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トラウマコンプレックス  作者: 土ノ文
緋縅の椿
11/30

新生活

 案内されるままに中へ入ると、外で見た印象を裏切らない至って普通の和風な旅館といった内装だった。カモフラージュのために外見を普通にして内装は特殊な設備だったりが置いてあるのを少しは期待していたのだが、どこを見ても観光地に一軒はありそうな普通の旅館のように思えた。

 強いて普通とは違う部分を挙げるとすれば中に人の気配が全くしないことくらいだが、それも外の状況を考えれば仕方ないと言えるだろう。


「こっちだ、着いてきてくれ」


 和風な雰囲気で統一されている内装からは浮いている、関係者以外立ち入り禁止と書いてある無機質な扉の前で立ち止まり、その扉を開けると地下へと続いている階段が現れた。ただのスタッフルームや地下室にしては階段が異様に長く、その上途中で折り返しているようで先が見えない。


「何してるんだ?」

「いや……なんか……」

「何も食ってやろうってわけじゃないんだ。そんなに警戒しないでくれよ」


 すくみ足になって進めないでいると先を進んでいた刹那さんが振り返り、そう言って再び進み始める。そう言われても不気味なことには変わりないが、ここで止まっていても仕方ないと意を決して先へ進む。


「この先には私たちが生活している部屋だったり訓練に使う広い部屋があるんですよ」

「まぁ本当なら一日でも早く戦えるようになってほしいところなんだが、無理させるわけにもいかないからな。しばらくは見学と座学だ。本能の扱い方とか諸々、茂から教えてもらってくれ」

「えぇ、お任せください! そういうわけですからよろしくお願いしますね!」

「は、はぁ……よろしくお願いします」


 教育係を頼まれ、目を爛々と輝かせながら嬉しそうにそう声を上げる。地下である上に狭いので、声がキンキンと響き渡っていて思わず耳をふさぐ。

 そうしてしばらく話しながら降りていくと、寮やアパートのような、長い廊下の片側にいくつも扉がある通路へ出る。横を見ると、こちらも同じようになってはいるが、扉同士の間隔が広く、一部屋一部屋が広いことが想像できる。


「じゃあ君らの部屋はこっちだ。部屋の場所は……適当でもいいか? どこもそう変わらないしな」


 そう言って鍵を二つ手渡される。それぞれに三、四と番号が振られていて、順番通りならば愛璃とは隣の部屋のようだった。その横から、番号が気になるのかしずくが覗き込んできて、愛璃に渡された三と書かれている鍵を見てあっと声を上げた。


「愛璃さんは私とお隣さんですね! 反対側が男の子なので今までちょっと心細かったんですよ」

「反対側っていうと……一番か」

「そうです。琉生さんは両隣が女の子ですよ」

「え、そうなのか。というか、なんで間を飛ばして五番に入ってるんだ?」

千紗(ちさ)さん……あっ、その子の名前、千紗さんっていうんですけど、どうしても一番奥がいいって言うので仕方なく……」


 よくわからないがちょっと変わった子のようだ。とはいえこれからは隣の部屋で過ごすことになるのだから文句も言っていられないだろう。せめて話が通じる相手であることを祈るばかりだ。


「じゃあ私も自分の部屋に戻るから、ゆっくり休めよ。いらないとは思うがしずくは必要なら案内してやってくれ」

「はい、じゃあ私たちも行きましょう」


 そう言って三人で歩き始めたが、一本道で迷うこともないうえに一部屋の間隔もそこまで広くないので、すぐに与えられた部屋の近くまで来た。来た、のだが近づくにつれて周囲の異様さが嫌でも目に入ってくる。


「うわぁ……なんだこの大量の物は……この部屋は物置にでもされてたのか?」


 そこには辛うじて人が一人通れるくらいの狭さになるほど通路の端にとてつもない量の荷物が積み上げられていた。誰も入っていない部屋を物置として使っていて、急遽全て外に出したのかと思ってここまで付いてきていたしずくに目線で訴えると、すぐにブンブンと首を振ってその想像を否定する。


