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語彙力を身に付けたいです……。
「これ、ユーシリア語?」
屋台で食べた後に図書館に戻って、机で本を読んでいると向かえの席に誰かが座って声をかけてきた。
顔を上げるとそこにはロゼリア殿下がいた。
日の光に照らされた殿下はあまりにも綺麗で思わず言葉を喪った。
肩まである金色の髪は一つに纏められ、隙間から見える耳には少し大きめな細かな細工のされたサファイアのピアスがぶら下がっていた。
殿下の瞳と同じでキラキラしてる…。
私の読んでいた本を覗き込んでいた殿下は何も言わない私を不思議に思ったのか小首をかしげた。
「シャディ?」
「え、あ…はい…」
ヤバイ、思わず見とれていた……。
周りを見ると、私と同じように女性だけでなく男性までもが頬を染めながら殿下を、見ていた。
「……シャディ、ユーシリア語読めるの?」
「…これ、ユーシリア語って言うんですね……。はい、読めるみたいです」
驚いたような顔をするロゼリアを不思議に思い、眉を寄せて「それがどうかしました…?」と言うとロゼリアはその場にあった本を適当に開き、その中の一行を指さした。
「ここ、何て書いてあるかわかる?」
「えっと、『ユーシリア王国はカイシン国などの30にわたる小国が500年前に起きた戦争により統一化され、一つの国家として建国された。』ですかね」
私が読むと、「合ってる……」と言って、更に驚かれた。
何でそんなに驚くのだろうか……。
そんなに不思議なことなのかな……。
「読めるってことはシャディは記憶を喪う前にユーシリア語を勉強していたってことだ」
「私がユーシリア王国の国民だったってことは?」
「それもあり得る。ただ、仮にオルフィネストリア、ユーシリアどちらかの国民だとしてもかなりの高等教育を受けていることになる。普通に平民として暮らしているだけじゃ他国の言語なんて絶対に身に付くことは無いからね」
と言うことは、私は何処かのお金持ちの娘だったりするということ?
「でも、オルフィネストリアの貴族の中では遺伝子的に君のその容姿になる家は無いようだったんだけど…。隠し子とかなら別だけど…」
それなら、私はユーシリア王国の人間なのだろうか…。
「殿下、ユーシリア王国って何処にあるんでしょうか」
「オルフィネストリアから馬車で丸一週間ぐらいかな」
一週間……。
行けない距離じゃない。
そこに私の記憶の糸口があるかもしれない。
「殿下、私、ユーシリア王国に行ってみようと思います」
私がそう言うと、殿下は眉を寄せた。
「シャディ、ユーシリアには今は行けないんだ…」
「なんで…」
言いづらそうに目を細めた殿下に「どうしてですか」と言うと、真後ろからその答えが帰ってきた。
「今、ユーシリア王国は絶賛内戦中なんですよ」
後ろを向くとロイドがお願いしていた本の山を持って立っていた。
「よいしょ」と私の隣に本を置いたロイドは頚をゴキゴキと鳴らすと詳しく説明してくれた。
ユーシリア王国は半年前に国王が突如崩御したのだ。
暗殺だったらしく、犯人も既に捕まり処刑されたそうだ。
それで終われば良かったのだが、この国王の死により国中は内戦に突入したのだった。
ユーシリアには6人の王子と4人の王女がいるのだが、国王はその子供たち誰にも後継を言い渡さなかった。
所謂、跡継ぎ争いが起こり、国中が戦禍に包まれた。
愚かな王族と貴族たちにより国政は機能しなくなり、実質的に国は滅んだそうだ。
「そんな……」
「多少問題はあったけど彼の国の王は自国をしっかりと統治していたんだ。彼がユーシリアの心臓だった。その心臓を失った国は亡くした心臓の代わりを探したが、結局は彼に代わる者は居なかったんだ」
「…………」
もし、私の生まれた場所がユーシリアだとしても、もう故郷は無いということ…。
私には帰る場所が無いということ…。
「シャディ…もし、君がユーシリアの出身だというなら、内戦から逃れてきたのかもしれない」
「………亡命したって事ですか…」
家族や友人を置いて私はこの国に一人で来たのだろうか……。
それが事実だとしたら何て残酷な人間なのだろう……。
ロイドが神妙な顔つきをし、ロゼリアに言った。
「……ユーシリア王国がシャンデラに吸収されるのも時間の問題でしょうね」
「ああ。」
「シャンデラ?」
「シャンデラはユーシリアの向こう側にある軍事大国のことだよ」
「あの国の国王は周りの小国を滅ぼしては、滅ぼした国の王女を側室に迎えて子供を生ませたと思ったら王女たちを殺すんですよ。用済みだと言うかのようにね。血も涙も無いような奴等です」
「…そう…」
「こら、ロイド。シャディが怖がるからやめろ」
怒ったロゼリア殿下にロイドは「すみません」と言った。
歴史書を読んではよく出てくる話だ。
戦勝国が敗戦国の王女を貢ぎ物として要求するのは。
敗戦国は決してその要求を拒むことなど出来ない。
亡国の王女たちはいったいどんな気持ちでシャンデラに行ったのだろうか。
暗い顔をする私に微笑んだ殿下は手を引いて私を立たせた。
「シャディ、そろそろ帰ろうか。もうすぐ閉館の時間だしね」
「うん……」
図書館を出て、夕日が空を真っ赤にしているのを見て、ふと何かが頭を過った。
街が真っ赤に燃えて、いたるところから人々の悲鳴があがっていた。
人が燃える臭いと建物が破壊される爆発音。
『ーーーーーーっ!!!』
目の前には何かを叫び、泣き崩れる少女がいた。
なんだっけ……。
彼女は……誰……?
「ーーーーディ!!シャディ!!」
手を引かれて後ろに倒れそうになったのを殿下に支えられた。
「危ないですよ」
そう言われてすぐ目の前を馬車が通過していったの見て、轢かれかけていたのだと気づいた。
「どうかしたの…」
心配そうに私を見るロゼリア殿下の手をぎゅっと握った。
「シャディ……?」
暖かく握り返してくれるロゼリア殿下に身を預けるように額を彼の胸に押し付けた。
「…ロゼリア……殿下…私、きっとユーシリア王国にいた……」
私は知ってる……あの内戦を……涙を流す彼女のことを……。
次回もお願いします!