ドナドナドーナ
「――ぁ……」
「これは……」
仮住まいだという建物を出て、道と呼んでいいのか怪しいような道を進んで二時間ほど経った頃。ようやく開けた場所に出てきてその景色に思わず声が漏れる。
そこは開けた場所と言ってこれ以上にその言葉が相応しいものはないだろうと言っていいほど見渡す限り焼け落ちた廃墟しかなかった。その景色にあのときの出来事がにわかに蘇ってくる。
「酷いもんだろ。この辺は一年半くらい前に本能の暴走に巻き込まれて半径三十キロだか四十キロだかが焼け野原になったんだよ。あれは悲惨なもんだった」
「……知ってるよ」
「ん?」
「俺たちは、あの熱波から逃げた先であいつらに保護されてたんだ」
「――そうか。そりゃぁ……大変だったな」
再び車内に静寂が訪れる。どこまで進んでも見える景色はほとんど変わることもなく、人がいる気配どころか人が住めるような場所すら見当たらない。それでも目が離せないのはここが生まれ育った場所かもしれないという郷愁からだろうか。
ふと視線を感じて前の方へ目を向けると、刹那さんがしきりに後方を気にしているのが目に入った。もしかしたら気を使わせてしまったのだろうか
「……よし、そろそろいいか」
「え、だ、ダメですよ! 今日はケガ人もいるんですよ!?」
「まぁまぁ細かいこと言うなよ。もしものときのために今から慣れといて損はないだろ?」
「……何をするつもりなんだ?」
「お? 気になるか? 期待されちゃ応えないわけにはいかないな! 琉生、愛璃、しっかり捕まっておけよ!」
言うが早いか、突然けたたましくエンジンをふかして車が急加速していき、それに対応できず全身が後ろに引っ張られていく。それだけならまだしも、道路がなかろうと目の前に廃材が積みあがっていようと一切構わずにひたすらまっすぐ突き進んでいく。体感ではあるがスピードは百キロは超えている。
今まで経験したことのないような全身がシェイクされる感覚と目まぐるしく変わっていく景色に、なんというか、もう……吐きそうに……。
「うっ……」
「あーっはっはっは! 私はこのために生きている!」
「ね、ねぇ! これ速度違反じゃないの!?」
「安心しろ! こっちの跡地に住んでるのは私たちしかいないからな! 君らが言わなきゃバレることはない!」
人が変わったように高らかに笑いながらさらっととんでもないことを大声で叫んでいる。というか、さっき後ろを気にしていたのは跡地の外側から姿が見えない位置に来ているかを確認しているだけだったのか。
「琉生、どうだ! 楽しいだろ!」
「し……死、ぬ……」
「刹那さん! 瀕死です! 琉生さんがもう瀕死になってます!」
「瀕死なら生きてるからセーフだな! 思う存分楽しめよ!」
高らかな笑い声と、悲鳴と、時折嗚咽を響かせ、それからさらに二時間弱、下手すればこれがトラウマになるんじゃないかというほどの地獄とも思える時間は続いた。
___
「さて、着いたぞ。ここがこれから君らが暮らす場所だ」
ようやく車が止まると、一人だけ元気な刹那さんがそういいながらさっさと降りていく。その後に続こうと体を起こしかけて、込み上がる吐き気を感じて諦めて横になる。
「うぅ……琉生さん、愛璃さん、無事ですか……?」
「わ……私は、なんとか……でも、琉生が……」
「ぅ……っおえ……」
内蔵が揺さぶられるような気持ち悪さを感じて、気分を変えようと窓の外に目を向けると焼け落ちた廃材が散乱しているなかに一軒だけ、ところどころに焦げた痕こそあるものの比較的無事な、旅館のような建物が見えた。
「おいおい何やってんだ? 早く来ないと先に行くぞ?」
「……毎回こんなことやってるのか?」
「そうなんです……。お陰で誰も付き添いたがらなくて、今回は私がジャンケンで負けちゃって……」
外から相変わらず元気そうに呼び掛けてくる声が聞こえてくるが、三人ともグロッキーになっていて返事をする余裕がない。
すると、その声が中まで響いていたのか、入り口がゆっくりと開いて眼鏡をかけた人畜無害そうな雰囲気のある男が出てくる。
「……なにやら外が騒がしいと思ったら、帰ってたんですか」
「おぉ! わざわざ出迎えに来たのか、茂?」
「違いますよ。万が一追手だったら大変ですからね。様子を見に来ただけです」
呆れたように溜め息を吐きながらも、親しげに刹那さんと話している様子を車内から遠目に眺めていると、不意にその男と目が合い、怪訝そうな顔をされてしまう。
「――して、あのお二人は?」
「あぁ、拾ったんだよ。今日からここに住むからな」
「拾ったってあなたね……猫や犬とは違うんですよ!? もうホントに毎回毎回この人は……」
「まぁそう言うなよ。二人とも奴らのとこから逃げてきたそうだ。で、恐らくだが二人とも本能が使える」
「んなっ!? そ、それは本当ですか!?」
二人で何か話しているかと思うと、突然男が刹那さんの肩に掴みかかり、そのままさっきの怪訝そうな顔が嘘のように目を爛々と輝かせて興奮したようすでこちらに向かってくる。
「あの! あなたたち二人、本能が使えるって本当ですか!? どのような能力で!? トリガーは!? せめて系統だけでも!」
「え、ちょっと、あの――」
「あぁ失礼! 申し遅れました私押谷茂です以後お見知りおきをそれであなたたちの本能は――」
「おい茂落ち着けって。引いてるぞ?」
すさまじい圧力と怒涛のように押し寄せる質問に気圧されていると、その後ろから刹那さんが止めに入る。それでようやく勢いが止まり、またやってしまったとでも言いたげに頭を押さえる。
「いやぁお恥ずかしい。どうにもその手の話題には目がないもので……」
「まぁこいつは見ての通りちょっと変わってるやつなんだが、普段はまともだから安心してくれ」
茂さんの肩を叩きながらフォローするように刹那さんが間に入ってくる。しかし、目線は変わらずこちらを観察するようにこちらに向けられ、今にもとびかかってきそうなほど好奇心が抑えきれないのがありありと伝わってくる。第一印象があまり良くなかったのもあって不信感がいまいちぬぐえない。
「……本当に大丈夫なんだよな」
「だ、大丈夫ですよ? 茂さんは優しいですし、それに物知りで色々教えてくれるんですよ」
「えぇ、もう何でも聞いてください! 特に本能の事でしたら六割くらいなら答えられますからね。ちなみに残りの四割は未解明なので答えられない内容ですね」
信頼を得られそうな話題になったとたん、ここぞとばかりに自分を売り込みに来るのでその圧に押し込まれそうになる。愛璃もいつの間にか後ろに隠れてすっかり怯えている。まだ出会って数分程度しか経っていないがなんとなくこの人の人となりがわかってきたような気がする。
「あーもう、茂もそろそろ落ち着け。私らは帰ってきたばっかなんだよ、そろそろ休ませてくれ」
「あぁ失礼、また興奮してしまいまして。少し惜しいですが仕方ないありませんね。続きはまた次の機会ということで。それでは改めて、お帰りなさい、そしてこれからよろしくお願いしますね」
先ほどまでの勢いからは考えられないような無害な笑みを浮かべながらそう言ってようやく建物の中へと案内される。これから先、ここで生活することになるのだという期待と、それ以上に不安や緊張があった。