「ち、違います! 物置は別にありますから! それに……これは全部千紗さんの、ですね」

「……とても一人の荷物とは思えないんだけどな。まぁ初対面で文句を言いに行く気もないし、人の部屋で何をしていようと勝手だからな」


 諦めて山の手前にある部屋の扉に手をかけると、鍵を開けてもいないのにガチャっと開いた音がする。途中の愛璃の部屋には鍵がかかっていたのになぜ、と考えたが、それ以上は深く考えることはせず、何の気なしに扉を開く。


「……え?」

「っ! 誰!?」


 中に入ろうとして、鮮やかな金色の髪をツインテールにしている少女が、生々しい傷跡の残る背中をこちらに向けているのが目に入って思わず声を漏らす。すると、その声に反応したのか傍らに置いてあった鞭を構え、一瞬で振り向いて臨戦態勢をとる。


「わー! 千紗さん! 私、しずくです!」

「しずく……? なんでここにいるのよ。それにその男は誰!?」

「それよりも千紗さん! 前! 前隠してください!」

「え……?」


 しずくに言われて今自分が上裸であったことに気づいたのか、顔を真っ赤にしながらその場でしゃがみ込んで、元々釣り目がちな目をさらに怒らせてこちらを睨みつける。すると、手に握りこんだままの鞭がひとりでに浮かび上がり、空中でゆらゆらとうごめき始める。


「っ、出てって!」

「る、琉生さん! 出ましょう!」

「……え、あぁ、うん。あれ、でもここ俺の部屋……」

「いいから! 出てけ!!」


 今見ていたことに対して理解が全く追い付かず、その場で一つ一つ整理しようとしていると、早くもしびれを切らしたのか叫びながら鞭を振るう。一見すると力任せに振っているだけにしか見えなかったが、先端がまっすぐにこちらに向かって伸び、そのまま抵抗できずに胴を打ち付けられて部屋の外に追い出される。さらに、鞭を持っていない方の手をこちらに伸ばしてその腕を振ると、それと同時に扉が勢いよく閉められ、直後にガチャンと鍵の閉まる音も聞こえてくる。


「琉生さん! だ、大丈夫ですか!?」

「だ……大丈夫、じゃない……」


 ただでさえケガをしているのにあんな一撃をもらって大丈夫なはずがない。冗談抜きで殺されるんじゃないかと思うほどの気迫があった。それに、あの鞭が浮いているように見えたあれは――


「あいつの、本能か……」


 戦闘に使うとか刹那さんが言っていたような気がするが、それを癇癪で一個人に向けてくるなんて、大分ネジが飛んでしまっているんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら痛みが治まるまで、よしんば千紗が出てきて部屋を返してくれるのならそれまで待っていようと思っていると、騒ぎが聞こえていたのか、すぐ隣の部屋が開いて愛璃が不思議そうに顔を出す。


「あれ、琉生どうしたの? それにさっきの音何?」

「……ちょうどいいところに。愛璃、今日だけでもいいからそっちの部屋に寝させてくれないか」

「え、えぇ!? 私はいいけど、いいけど……」

「助かるよ。俺は床で大丈夫だから」

「え……? わ、私は別に、琉生なら一緒に寝ても気にしない、けど……」

「それなら物置に布団があったので私持ってきますね」


 しずくに支えられながら立ち上がり、愛璃の部屋に入る。打ちっぱなしのような部屋の中には椅子と机、それにベッドくらいしかなく、元々持ってきた荷物なんてなかったことを考えてもなお殺風景な部屋だった。

 そのあとですぐにしずくが持ってきてくれた布団を床の上に敷いて横になりようやく落ち着く。今日は愛璃に助けてもらったが、とりあえず当面の個人的な目標としては部屋を返してもらうことになりそうだ。

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