とはいうが、どうみても本気で言っているようにしか見えなかった。
「仕方ないのでこれだけでも持って行ってください。発動したら教えてくださいね」
「え、こんなもの持っててもいいのか?」
「非殺傷段ですから大丈夫ですよ。まぁ人に向けるのはよろしくないですけどね」
ケースに入れられた状態で銃を手渡され、一瞬躊躇したがそのまま押し付けられる。人に向けるななどと急にまっとうなことを言われてもまるで説得力はないが。とはいえ使い方なんて知るはずがないし、本当に持っているだけにはなる。宝の持ち腐れにならないことを願うしかないな。




